イノベーションを志す人が社会を理解するための基本書8選-試論

※2018年3月14日に表題を変え,内容を一部修正した。

私たちがいる,今,ここにある世界を理解したい

私は昔から抽象的な思考が好きだったのか,面倒くさがりだったのか,一冊の本で,今,ここにある世界全体を理解したいという強い嗜好を持っていた。「これですべてがわかる」という売り込みに弱かったのだ。ただ読んだ直後は「この一冊」と思っても話はそこで止まってしまい,「この一冊」を活用して生きていくことにはなかなか結び付かなかった。というより,思い返してみて,本当にそんな一冊があったろうか?

今,社会は,複雑怪奇な問題に満ちあふれている。価値創造を目指してイノベーションを志す人が,足元が定まらないまま,つまらないことで足元をすくわれ,転倒してしまうことは日常茶飯事だ。私は若い頃から様々な「この一冊」に飛びつき,乗り換え,やがてそのような作業から離れ,また最近戻ってきたという,歴戦の失敗の雄だ。そのような観点から,最近,新たな「この一冊」を探してきた。

今までは,文科系オタクであった私の「この一冊」は,物語,宗教,思想,哲学等のジャンルの本にならざるを得なかったが,これからは,社会科学,自然科学の本になるだろう。「宇宙の究極理論」であれば誰でも知りたいだろう(ローレンス・クラウスの令名高い「偉大なる宇宙の物語―なぜ私たちはここにいるのか」及び「宇宙が始まる前には何があったのか?」は,その助走ともいえるだろ。)。ただ,私たちがいる,今,ここにある世界は,当然,自然(宇宙)の一部であるが,私たちがすぐにでも立ち向かわなければならないのは,人の集団から構成される社会だ。本当は自然あっての社会だろうが,私たちには,社会あっての自然と,倒錯して見えてしまう。だから「この一冊」の当面のターゲットは,社会科学であるが,社会は極めて複雑で,これを科学的に把握し,論理的に記述することは,自然に比して格段にむつかしい(上記の「宇宙の究極理論」は,自然とはいえ,さらにむつかしい。)。社会科学は最近やっと自然科学の足元ぐらいには追いついたといえるだろう。だからイノベーションを志す人が社会を理解するためには「この一冊」では済まないだろう。

私は,ここ半年ぐらい社会を理解したいなあという思いを中心に本を集め,そのような目的で年末年始までに目を通した本を「社会を理解する方法・ツールを探す-年末・年始の頭の旅-」にまとめたが,まだまだ道半ばだといわざるを得なかった。特に出発点の定め方がむつかしい。

しかし今回,試論(暫定版)ではあるがイノベーションを志す人が社会を理解するための基本書8選」を作成し,紹介してみることにした。

8冊は,経済を中心とした歴史や制度・ツールを理解するための「経済史」,経済を分析するツールである「マクロ経済学」と「ミクロ経済学」,これらに対する「複雑系ネットワーク」という観点からの捉え直し,経済を創造する人の活動を理解する「経営」と経済活動のフレームを作る「政治・行政」,人の経済活動を支える物質的な環境を形作る「自然科学」,最後に「人間の科学 社会の科学」という流れだ。それぞれについて「この一冊」のさわりだけ紹介することとし,詳細な紹介は後日を期すことにする,「今のところ,<No.1 経済史>と<No.8 決断科学のすすめ>には,Kindle本はない。

<No.1 経済史> 評価:◎

暫定的ではあれ,8冊にまとめてみようと思ったのは,「経済史」(著者:小野塚 知二)の存在を知ったからである。発売は18/2/1とあり,私は2/28に入手している。

この本は,農耕が開始されて以降の人間の経済活動を,そのような活動を支えた政治・社会や人のあり方,思想との関連で追っていく「経済史」であると共に,至る所で人と経済,社会,自然の全体的な関係をどう整理すればいいのかを執拗に問いかけ,回答,記述していこうとしており,読者の頭の中はどんどん整理されていく(はずだ)。ただそのような記述が,各所に散在しているので,その限りでは「わかりにくい」ところもあるが,あまり気にならない。

たとえば,財・サービスを生産する4つの関係として,投入された労働力が商品か,非商品か,産出された財・サービスが商品か,非商品かをあげ,商品―商品以外の領域(象限)については,市場で調整されていない,その規模は小さくないという指摘は,なるほどと思える(172~174頁,ただし元となるの整理は大沢真理とある。)。

