コーポレートガバナンスの基礎2…「これならわかる コーポレートガバナンスの教科書」を読む

著者:松田千惠子

はじめに

問題の所在

「コーポレートガバナンスの基礎1」で,コーポレートガバナンスの問題は,経営者,使用人の業務執行について,取締役会の監督,監査役の監査が実効的な機能を果たしているのかということであることに行き着いた。会社法では,この問題に対応する特別の仕組みとして,(指名)委員会等設置会社,遅れて監査等委員会設置会社が設けられているが,それでうまくいくのだろうか(それにしても,なんと覚えにくく,言いにくい,独りよがりの命名だろう。)。

そこで,コーポレートガバナンス全般について論じている「これならわかる コーポレートガバナンスの教科書」(以下「本書」)に目を通してみた。

本書でも紹介されているように,現時点でのコーポレートガバナンスをめぐる議論は,平成26年8月の伊藤レポート「「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト最終報告書」,平成26年9月(平成29年5月改定)の「スチュワードシップ・コード」,平成27年6月の「コーポレートガバナンス・コード」を踏まえたものとなっている。

もっとも関係が深く重視されているのは「コーポレートガバナンス・コード」であり,これは東京証券取引所が制定したものである。これならば,上場企業の規律の問題であることがはっきりする。

大きなお世話

コーポレートガバナンスをめぐる議論を聞いていると,「大きなお世話」ではないかと思う議論が頻出する(因みに本書では「大きな世話」とするところが2か所登場する。)。会社制度は,委託者,受託者の私的な関係なのに,どうして国や有識者が出てきて,もっともらしいお説教をするのか。あなたの所属する組織のガバナンスはどうなのと,突っ込みの一つも入れたくなる。

この点,東京証券取引所であれば,自分が取り扱う商品(株式)の品質,価格を向上させたいので,上場してお金を集めたい会社は「コーポレートガバナンス・コード」に従ってねということで,とても分かりやすい。ただ東京証券取引所は,他にあおられて歩調を合わせてしまい,美辞麗句を並べたててルールを複雑化させ,企業に無意味な負担をさせない英知が必要である。本当に実効性のある核心を突く仕組みを確立し,運用しなければ,「コード」の中にコーポレートガバナンスは埋もれてしまうだろう。

私にとって不可解なのが,機関投資家に対する「スチュワードシップ・コード」である。金融庁のWebで「スチュワードシップ・コードの受入れを表明した機関投資家のリストの公表」もされているが「踏み絵」?(今は「絵踏み」が普通らしい。)。この問題の「公共政策」としての検討は後日を期そう。

また本書によれば,伊藤レポートは,ROE(株主資本利益率)について8%を上回ることを最低ラインとし,より高くを目指すとしたことが,衝撃を与えたそうである。しかし,これは,誰が誰に対して,どのような資格に基づいて,どのようなツールが使用できるので,ここに書かれたことが実行できると「提言・推奨」をするのか,私には分からない(なお,平成29年に伊藤レポート2.0「持続的成長 に向けた長期投資(ESG・無形資産投資) 研究会報告書」,平成30年に伊藤レポート2.0「バイオメディカル産業版」「バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会報告書」というものもある。)。

本書に戻って

なるほど

本書の著者は,豊富な実務経験があるらしく,地に足に着いた議論が随所に見られる。最初にHD(持株会社)と子会社の問題は,ガバナンスの問題であるという,「コロンブスの卵」を紹介しよう。

要は,あなたの会社は,株主をどう見ていますか(うるさい?て適当にあしらえ?口を出すな?),(買収した)子会社も,あなたの会社を,同じような株主として見ています。これを頭にたたき込まないと「グループ会社の経営」はできません。なるほど。

本書の構成

本書の構成は,次のように後記の「コーポレートガバナンスコードの基本原則」に対応した内容になっているとされる。

「第1章 企業をめぐる環境変化とコーポレートガバナンス」は,一般的な,「基本・概要」である。

「第2章 身も蓋もないガバナンスの話」(株主に関する論点…基本原則1【株主の権利・平等性の確保】,2【株主以外のステークホルダーとの適切な協働】),「第3章 「マネジメントへの規律づけ」は機能するのか」(経営者と取締役会に関する論点…基本原則4【取締役会等の責務】),「第4章 「カイシャとあなた」は何をしなければならないか」(情報開示に関する論点…基本原則3【適切な情報開示と透明性の確保】,5【株主との対話】)が,コードに対応している。