あるいは,人の経済活動の外に,人間=社会の活動として,思想・宗教,知恵,技芸,力の4領域があるが,「むろん、複数の領域にまたがる活動はあります。たとえば、力の行使(戦や乱闘)にも思想や知恵や技の作用は不可欠ですし、また統治者の政策、経営者の戦略、市民運動や労働運動の活動方針など(いずれも現実に何らかの働きかけをして、課題を解き、よりよい状態をもたらそうとする行為の束)は、思想・宗教によって与えられる価値判断で方向性が定まり、知恵で過去と現状を正確に理解し、またありうべき将来を予測し、技芸を用いて現実の人間=社会や自然に働きかけ、そして力で人びとの振る舞いや立場を律することによってなされる総合的な行為群です。何らかの価値判断(何かを選び取り、何かを捨てること)を含まない「自然体の」政治や経営などありません…つまり、科学だけでは政策は立案できません。政策の方向性を決定するのは思想・宗教であり、実際に政策を実施するには技芸と力が必要です。また、技だけがあっでも、それを用いる向きが定まらなければ無意味ですし、現実を相手に技を行う力がなければ無効でしょう。むろん、思想にも科学にも技芸にも基礎付けられない力は、文字通り剥き出しの暴力であって、何ら望ましい結果をもたらさないことは明らかです。思想・宗教、知恵、技芸、力という行為の四領域を知っておくと、誰かが何か言い、また行うことが、どの領域に属しているのか、どの領域に基礎付けられているのかがわかるようになります。」(93,94頁)という記述も役に立つ。

そのほかにも目白押しだが,私はまだ十分に咀嚼して紹介できるほどには本書を読み込んでいないので,下手に紹介すると読者の意欲をそぐ可能性もあるのでやめておく(なお発売直後にも関わらずAmazonで高評価されている。今後,チャチャが入るだろうが。)。

たぶん今後一番議論を呼ぶのは,著者が「経済はなぜ成長するのかという問いに対して,本書は,まず,人とは際限のない欲望を備えた動物であるから,その欲望を充足し続ける-この欲望に際限はないので,充足してもまた新たな欲望が湧き起こり,それを充足する-ことが,経済成長の原動力だったのだという仮説を提示しました。そのうえで,前近代,近世,近代,現代の各時代について,際限のない欲望がどのようにして成長の原動力たりえたのかを考察しました」(512頁)と「際限のない欲望」という表現を出発点にしたことだろう。著者が,バナナの例を挙げているから困るのだが,著者自身は,「さまざまに際限のない欲望」と表現し,多様な対象,形態,程度での「際限のない欲望」を意識しているのに(29,30頁。ただしこの箇所は珍しく整理が不十分だ。),おそらく,「際限のない欲望」批判が横行するのではないかと思う。

いずれにせよ,この本は,経済論,社会論,政治・行政論,思想論,人間論全体の中で道を見失わないためのよくできたコメント付き「地図」として利用できる。この本を,十分に活用したい。ただし,パソコン,インターネット,AIで劇的に変わりつつある<いま>の経済の見立ては全く不十分であるし,例えば交換,分業による人の進化を追う「繁栄」(著者:マット・リドレー)と読み比べれば,人の経済史が,もっとメリハリをつけて理解できよう。

<No.2 中高の教科書でわかる経済学 マクロ編> 評価:〇

「経済史」で使用される様々な概念のうち,GDP,生産性,貿易,日本の経済成長,財政,経済・金融政策等々を理解するために「中高の教科書でわかる経済学 マクロ編」(著者:菅原晃)を紹介する。マクロ経済学の本は,ともすれば現在の世の中で横行している「謬見」を相手にせず,さらには現実とも遊離した「数学遊戯」になっている感があるが,この本はかなり戦闘的に「謬見」と戦おうとし,その根拠を「数学」ではなく,きちんとした学者の「監修」を経ているであろう中高の教科書(資料集)の記述を引用することで,説得材料にしているので,わかりやすい。内容に多少の疑問はあるが,8割ぐらいの記述はあっているのではないか。これで足りなければ,これをもとにさらにきちんとしたマクロ経済学の本に進めばいいだろう。この本は,日本の現実を意識しているが,足りない部分は「日本経済入門」というたぐいの本で補えばいいであろう。

<No.3 ミクロ経済学の力> 評価:◎

消費者行動,企業行動,市場均衡等の市場メカニズム,及びゲーム理論,情報経済学については,「ミクロ経済学の力」(著者:神取道宏)を紹介したい。

この本は,ミクロ経済学の中級テキストということだが,数学は分かり安い範囲に抑えられており,内容を一度で理解するのはつらいが,何度も反芻すれば理解し,応用できそうだ。

この本が素晴らしいのは,著者が問題を自分の頭で整理して考え,説明しようという誠実さに満ちていることだ。世評も高いし,私も高く評価する。早く何回も読んで,飲み込みたい。

<No.4   経済は「予想外のつながり」で動く>  評価:〇

No.2やNo.3の「経済学」については,その前提や,方法論に強い批判がある。ここでは「経済は「予想外のつながり」で動く」(著者:ポール・オームロッド)を挙げておく。この本の基本は,経済現象は複雑系であり,ネットワーク,特に急速に広がったインターネットを通じた中での「私たちの行動モデルは人びとに次のようなやり方で意思決定をさせる。人は他人の選択を見て,それを真似する。いろいろな選択肢がどんな割合で選ばれるかは、それぞれの相対的な人気の高さで決まる。これが基本原理だ。それに加えて、小さな確率で,人はランダムに選択を行うことがある。具体的には、人はそれまで誰も選ばなかったまったく新しい選択を行うことがある。」ということから,これまでの経済学では処理できないということが基本だろうか。