最後の「第5章 「ガバナンスの担い手」になったらどうするか グループ経営とガバナンス」は「応用・グループ経営と子会社ガバナンス」である。

しかし本書のような内容の本の「章名」を「身も蓋もないガバナンスの話」などとすると,かえって何が書かれているのかわからなくなるし,また記述内容にもねじれや飛躍もあり,そこで何の議論をしているのかわかりにくいところもある。

本書の,実務経験に基づく具体的な記述は高く評価するが,全体の体系や構成,章名,見出しの命名は,工夫の余地がある。

ここは頭に入れたい

本書から,特に頭に入れたいところを,何点か取り上げて考えてみよう。

取締役と監査役の関係再考

もともとわが国の株式会社制度は,取締役は,取締役会(ボード)のメンバーとして,業務執行の監督をする,重要な業務執行の決定をする,業務執行は代表取締役と業務執行取締役がするという制度であった。そして監査役は,取締役の業務執行を監査するとされていた。この仕組みは,上場企業から中小会社まで同じで,それなりに定着していただろう。

ただ海外の投資家は,監査役に取締役会での議決権がないので,監査の実効性がないとみていることが指摘されていた。しかし,監査役が重要な業務執行の決定に参加した場合,それについて監査できるのだろうか。本当は,こういうことを言う海外の投資家は,業務執行をする取締役という概念を受け入れがたかったのだろう。

これに対応するために(指名)委員会等設置会社ができたわけだ。これなら海外の投資家も理解できるが,あまり使われていない。

しかも同時に会社法の立案者たちは「取締役は,定款に別段の定めがある場合を除き,株式会社(取締役会設置会社を除く。以下この条において同じ。)の業務を執行する」としてしまい,我々の頭には,取締役=業務執行というスキームまでインプットされてしまった。これではいくら制度をいじっても彼我の認識の距離が縮まるはずがない。

業務執行取締役を含む取締役会の監督と監査役(会)の監査という制度の中で,どのようにコーポレートガバナンスの実効性を確保するかを考える方がはるかに大事だろう。しかもこれは上場企業に限られない問題だ。本書も,考え方の道筋はともかく,同意見だろう。

取締役会の監督と監査役(会)の監査の関係,上場企業における社外取締役と社外監査役は何をすべきなのか,これは別の稿で改めて考えよう。

マネジメントの監視(監督・監査)

会社のマネジメント(経営)は,大きく,経営戦略・マーケッティング,人事・組織,会計・財務に分けることができる。監査役というと会計・財務に目が行くが,それでは,マネジメント(経営)の重要な部分が欠落してしまう。

取締役と監査役は,取締役会に上程されるこれらに関する議事について,その問題の所在を理解して問題点を把握し,いろいろな言い方があり得るが,例えば企業価値向上につながるかという観点から,あるいは合理性・適性性の観点から,意見を言い,議決権を行使し,あるいは他に経営上の問題があれば,取締役会の外でも監視する義務がある。要は,株主に代わって監視するのだ。

一方,マネジメントとオペレーションは違うという観点も重要だろう。本書に,「オペレーションは優秀だがマネジメントのない日本企業」という記述がある。そこを引用してみよう。「日本の企業の多くは,「課長」級という意味でのマネジャーを生み出すことには大変長けていますが,「経営者」という真の意味でのマネジャーを生み出す仕組みを持っていません。」。「内部昇格の人々は,いったいいつ「経営者」になるのでしょうか。いつマネジメントとしてのスキルや資質を身につけるのでしょうか。平社員から課長になった時? 部長になった時? 確かに,部下が付いたことによって学ぶことは多いでしょう。チームを率いていかなければならず,リーダーシップも養われるかもしれません。業務知識も身につくし,管理のノウハウもだんだんわかってくるでしょう。しかし,それだけで経営者になれるでしょうか。残念ながらなれません。課長であっても部長であっても,しょせんは決められた業務の範囲内で,与えられた資源配分の範疇で,既存の業務をより良くすることが仕事の中心です。経営者は違います。決められた業務をやっているのではなく,次の一手を新しく考えなければなりません。資源配分は自分で考えなければなりません。その際には様々な利害の衝突や相反が出てきます。あちらを立てればこちらが立たず,といった場面も多いでしょう。ここで投資をすれば儲かりそうだが,おカネはないし,やる人もいない,などといった状況も考えられます。それらのバランスを取るためには,財務や人事などの知識も身につけておかなければなりません(これは,細かい業務知識ではありません。全体的なおカネの動きや人の心のマネジメントの話です。)。もちろん,業務知識があれば役に立つこともありますが,細かい知識よりも必要なのは戦略的な思考や大局を見る力です。そして何と言ってもリスクを取る意思決定をしなければなりません。そもそもリスクが何であるかを理解し,それを引き受けることを決定し,その責任を持たなければなりません。また,外部に対する発信力も必要です。」。そして「マネジメントが不在ならばガバナンスも不要です。」。