更にこのような視点から,No.5の経営戦略や,No.6の公共政策が多くの場合失敗することを分析しており,十分な有用性がある。ただし,繰り返しが多く,「複雑系ネットワーク」として基本的に押さえておくべきことの記述を端折っているので(英米の「教養書」らしいが),評価は一段落下げた。

複雑系の科学は,ネットワーク理論を含めて,まだ十分に理解されていないし,No.1~No.3とNo.4以下の経済学,経営学等々と十分に融合しているとは,いえない状況であろうが,マンデブロを紹介したナシーム・ニコラス・タブレの「ブラック・スワン」や「反脆弱性」,マーク・ブキャナンの一連の著作,ダンカン・ワッツの「偶然の科学」等が参考になるだろう。IT,AIを使いこなすためにも,必須の観点である。

<No.5 パーソナル MBA> 評価◎

「経済史」の現実を,マクロ経済学,ミクロ経済学によって,より科学的,論理的に理解すれば,次は,企業はどうやって儲けるんだろう,そもそも価値をどうやって創造すればいいんだろうという「ビジネス・経営」領域の問題になる。「ビジネス・経営書」はそれこそ世の中に満ち満ちているが,「この一冊」として,「Personal MBA」(著者:ジョシュカウフマン)を紹介したい。

著者は,みずから「勉強フリーク」と称するように,勉強する方法に極めて意識的であり(「たいていのことは20時間で習得できる」という著書もある。),アメリカで「Personal MBA」というサイトを開設し,99冊のビズネス書を公開して人気を博している。この本は,価値創造,マーケッティング,ファイナンス,販売,価値提供に分けて,ビジネス手法を要約,紹介すると共に,人間の心,システム思考に各3章を割り当てて詳細に検討している。学者の本ではないが,極めて水準の高い本であり,特に,「価値創造」は参考になる。

この本がいささか抽象的だと感じれば,わが国で現実に生きていく方法について論じた「幸福の「資本」論― あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」」(著者:橘玲)を紹介しておく。クセはあるが,実践的だと思う。

<No.6 行政学講義> 評価:△

「行政学講義~日本官僚制を解剖する」(著者:金井利之)については,すでに紹介した。私としては,政府の活動や制度(立法,行政行為)を,主として人の経済活動との関係で分かりやすく網羅的に検討した本を紹介したいのだが(基本的な検討は「経済史」でなされている。),現時点では,非常に癖はあるが,行政の諸相を網羅的に検討しようとしているこの本を紹介しておく。

<No.7 この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた> 評価:◎

「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」(著者:著者ルイス・ダートネル)(原書は,「The Knowledge: How to Rebuild our World from Scratch」)は,何らかの原因で「文明」が崩壊したとき,人はどう方法で生きていくことができるのかを,「思考実験」した本である。

内容は,崩壊時に残された材料を利用する猶予期間,この時期を経て,農業/食糧と衣服/物質/材料/医薬品/人びとに動力を──パワー・トゥ・ザ・ピープル /輸送機関/コミュニケーション/応用化学/時間と場所をどうやって活用できるのかという自然科学的実践論である。

農業といったって,種,土壌,道具等々,あなたは何も知らないのではないの?とまさにそのとおりである。動力,工業,通信等々,私にはすべて「ブラックボックス」である。そういう人は当然生き残れない。

この本は,自然科学実践論といってもいいかもしてない。ちゃんと私たちが向き合っている現実の自然環境,物質を知るためにも,必読書である。

<No.8 決断科学のすすめ> 評価:◎

「決断科学のすすめ」(著者:矢原哲一)」については,一度「私たちの不安」で簡単に紹介したことがある。この本は「持続可能な未来に向けて、どうすれば社会を変えられるか?」という問題意識にたち,そのためのリーダーを養成しようというプロジェクトのためにまとめられたお薦めできる優れた内容の本である」が,「個人が持続的に生活していくためにはどういう活動を営めばいいかという「身過ぎ世過ぎ」の観点が抜け落ちている」と指摘した。これについては,上記で紹介したNo.1~No.7の本によって,欠落部分はなくなる。

そうすると,この本で指摘され,論じられていることが,きわめて現実的,実践的になる。内容も多岐にわたり,非常に面白い。十分に活用できるだろう。

 

アイデアをカタチにする・各論

この記事は,「アイデアをカタチにする」の各論にあたる「商品・サービスを創る」,「健康になる」,「学ぶ・学習する」,「社会制度を改革する」の最初のたたき台として作成したものを投稿したものです。内容は今後順次,充実,改定していきますので,「アイデアをカタチにする」の該当項目を参照してください。

商品・サービスを創る

これから様々な「アイデアをカタチにする」商品・サービスを創り出す仕事に関与していきたいと思う。

すべて今後の課題だが,これまでに関与した一事例を紹介したい。

国際医療搬送事業(エアー・アンビュランス・サービス)の計画に関与したとき,個人についてどうすれば当該サービスを提供できるかという課題があった(料金を採算ベースで徴収すれば,一回最低2000万円程度になる。)。