取締役と監査役は,当該企業にとって大切なことを見抜き,それについて的確に意見を言うことが肝要である。マネジメントには積極的に口を出すべきだが,オペレーションをあれこれ言うべきではない。ポジション取りはなかなかむつかしい。本書に,「暴走老人」と「逃走老人」を止めろとある。もちろんこれは経営者のことであるが,自分が「暴走老人」と「逃走老人」になってしまわないことも考えよう。。

マネジメントの情報開示

取締役と監査役がなすべき監視は,株主が何を知りたいかという情報公開の観点から見るのも分かりやすい。

株主が知りたいのは,「これまではちゃんとやってきていたのか」(過去の実績)です。満足のいく企業業績を出せていたのか? 将来を占ううえでもこの情報は重要です。これが「会計情報」です。次に,「きちんとやるような仕組みを持っているのか」(企業の仕組み)です。おカネを預けたとして,それがきちんと管理され,目的の投資が行われて成果があげられるような仕組みができているのか,怪しいことをやっている会社ではないのか,といったことです。内部統制報告書,ガバナンス報告書などもこれにあたるでしょう。最後に,これが一番重要ですが,「これから何をしようとしているのか」(将来の仮説)です。投資家が投資をするのは将来についてですから,企業がどのような将来像を描き,そのためにどのようにおカネを使って実際の成果をあげようとしているのか(そして株主に還元しようとしているのか)をはっきりさせてほしいのは当然です。この点は,これまで各企業の自発的開示に任されてきましたが,コーポレートガバナンス・コードの導入により,開示に圧力がかかることになりました。」。

本書のさわり

本書のさわりは「第5章 「ガバナンスの担い手」になったらどうするか グループ経営とガバナンス」である。

もっとも典型的なのは海外子会社のガバナンスである(経営ではない。経営するのは,現地にいる業務執行者である。)。この問題は,ガバナンスから理解し,実行すべきことである。

なおこの問題は同著者の「グループ経営入門」で,より整理された形で展開されているので「「グループ経営入門」を読む・持株会社と子会社 …コーポレートガバナンスの実践2」で紹介したい。

以上,雑駁な紹介になってしまったが,本丸はまだ先なので,本書の紹介は,一応これで終わりとする。気が付いたことがあれば,加除,訂正していく。

詳細目次とコーポレートガバナンスコードの基本原則

 

続きを読む “コーポレートガバナンスの基礎2…「これならわかる コーポレートガバナンスの教科書」を読む”

海外との仕事をする準備(備忘)

依頼者が海外との仕事をする際,その仕事に弁護士として参加,支援するために必要となる準備事項・前提事項をまとめておく。なおこの項目については,日弁連が実務研修をしている事項が多いので,適宜それを引用する(日弁連「…」とする。)。内容について疑問があれば問い合わせていただきたい。

国際法と異文化理解

海外との仕事をするということは,日本国に属する私たちと,X国に属するY企業が向き合う関係だから,国と国との慣習,マナーである最低限の国際法を踏まえる必要がある。そうでないと思わぬ対立を招く。手頃な入門書として「国際法第3版」を紹介しておく。

また,人間対人間だからわかるだろうという前に,「異文化を理解する」姿勢を持つことが重要だ。これについては,まず「異文化理解 相手と自分の真意がわかるビジネスパーソン必須の教養」という本を読んでみることだ。個別事案への対応はそれからだろう

国際貿易

日本企業が輸出入に関与することはそれこそ日常茶飯時だから,弁護士がその実務に関与することは少ないが,対象商品に問題が生じた場合に,その対応を依頼されることが多い。多いのは輸入商品であるが,交渉レベルで解決すればともかく,裁判,執行の問題になることも多いが,海外で回収できる場合は少ない。日弁連「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題 第1回 海外取引に関する法的留意点」及び「貿易実務~中小企業の海外展開を支援するために必要な知識を中心に~」が参考になる。

国際私法と国際裁判管轄,及び国際租税

国際私法と国際裁判管轄は,海外との取引に紛争が生じた場合に,どこの裁判所に管轄があり,どこの法律が適用になるかという問題である。法律学の一分野であり,論理適用の問題であるが,その実効性が問題である。日弁連「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題 第2回 海外進出に関する法的留意点」及び「国際取引分野における国際私法の基本体系と動向」が参考になる。

海外との取引に関する税務問題も重要である。日弁連「税務面を考慮した中小企業海外取引の法的構造」は得難い情報である。

国際契約

海外との仕事の出発点は契約だ。さすがにすべて口頭でというケースはないが,重要なことの検討が不十分な契約書が多い。国際契約については,英文契約書がモデルになるメースが圧倒的に多い。日本での契約書にもその影響がある。

英文契約書を学ぶには,まず「はじめての英文契約書の読み方」(著者:寺村淳)をじっくり読みこむのがいい。そのうえで,「米国人弁護士が教える英文契約書作成の作法」(著者:チャールズ・M・フォックス(原書:Working with Contracts: What Law School Doesn’t Teach You by Charles M. Fox)がよさそうだ。

日弁連の研修には,「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題 第3回 英文契約の基礎知識(総論)及び国際取引契約の基礎(各論)」,及び「英文契約書作成の実務」の「第1回 英文ライセンス契約書作成の留意点」「第2回 英文製造委託契約書作成の留意点」「第3回 国際販売店契約の基礎」がある。復習用にいい。

海外進出実務

アメリカ,EU,中国,韓国についてはすでに十分な蓄積があるし,割と身近に実例も多くて,見当もつけやすいだろう(EUは,分かりにくいところもあるが,まずJETROで情報収集すべきであろう。)。アジアについては,「海外進出支援実務必携」に網羅的な情報が記載されている。

ここではASEANを考える。

ASEANに企業進出する際の基本的な問題点は,日弁連「海外子会社管理の実務~ケーススタディに基づくポイント整理~」,及び「中小企業の海外展開サポートにおける法律実務~失敗事例から学ぶ成功ノウハウ~」に貴重な情報がある。

そのうえで各国別の情報を丹念に検討すればいい。日弁連の研修には,「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題」「第4回 現地法の基礎知識-中国法・ベトナム法」「第5回 現地法の基礎知識-発展途上国との取引の注意点」,「現地法の基礎知識-タイ法」,「現地法の基礎知識-インドネシア法」がある。

注意すべき点

金銭移動が伴う海外案件で注意すべき点だが,昔は外為法がとても大きな意味を持ったが今は基本的には事務的なことと理解していいだろう(日銀Web)。それに変わって今大きな意味を持つのが,マネーロンダリングである。これについて実務家は,今,細心の注意を払う必要がある(外務省Web)。そうではあるが,マネーロンダリングは,①犯罪収益,②テロ資金,③脱税資金の監視ということであり,①はさほど大きな拡がりを持つものではないし,②はかなり限定された時期,地域の「政治的な問題」である。③は国によって考え方が違う。また仮装通貨が多用されるとこれはどうなるのかという疑問もある。

 

 

若者たちの政策提言を聞く

ジュニア・アカデメイアの政策提言発表会

3月19日,「ジュニア・アカデメイア」の学生が研究した内容を政策提言として発表する「第3回 政策提言発表会-私たち学生が実現したい日本の将来ビジョン―」を聞きにいった。「ジュニア・アカデメイア」は「日本アカデメイア」(「日本生産性本部」が設けている公共政策にかかる調査・提言機関)の首都圏の大学生,院生を対象とする教育研究機関という位置づけになるのだろう(「ジュニア・アカデメイア」,「日本アカデメイア」,「日本生産性本部」のそれぞれの紹介のため,HPにリンクします。)。私は,日本生産性本部の記念シンポジウム「2025年を見据えた生産性運動の進路」を聞きに行ったことがある。