これについて,個人に有償で効果的な健康管理アプリを利用してもらい,海外滞在時に病気となった会員の共済として必要性の高い順に,当該サービスを安価ないし無償で提供することを企画したことがある。これ自体は,運営会社,代表者の不祥事で立ち消えになったが

そのラフな試案を紹介しておく。具体的な事業化には着手していない。

健康になる

健康になる方法と理論

ここでなすべきことは,「健康になりたい」という「思い」を,できるだけ容易に継続して「実現できる」スキームを創りだすことである。

そのスキームは,抽象的には「食動考休」であるが,その内容を具体化するにあたって,科学的でなければならない。

そのために,健康・医療に関わる本,資料を十分に検討する必要がある。とりあえず人間の心身が複合的なシステムであることを前提とする「ジエンド・オブ・イルネス」を,出発点にしてもよい。

各論的には,「代謝」,特にATPとミトコンドリア,「DNAとエピジェネティクス」,「腸内細菌」あたりを研究する必要がある。

これらを踏まえ,「特別問題」として,「肥満とダイエット」及び「老化」を検討する。

食動考休

食については,「多様なものを,新鮮なうちに(特に野菜・果実),腹八分で」,という以上になすべきことはないであろう。

動(運動)は,有酸素運動(エアロビクス),筋肉トレーニング,ストレッチを万遍なくこなすことだが,これではやりきれないので,簡易な運動+ウオーキング,あるいは「多動」でもいいだろう。

考は,「学ぶ・学習する」の活性化である。

休は,体の弛緩,瞑想及び睡眠である。

改めて思うが,私には知識だけあって実践していない「ヨガ」に取り組めばこのうちの多くがカバーされる。一方で,日本のヨガ指導者の多くが早死しているという事実も忘れるわけにはいかない。

学ぶ・学習する

「学ぶ・学習する」方法と理論

「学ぶ・学習する」方法と理論として,「使える脳の鍛え方」(Make it Stick),「脳が認める勉強法(How We Learn)あたりを出発点にするのがよいだろう。

この分野は,やたらと「ノウハウ」の多い分野であるから,その有効性を見極める必要性がある。

各分野の学習法

読書

数学

英語

ビジネス

学習する手段

ここでは,例えば,MOOC,Podcast,iTunes U等を検討していきたい。

社会制度を改革する

社会制度の改革

私が若いころは,「過剰」な政治が時代であり,私は一時期から「政治」と弁護士の仕事と関係する限りで関わりそれ以上にはみ出さないこととし,以後,基本的にそのようにしてきた。もちろん,投票はしている。

ただ最近は,「政治」の変質が目に余るようになったので(「啓蒙思想2.0」参照),私は改めて「政治」を含む社会制度の改革について,提言・実現する必要があるのではないかと考えるようになってきた。「遅れてきた元青年」である。とはいえ,すぐに用意できる現実的な提言があるわけでもないので,しばらく準備をしたいと思っている。

私がこれまで何らかの関与をしたのは,せいぜい次のとおりだ。

政治資金規正法の改正提言をした。「その内容は,「自由と正義」の論文を参照されたい。同時に,公職選挙法の改正提言もした。

太陽光発電設備を規制する条例策定に関与した。

ジェフリー・サックスの「貧困の終焉」を高く評価した。

「社会制度を改革する」方法と理論

これについては数理的な分析を含め,非常に有効な方法と理論が生み出されつつあると理解している。ゆっくりと整理していきたい。

Fire HD 10を使う

これで固定レイアウト本が読める

新しいFire HD 10が発売された。私の回りにはFireがごろごろしていて買う気はなかったのだが,「より美しくなった10.1インチ高解像度ディスプレイ(1920×1200) 」という表示を見て気を変えた。これでまともに固定レイアウト本が読めるのではないか。

Fireにしろ,Kindle Paperwhiteにしろ,通常の活字の電子書籍は快適に読めるのだが(活字の大きさが変えられる。),画像等の固定レイアウト本だけは,解像度が不十分で,とても読みづらかった。おそらく,iPad等では快適に読めるのだろうが,本家で読めないのでは本末転倒だ。

さて新たに入手したFire HD 10だが,画面が大きく,解像度があがったので,固定レイアウト本が問題なく読める。稀に活字が細かい固定レイアウト本もあるが,それは横置きにして拡大して読めばまったく問題ない。ハイライトや,検索は利用できないが,そこはもともとの出版社のポリシーの問題で,やむを得ない。これでKindle本による読書の範囲が広がったことは間違いない。ついでにいうと,マンガも快適に読める,

Google Playもインストールできる

新しいFire HD 10にもGoogle Playがインストールできる。方法はネット記事を見て欲しい(例えばこれ)が,とても簡単だ。また,少なくても私の利用上,不都合は生じていない。

これで新しいFire HD 10も,快適な音声入力ツールとして使用できる。

 

 