政策提言の内容

「政策提言発表会」では,それぞれ10人程度の学生が8グループに分かれ,下記の政策提言及び質疑応答を行った。

➀働き方改革グループ-「これからの働き方改革~真の共働きの実現を目指して~」

②政治グループ-「循環する政治社会~参加・議論・評価の民主主義へ~」

③20万時間グループ-「福縁社会構想~あなたの20万時間が持つ無限の可能性~」

④社会全体で子育てグループ-「子育ての負担と喜びをわかちあえる日本~『おんぶ』から『おみこし』へ~」

⑤イノベーショングループ-「30年後も誇れる国づくり~日本発イノベーション再興戦略~」

⑥教育グループ-「頼れるのは自分“自信”!~不安な世界を生き抜く教育のチカラ~」

⑦社会保障グループ-「『私』が『社会保障』する、される。~安心して、挑戦に踏み出せる社会へ~」

⑧ワクワクグループ-「日本ワクワク化構想~もう一人の自分を見つけよう~」

これらについては,それぞれ当日配布された「サマリー」と「報告書」がここに掲載されているのでそれぞれの内容の説明はしない。当日の発表は10分強であったので,ほんのさわりという感じであったが,「報告書」は詳細であり,「参考・引用文献」やリンクも整っているので,じっくり検討するにはいいだろう。ときおり,「6か月の検討」という言葉が行きかっていたが,頭の柔軟な学生たちが,じっくり取り組んだというだけでも,貴重な「報告書」である。

分析と感想

これらの提言は,「就職」という「選択」を前に苦悩する学生たちが,我が国の抱える課題(問題)を設定し,その現状分析をして解決政策を提言するというもので,提言の内容如何に関わらず,その課題設定そのものが,学生たちの置かれた現状の表現として優に並みのアンケートを超えている。

人間の活動を,ⅰ政府,ⅱ企業,ⅲ地域・家・個人に分けて考えれば,②⑥⑦が政府,➀⑤が企業,③④⑧が地域・家・個人に属する問題と,一応分析することができるだろう。

私は,②の「循環する政治社会~参加・議論・評価の民主主義へ~」が興味深かった。今の代表性民主制と併存させて,【「①議題の設定:自分たちで話し合いたい議題を設定するために「輿論ボックス」の設置,②無作為抽出による「市民会議」への参加者の選出,③ネットを利用した議論の実施と政策決定:「市民議会」と国会/地方議会議員との協働 →「市民議会提出法案」の作成と、合議による報告書の作成,④政策の実行,⑤市民が評価を行い、より良い政策へ⇒再び①へ】というシステムを作ろうというのである。選挙は,公共政策を立案・実行する政府主導部の選出過程であるが,それだけではなかなか政府の活動がうまく行かない。人選より政策内容に,市民の目が届く方法を何とか作りたいというのは,私も共通の思いだ(パブリックコメントでOKというわけにはいかない。)。ただ公的なものを考えていてもどうにもならないので,まず私的なシステムを作り,その成果が否応なしに立法に取り込まれるという方向を考えるのがよさそうである。

⑥(教育,医療等は政府に属する問題と考えていいだろう。)と⑦は,問題に真正面から取り組むというより,少しずれたスタンスからの提言だ。⑥は教育内容に「演劇」を取り込もう,⑦は,困窮者を救済するアプリの[システムを作ろうというものだ。

これらから政府の抱える問題が如何に扱いにくいかということがよく分かる。

企業についての⑤は,まさに私がこれから考えようとする「本丸」だが,イノベーションを支える要素が,トップダウンであるという発想はいただけないと思った。ただこれは感想に止めよう。ところで「日本生産性本部」は,「生産性向上」や「イノベーション」を主眼として活動してきた団体だが,一時期はなんて古いのという感じだったが,今また最先頭に躍り出た感じだ。その「調査研究の頁」を見ると,(サービス産業の)生産性,ITと生産性,余暇などの研究が並んでいて,私が考えるようなことは,誰でも考えるのねという感じだ。最新の「質を調整した日米サービス産業の労働生産」という論文は特に興味深いから紹介しておこう。)。

地域・家・個人を何とかしたいという③④⑧の提言は,都会における孤独な「学生」という立場にあるだけに,深刻な思いがあるのだろう。ただこの問題は,個と共同性の加減がむつかしい。地域の再生は多くの人が望むところだが,その手掛かりはどこなのだろうか。③④⑧を聞いただけでは,答えが出なかった。

あと学生たちが発表の後の質疑応答で,主催者(学者,実務家等。2世代くらい上かな?)の突っ込み,評価に,堂々と反論,ないし「言い逃れ」をしているのは,とても頼もしかった。実際,これだけのやり取りでも,発表内容をずっと立体的にとらえることができた。

この「政策提言発表会」は,私にとって間違いなく新鮮でとても興味深かった。ただ学生たちが,なにかにつけて「国の資格」を持ち出すのはいかがなものかと思った(ただ,発表の枠組みが「公共政策」であるのであればやむを得ないか。)。