謹んで新春のおよろこびを申し上げます

皆様方にとってこの一年が希望に満ちた年でありますように心よりお祈り申し上げます。

一昨年は波瀾万丈の年でしたが,昨年はそれに輪をかけた大激震の年になってしまい,この正月は少々くたびれています。でも3歳半になり,きらきらドレスを着て,ティアラ,ネックレス,スティックを身につけ,ガラスの靴を履いて,シンデレラ,エルサ,ソフィア,白雪姫と,日々プリンセスを演じ分ける孫娘を見ると,そんなことも吹っ飛んでしまいます。

さて昨年に続き今年も横好きな「読書案内」をします。「人類は絶滅を逃れられるか」(Do Humankind’s Best Days Lie Ahead?)と「真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話」の2冊はどうでしょう。

前者は、カナダで開催されたディベートを記録した本で、「人間の未来は明るい」と肯定するのが,私も知っているスティーブン・ピンカーとマット・リドレー。懐疑的なのが,私は知らなかったマルコム・グラッドウェルとアラン・ド・ボトン。前者は,人間は進化の中で,言語を得て道具を使用し,試行錯誤,創意工夫を繰り返して,現在を築いており,今後もより豊かで安全な方向に進めていく蓋然性が極めて高いと主張し,後者は,豊かで安全って,本当かいという,哲学,文学からの突っ込みです。

我が国には,視点は大分違いますが「真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話」という本があります。超弦物理学の大栗さんと仏教学の佐々木さんの対談で,題名を見ると?ですが,科学対科学を侵犯しない仏教との対話とでもいうべきもので、内容は意外にまっとうで面白い。

私は,いずれも科学派に与しますが,科学の進展によって私の外部には誰かがわかっていても私には中味のわからない「ブラックボックス」がますます増大し,私の内部であるはずの身体,意識も同じです。

その結果荒れ狂う心が前面に出できしまいますが,その舵取りが難しいのは釈迦の時代と同じです。だからこれからも佐々木さんの説く仏教はありかなと思います。

平成29年 元旦

謹んで新春のおよろこびを申し上げます。

皆様方にとってこの一年が希望に満ちた年でありますように心よりお祈り申し上げます。
さて昨年は,私にとってあらゆる面で波乱万丈の年でしたが,年の功というべきか,年相応に鈍くなったというべきか,何とか新年を迎えることができました。

それより私は今,とてもワクワクしています。それは,ここ最近の文字どおりの科学のビッグバンによって,少しずつ「真実」が明らかになってきていると予感させられるからです。その動きを簡潔に紹介した『「読まなくてもいい本」の読書案内』(橘玲著:筑摩書房)の帯に「『古いパラダイムで書かれた本』は,今すぐ捨てよう!」とあります。もちろん捨てるのは本だけではありません。私も新しい海に漕ぎ出さなくては!!

でもその前に,今ある自分の心身と知識を検証するために,『人体600万年史』(早川書房)と『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』(河出書房新社。原題は『The Knowledge』)を読むのをお勧めします。。今年を楽しむための,下手な「読書案内」でした。

平成28年 元旦

私のチャレンジ

弁護士とビジネス

「法とビジネスの諸相」で述べたように,もともと弁護士は「ビジネス」と無縁であった。もちろん弁護士がしていることは「民(みん)の仕事」であるからビジネスであることは当然であったが,「事件」が来るのをまってその枠組みで仕事をするという受動的なスタンスに慣れ親しんでいて,なかなか弁護士としての発想やスキルをビジネスそのものに参加して生かそうとはしなかった。国内,国外の様々な公的機関への参加も低調であったし,ボランティアやプロボノへの参加も,災害時の救援活動を別にすれば「政治思想」が後押ししているケースが多かった。

今の時代の中で

今の時代は暗いイメージに彩られているが(でも私は「繁栄」派だ。)自分が何をすべきかは,おおむね自分で決定し実行できる,あるいはしなければ朽ち果ててしまう「時代」であって,これを制約するような要因はほとんど存在しない。私が弁護士としてこれからも「法律事務」を受任し実行していくことは当然であるとしても,そのような予定調和的で,受動的な枠組みからは飛び出さなければ。考えてみれば,若い頃の私はそれをもっとも尊んでいた。

私のチャレンジ

私が弁護士としての発想やスキルを生かしたいビジネスの対象は,国際的な価値創造,交換と,生命の充実・健康システムの開発である。現時点で当面具体的に取り組むべきことは,

  1. 羽田空港におけるビジネスジェットの整備,格納ビジネス
  2. 中型ビジネスジェット機を利用する国際医療搬送(エアアンビュランス)
  3. ダイエットに様々な要素(小食,多動,睡眠,旅行,文化活動等)を盛り込んだ双方向性の健康アプリの開発
  4. 教育支援