いま私たちが抱えている問題解決の鍵は,イノベーション,及び社会全体の情報流通にあるのだと,改めて思った次第である。

経済指標からマクロ経済学の入口にたどり着く

もう少し整理しよう

経済指標について,先行する記事として「「経済」は分からないー経済指標にアクセスするー」,「経済指標を理解する」を掲載したが,これらはいわば食材の野菜を買ってきて並べたただけで,まだ調理する段階には至っていない(ましてや食事する段階にが遠い。)。もう少し整理してみよう。

問題は,国民経済計算(SNA)及びこれに係わる経済指標の基礎・概要を理解すること,及びこれを一応の前提にして展開されるマクロ経済学の入口に立つことである。

国民経済計算(SNA)の基礎・概要

「国民経済計算は「四半期別GDP速報」(QE)と「国民経済計算年次推計」の2つからなっている。「四半期別GDP速報」は速報性を重視し,GDPをはじめとする支出側系列等が,年に8回四半期別に作成・公表されている。「国民経済計算年次推計」は,生産・分配・支出・資本蓄積といったフロー面や,資産・負債といったストック面も含めて,年に1回作成・公表されている」というのが,大まかな国の説明だ。

これについては,各省庁のWebサイトを追う前に,SNAを説明した概説書に目を通した方がよい。

「新版NLASマクロ経済学」(著者:斎藤誠他)の「第Ⅰ部 マクロ経済の計測」の「第2章 国民経済計算の考え方・使い方」,「第3章 資金循環表と国際収支統計の作り方・見方」は,基本的なことから書かれていて参考になる。産業連関表,国際収支統計,資金循環統計を含めてGDP統計を位置づけており,これだけでもマクロ経済学の教科書の記載の曖昧さ,不愉快さが半減する。

また「経済指標を理解する」で,紹介した「経済指標を見るための基礎知識」(以下「基礎知識」という。これは,「08SNA」が日本の国民経済計算(JSNA)に盛り込まれる以前の時点で書かれたものではあるが,「08SNA」にも触れられているので,さほど問題はないと思う。)は,細かいところまで書かれていて,とても参考になる。特にQE(四半期別GDP速報)と確報(年次推計)の実務的な関係がよく理解できる(なお従来,確報,確々報と呼んでいたものを,それぞれ第一次年次推計,第二次年次推計とし,新たに第三次年次推計を加えたとのことである(「国民経済計算(GDP統計)に関するQ&A」14頁))。)

「新版NLASマクロ経済学」からピックアップ

「マクロ経済の物の循環に関する基本的な情報となる産業連関表(国民経済計算の作成は,産業連関表と呼ばれる一国経済の1年間の生産構造に関する情報をまとめた表が出発点となる。)は,総務省統計局を中心として,11府省庁か作成に関わっている。国内の資金循環については,日本銀行か作成している資金循環表が基本的な情報となる。また,日本と諸外国との間における「物と資金の循環」については,財務省と日本銀行が共同して作成している「国際収支統計」によって把握することができる。」。

産業連関表

これらの統計の関係について,総務省の産業連関表の頁にある「2 国民経済計算体系における産業連関表」には,「国民経済計算体系(SNA)とは,一国の経済の生産,消費,投資というフロー面の実態や,資産,負債というストックの実態を,実物面及び金融面から体系的,統一的に記録するための包括的かつ詳細な仕組みを提示したものである。すなわち,経済活動を「取引」,取引への参加者を「取引主体」と規定し,それぞれ商品別,目的別又は経済活動別,制度部門別等の観点から分類し,その概念を統一することにより,それまで独立的に作成されていた①産業連関表,②国民所得統計,③資金循環表,④国際収支表,⑤国民貸借対照表の五つの勘定表を相互に関連付け,その体系化を図ろうとしたものである。行列の形を用いて第4表のように表されている。」とある。

また「産業連関表の構造と見方」の第2図,第5図で,「粗付加価値合計=最終需要額合計-輸入額合計」という,二面等価の関係がわかる。これは,国民経済計算の国内総生産(GDP)(生産側)と,国内総生産(支出側)に「ほぼ」対応するとされる。「ほぼ」の理由は,上記に書かれている。