である。

今後,それへの道筋を開けるような,読書,研究,実務体験を積み重ねていきたい。

「まとめ読み」を作る

「まとめ読み」を作る

個別の本を取り上げて<「・・・」を読む>という記事を作成するのにはかなりエネルギーが必要なので,特に重要な本や何かの理由で是非とも紹介したい本に限られることになるだろう。そのためこれから「読む」を作成するとか,記憶に止める必要のある本(以下「登録本」という。)について,「本の森」の「カテゴリー」に添って,その下位の「カテゴリー」別,あるいは話題や内容別の「まとめ読み」=「一覧」を作成することとする。例えば,「本を読む本」まとめ読み,「進化論の本」まとめ読み,「樹木の本」まとめ読み等々である。

そのための準備として登録本については,「私本管理」と,WEB上の「メディアマーカー」に登録する。

「私本管理」は私のパソコン上で行い,①新規購入(過去に購入したものも含める)と,②作成中(「まとめ読み一覧」作成作業中),③一覧・リンク(「まとめ読み一覧の作成済みないし記事中でリンしたものの),投稿(「読む」を作成済み。)に分け,シールを貼る。「メディアマーカー」には,作成中の本を登録する。「メディアマーカー」に登録すると公開され,EVERNOTEに読み込まれるので,EVERNOTEで読書メモを作成することができる。

「本を読む本」まとめ読み

最初に「本を読む本」で試作してみる。

まとめ読み一覧

カテゴリーや,その下位のk手子リーは次のようになる。

自然と科学

「化学」,「物理」,「生物学」,「宇宙と地球」,「数学」,「統計学」,「工学」,「医学」,「生化学」

社会の構造

「経済学」,「経済分析」,「開発経済学」,「開発法学」,「経営学」,「政治」,「世界史」,「日本史」,「社会学」,「人類学」

ヒトの内的世界

「哲学」,「論理学」,「心理学」,「芸術」,「仏教」,「本を読む本」,「勉強法の本」,「英語の勉強法の本」

その他

「山の本」,「山の本(ガイド本)」,「山の本(技術本)」,「旅の本」,「花の本」,「樹木の本」,「筋トレとストレッチ」,「健康になる本」,「HTMLとCSSの本」,「WEBの本」,「ITの本」,「私の嫌いな本」

法とルール

「公法」,「刑事法」

様々なビジネス

「健康管理システム」,「エアーアンビュランス」

世界に向けて

「Kindle本」を読む,「Audible」を聞く,「開発経済学」,「開発法学」,

「本を読む本」まとめ読み

最初に

本格的な読書論もあるが,とりあえず,「本の森」を作成する上で参考にしている「読書術」の本をまとめておこう。今後,増補していく。

紹介

1

ソーシャル時代のハイブリッド読書術
倉下 忠憲
シーアンドアール研究所
売り上げランキング: 199,993

WEB上の情報管理や,EVERNOTEの利用について,参考になる。

2

できるポケット Amazon Kindle クリエイティブ読書術
倉園佳三 できるシリーズ編集部
インプレスジャパン
売り上げランキング: 163,217

どれだけKindleのデジタル情報が使えるのか,これからの問題である。

3

本を読む本 (講談社学術文庫)
J・モーティマー・アドラー V・チャールズ・ドーレン
講談社
売り上げランキング: 4,718

本格的に読書に取り組むための本だ。

4

読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門
佐藤 優
東洋経済新報社
売り上げランキング: 7,653

参考になるが,文筆業の観点であって少し私と違う。

百名山はどこがよかったですか

私の登山歴

百番目の百名山 水晶岳(黒岳)
百番目の百名山 水晶岳(黒岳)

私が山に登り始めたのは,45,6歳の頃からで,典型的な中高年登山者である。休みの日にいつも自宅にごろごろしていて太るばっかりではつまらないねというノリだったろうか。だれから教わったのでもないが,街中のウオーキングから始め,やがて箱根,丹沢に登り,そのうちもっと高い山にも挑み始めた。最初は,箱根で雨具を着たときにも緊張したし,軽アイゼンもおっかなびっくりだった。それに,はじめの頃は癖になっていた右足の捻挫が痛くて,歩くのも辛いほどだった。それでも,だんだん登山にのめり込み,(文字どおり)毎週のように出かけるようになった。出かけないのは,よんどころない用事があるか,痛風か風邪か二日酔いで動けなかったときぐらいだったろう。

それで最近まで私は「日本で一番山に行っている弁護士」を自称していた。多分それはある時期真実だったろう。ただ所詮,最近目覚めた中高年登山者なので,レベルは初中級ないし中級の下どまりだった。だから「弁護士になって滅多に山に行かなくなった。」といっている登山部出身の弁護士とは残念ながらレベルが段違いであることは,十分に自覚していた。それでも大学のワンゲル部にいた娘と,都岳連の冬山講習会に参加し,風雪降り荒ぶ冬の硫黄岳に登ったり,富士山で滑落停止訓練をしたことはいい思い出だ。登山関係の本やDVDも山のように買い込んだ。その程度の心がけはあったのだ。都岳連の岩山講習会にも誘われたが,生来鈍くさい上に,何せ体重が・・。それまでにも何度かクライミングもしてみたが何せ体重が・・。都岳連の岩山講習会に行くと,当然,西穂高-ジャンダルム-奥穂高レベルの山にも行くようになるから,その頃でも二の足を踏むしかなかった。実際,岩山講習会出身者の遭難の話も漏れ聞いていた。