資金循環統計

資金循環統計について,日銀のWebサイトのQ&Aで,「資金循環統計と国民経済計算,あるいは国際収支統計との関係を教えてください」という問いに対し,(少し引用が長くなるが)「国民経済計算と資金循環統計…国民経済計算は,一国の経済活動を,(1)付加価値が生産される過程,(2)これが経済主体に分配・消費される過程,(3)消費されなかった部分が貯蓄として資本蓄積に回される過程に分解し,それぞれのフローの動きを,生産勘定,所得支出勘定,資本調達勘定という形で記録します。また,(4)期末時点の実物資産と金融資産のストックを期末貸借対照表として計上するとともに,(5)時価変動などによるストックの再評価や,その他の資産量変動を記録する調整勘定も設けています。資金循環統計の金融取引表,金融資産・負債残高表,調整表は,それぞれ国民経済計算における資本調達勘定のうちの金融勘定,期末貸借対照表,調整勘定にほぼ対応します。また,両統計の指標のうち,国民経済計算の資本調達勘定における「純貸出(+)/純借入(−)」が,資金循環統計の金融取引表の「資金過不足」に概念上一致するという関係にあります。このように,資金循環統計は,概念上,一国全体の経済活動を表すマクロ統計の体系(国民経済計算体系)の一部を構成しており,また,これらの計数作成のための基礎データとしても活用されています。なお,国民経済計算と資金循環統計では,取引項目,評価方法,勘定体系について若干の相違があります。」,「国際収支統計と資金循環統計…国際収支統計は,一定期間における一国のあらゆる対外経済取引を体系的に記録した統計です。概念的には,資金循環統計と同じく,一国全体の経済活動を表すマクロ統計の体系(国民経済計算体系)の一部を構成し,国際標準(国際収支マニュアル第6版)に沿って作成されています。資金循環統計では,海外部門を「国際収支統計における非居住者」と定義しています。このため,海外部門の資金過不足を「国際収支統計」における「経常収支」と「資本移転等収支」の合計額に,また,海外部門の金融資産・負債差額を,同じく「対外資産負債残高統計」における「純資産残高」から,資金循環統計における「うち金・SDR等」中の貨幣用金などを調整した金額に,それぞれ一致させています(国際収支統計が「わが国」の対外債権債務という視点から見るのに対して,資金循環統計では,「海外部門」の対内債権債務という視点から捉えることから,いずれかの資産(負債)は他方の負債(資産)となります)。この調整のうち,「うち金・SDR等」中の貨幣用金を控除するのは,同項目が国内の中央銀行,中央政府の資産として計上される一方,対応する負債が存在しないためです。なお,国際収支統計と資金循環統計の間には,部門分類,取引項目,勘定体系に若干の相違があります。上記のほかにも,資金循環統計では,国際収支統計や対外資産負債残高統計を基礎データとして利用しています。」と説明されている。

国際収支統計

国際収支統計については,日銀の「国際収支統計(IMF国際収支マニュアル第6版ベース)」の解説」に記載されている。国際収支統計と国民経済計算の関係については,「国民経済計算推計手法解説書」の「第6章 海外勘定の推計」に記載があるが,特段の問題はないと思う。ただここは,「貿易赤字とは何か」という「古典的な問題」がからんでいるところで,みんな熱くなる。国際収支の構成は下記のとおりだが,問題はこれが会計原則に従って記載されているということだ。

経常収支

貿易サービス収支

貿易収支(財輸出-財輸入)

サービス収支

第一次所得収支

第二次所得収支(経常移転収支)

資本移転等収支

金融収支

直接投資

証券投資

金融派生商品

その他投資

外貨準備

「基礎知識」を読む

大体以上のことを頭に入れて「基礎知識」に取り組むと,ずいぶん,見通しがよくなる。四半期別GDP速報(QE)と年次推計(旧称は,確報,確々報)が読めることが目標だ。

内閣府の「国民経済計算(GDP統計)」の「統計データ」に,「四半期別GDP速報」(QE)と「国民経済計算年次推計」及び「その他の統計」が掲載されている。

QE

「四半期別GDP速報」の最新年(現時点では,平成29年(2017年))をクリックし,一番上右の「統計表」をクリックすると,「四半期」や「年度・暦年」の「国内総生産(「支出側)」を把握することができる。これを見ながら「基礎知識」の第4章までは読み進めることができる。