百名山完登の栄光と挫折

話を元に戻すと,そのうち,最初は私など到底無理だと思っていた百名山にも登るようになった。最初に登った百名山ははっきりしないが,弁護士会の委員会の関係で鹿児島に行った帰りに寄った霧島(韓国岳)かも知れない。あるいは蓼科山かも知れない。最初は百名山全部に登るなどとは夢にも思わなかったので,記録もとっておらず,カメラはもともと苦手なので,持っていかないことも多い。眼と体に刻めばそれで良し・・もっともたいていの場合下山して大酒を飲むので,多くの体験,風景は記憶されることなくそのまま流れ去ってしまうことも多い。

しかし山の魅力とは別に,何かを虱潰しに消していくことには,ゲームのようなおもしろさがある。私はそれにのめり込み,いつしか百名山完登を目指すようになった。ただ,百名山に登るには,体力以上に,時間も金もかかる。私はたまたまその時やっていた仕事が比較的時間をとりやすく,他の人の協力もあって事務所も何とか回っていたので,目指すことが出来た。土日で登れるのなら誰でも目指せるが,関東地区を離れると基本的には土日では無理で,金曜日に出発することが出来ると,登れる山の範囲はずっと広がる。私は当時恵比寿ガーデンプレイスに事務所があったが,金曜日の朝,ビルに登山靴,ザックで入り,昼前には出かけるということを繰り返していたが,人の眼にはさぞ異様に映ったろう。

私はよほど山に魅せられたのだろう,百名山に限らず,並行して多くの山に登っている。関東周辺の箱根,丹沢,奥多摩,奥武蔵,秩父,奥秩父,富士五湖周辺,八ヶ岳の山はほとんど登っている。深田久弥の選定ではないが,二百名山,三百名山というのもあるが。二百名山は三分の二,三百名山も半分は登っているだろう。残っている山のほとんどは,アクセスが不便な場所にあり,私は車を運転しないから,公共交通機関+登山口への往復タクシーを利用するだけではいけない山である。もちろんタクシーを何日もチャーターすれば可能だが,それではお金がいくらあっても足りない。私は可能な限り,二百名山,三百名山にも登ろうとは思っていいたが,これを完登する気は最初からなかった。

ところで登山口へのアクセスは,鉄道駅からバスがほとんんどだが,その頃はまだバスも多く走っており(多くが廃止されるようになったのは最近だ。コミュニティバスというのもほとんどなかった。大菩薩くらいかな。),山溪から毎年登山用のバス時刻表が出ていて,それは私の何よりの愛読書だった。バス時刻表とネット検索を駆使して最良と思われる登山計画を立てるのは,本当に楽しかった。実際,宿泊場所や切符の手配ができれば,登山のほとんどは出来上がっていて,実際,あとは歩くだけだ。

百名山の百番目は,2009年8月に息子と一緒に黒岳(水晶岳)だった。このときはもう一つ残っていた笠ヶ岳に登り,三俣蓮華,鷲羽山,黒岳,烏帽子岳から高瀬ダムに下りるコースだった。これはなかなか充実した素晴らしい縦走だった。息子と,100名山の最後を登り,娘と冬山に登る。酒好きのグータラな父親としては,登山をしなけば,考えてももいなかった「幸せ」だ。孫娘のえみちゃん,じいじと,山に行きましょう。

単独登山は避けるという常識がある。確かに難しい登山や人が余り行かない山はそうだろう。でも職場で行くのでない限りなかなか他人と予定を調整して計画を立てるのは困難だ。だから私はほとんど単独行だ。それに何より,歩くペースは人によって違うし,同じ人でも状況によって違う。私は,基本的には最初はゆっくり歩き,中盤はそこそこピッチをあげ,終盤疲れてきたら自然に任せるというところだろうか。自分でペースを主導出来るとか,調整出来るときはいいが,ツワー登山のように,とにかく合わせなければならないときは,自分の力量が相当上でないと辛い。だから登山は,単独行の方が楽しい。

私はどちらかというと上りは速く,下りは遅い。いや,一時は登りは,プロ,セミプロを除けば,「トップクラス」を自称していた。私が今,唯一人に自慢するのは,鹿島槍で,朝,赤岩尾根から登り,鹿島槍に登って,結局,冷池山荘にも,種池山荘にも泊まらず扇沢におり,その日のうちに,バス,新幹線で,横浜に帰ったことだ。まあ素人登山家の栄光の日々だ。

また話を戻して,私が百名山で単独行でなかったのは,息子といった最後の登山は除くと,ツワー登山に参加した,一人では計画がたてにくい北海道の利尻岳,幌尻岳,四国の2山を一度に登った剣山,石鎚山,一人だと怖そうな剱岳,アクセスが難しい皇海山だ。それと宮之浦岳には家族で屋久島に行き,娘と一緒に登った。そうだ,トムラウシには友人のH君と登った。それぐらいだろうか。

このようにして,最初から7,8年の2009年に百名山を完登したが,その後は,長期の挫折の日々ということになる。2010年には,やはり息子を連れて苗場山に行っているし,いつだったか,小淵沢の観音平から,編笠山,権現山を通って,観音平に戻る周回コースを短時間で歩いた記憶もある。しかし,その外にどうもあまり高い山に登った記憶がない。それどころか最近は,体重は減らないまま,大山でも,明神ガ岳でもヒイヒイいっていると,どんどん抜き去られる。時々奥さんと話すのだが,「百名山完登者」と染め抜いたTシャツでも作ろうか?逆効果だろうな。

百名山はどこがよかったですか

長い前置きが終わった。

さて,山はどこでも,天気がよくて眺望がよければ快適だ。そういう意味では,たまたまその時(何回も行った山もあるが)眺望がよかった山が思い浮かぶ。十勝岳,トムラウシ,聖岳,瑞牆山等々。

高層湿原の山も最高だ。平ヶ岳,巻機山,苗場山等々。

朝日,飯豊はとにかく縦走が楽しい。

北アルプスの山は,そのすべてが素晴らしい。

というわけで,百名山はすべて素晴らしい,というのが結論だ。

つまらない山はなかったですか

ないけれど,一点だけ。私は奥白根山については,間違えて山頂を踏んでいないのではないかと思う。あとで山頂の写真を見て気がついた。奥白根山は素晴らしい山だからもう一度登って見たいが,山頂を踏むだけのために行く気にはならない。だれか一緒に行きますか。

最後に

登山靴は踝を覆うトレランシューズにしてから随分楽になった。でもこれで,塩見岳から間ノ岳,農鳥岳を通って奈良田に下りているから,土砂降りでない限り不便はない。ザック(荷物)も軽いほどいい。

あと,雨具,ヘッドランプ,ツェルトは必須だが,最近は,低山なのでどれも持っていないことが多い。でも少なくても,雨具,ヘッドランプは持っていかないと,低山でも困ったことが起きる可能性がある。自戒・・

私は山頂に長く止まることをしない。食事をするとしてもせいぜい10分か15分だ。途中もできるだけ速く通過する。結局の所,安全のためにはこれが一番だと思っている。ましてや山頂でビールなど絶対に飲まない。その分,下界のビールが美味しい。もっとも山頂の山小屋に泊まるときは浴びるほど飲む。高山ではアルコールが速く回るというが訓練次第だ。でも山頂のビールは高いから飲み過ぎには注意しよう。

「山の名作読み歩き」を読む

山の名作読み歩き 山の文章世界の道しるべ YS003 (ヤマケイ新書)
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一口コメント

帯にあるとおり「豊かな山の世界を綴った紀行,記録,エッセー,詩歌のアンソロジー」である。53編も収録されているそうだから1編当たりは抄録も含めて短いものだが,それだけに相応の経験のある山好きには次々とめくるめくような世界が展開されていてたまらないが,この世界に乗れない人にはつまらないかも知れない。

また見慣れない作品も多いが,編者の「固まった既成概念で選ぶのではなく,もっと自由に羽ばたいてみたい」結果なのだろう。

ついでに書くと,実際の本の副題は「読んで味わう山の楽しみ」なのに,Amazonでは「山の文章世界の道しるべ」となっているのは不思議だ。

私的メモ

この本は,手にとって味わってもらえばいいので,あまり私が書くべきこともないが,一つだけ取り上げてみよう。

「山に忘れたパイプ」(藤島敏男)

藤島敏男は名前しか知らなかったが,紹介されている白砂山は,私は2回ぐらい計画したが,未だに登っていない山だ。最寄り駅の長野原草津口から夏の短い期間バスが出ていて,車を運転しない私はその期間しか登れないが,残念ながら過去の計画は流れてしまった。それと,八間山を回ると帰りのバスの間に合うかという問題もあったように思う。花敷温泉に泊まればいいのだが,だいぶ距離がある。

藤島は花敷温泉から白砂山に登っている。野反池が素晴らしく,何度か訪れている,。のちに白砂山から佐武流山へ尾根伝い,苗場山へ抜けたが,「野反湖と池から湖に昇格(?)した野反は,北端に堰堤が築かれて,見る影もないただの貯水池に変わり果てていた」と書いている。その思いは手に取るように分かる。でも,白砂山,佐武流,苗場山というのは,素敵なコースだ。今は荒廃して行きにくいようだが,藤島の頃だってそんなに立派な登山道があったわけではないだろう。

ところで「山に忘れたパイプ」というのは雪道で休憩したときにパイプを置き忘れ旅館の若者が探しに行って見つけ届けてくれたという話だが,藤島は日銀に勤めていて「仕事も遊びも誤魔化しを嫌い,手厳しかった」ことから「あの藤島が忘れものをするわけがない,拾ったパイプ,の間違いだろう」と揶揄した人がいるそうである。笑える。

次に収録された作品名と作者の一覧を載せておく。

収録された作品と作者

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