年次推計とSNA

次は年次推計だ。

国民経済計算(SNA)は,国連等が規定する標準的な表は,一国経済全体について「生産勘定」,「所得支出勘定」,「蓄積勘定」,「貸借対照表」に分けて作成され,同じ勘定を制度部門別(非金融法人企業,金融機関,一般政府,家計,対家計民間非営利団体)にも作成する。そしてこれを一覧できる統合経済勘定表も作成される。またこれとは別に「海外勘定」も作成される。

年次推計(平成23年基準)はJSNAであり,基本的に08SNAに準拠しているが,細かい点で異なっている。気にし始めるときりがないから,とにかく「年次推計」に取り組むしかない。

上記の「統計データ」の「国民経済計算年次推計」をクリックし,現時点で最新の「平成23年基準(2008SNA)-1994年から掲載」,「2016(平成28)年度 国民経済計算年次推計(2011年基準・2008SNA)」をクリックすると,「フロー編」(Ⅰ.統合勘定,Ⅱ.制度部門別所得支出勘定,Ⅲ.制度部門別資本勘定・金融勘定,Ⅳ.主要系列表,Ⅴ.付表)及び「ストック編」(Ⅰ.統合勘定,Ⅱ.制度部門別勘定,Ⅲ.付表,Ⅳ.参考表)から構成される膨大な情報群が現れる。これが現時点で最新の「年次推計」だ。

これに従って「基本知識」を参照に読み進めていけばいいのだろうが,とりあえず何をしていいかよくわからない。そこで「国富」とされる「期末貸借対照表勘定」でも見てみようかと思い,データを抜き出してみた。平成28暦年末の正味資産は約3351兆円となっているが(国の貸借対照表),国富調査は平成45年にやっただけで,あとは推計ということのようだから,どの程度誤差があるものだか,どうだか。

こういう作業をしていくと,だんだん,SNAお宅になりそうだ。。

三面等価の原則とISバランス,政府債務残高

ここまでの知識を利用して,ISバランス,政府債務残高について調べてみよう。

三面等価の原則

まず,三面等価の原則についてまとめておこう。

三面等価とは,GDP「総生産」を,「所得(どのように使われているか)」「支出(誰によって支払われているか)」という別な面・角度から見たものといわれる。

①国内総生産(GDP)=Y産出

②国内総所得(GDI)=C消費十S貯蓄十T税

③国内総支出(GDE)=C消費+1投資+G政府支出+(EX輸出-IM輸人)

②の貯蓄とは所得から税(社会保険料 などを 含む),消費支出を差し引いた残り

とされる。

④は,総供給のY産出+IM輸人と,総需要のC消費+1投資+G政府支出+EX輸出が,均衡していると考えればわかりやすい。

一方,SNA等では,

④分配面のGDP=雇用者所得+営業余剰+固定資本減耗+間接税-補助金

⑤支出面のGDP=民間最終消費支出+政府最終消費支出+総固定資本形成(民間住宅+民間企業設備+公的固定資本形成)+在庫変動(民間+公的)+財貨・サービスの純輸出(輸出-輸入)

③と⑤の関係はわかるが,②は④というクッションを置き,所得から消費でも税でもない部分を,貯蓄としたもののようだ。定義と実態が,交錯している気がする。冷静に見極めればいいのだが,ここではこれを前提に先に進もう。

ISバランス(貯蓄・投資バランス)

三面等価の原則から,ISバランス(貯蓄・投資バランス)式が導かれる。

C+S+T=C+I+G+(EX-IM)

S=I+(G-T)+(EX-IM)となる。

この式は同時に2つのことを意味する(東学『 資料政・経2015』305頁。 ただし,「中高の教科書でわかる経済学マクロ篇」からの孫引きである。同書には,1つは,貯蓄S(カネ)が,どのように世の中に回つたか(誰が借りたか),もう一つはモノ・サービス(実物)を誰が購入したか(誰が消費したか)です。)とある。

(1)貸した総額=借りた総額

(2)総生産の残り=購入した主体

「基本知識」には,「確報(年次推計)で得られるデータを使った分析として,まず,ISバランス,資金過不足について説明します。各制度部門は,投資を行います。そのための資金となるのが貯蓄です。しかし,通常は投資と貯蓄は一致せず,資金が不足の場合は借入等を行い,資金に余裕があれば預金・貸出などを行います。この貯蓄(S: Saving)と投資(I: Investment)の差がISバランスです。各部門のISバランスの中長期的動向を見たものが長期的なISバランスです。1980年度まで遡って見るため,旧基準のデータを使用しています。高度経済成長時代は,家計は貯蓄がプラスで,(非金融法人)企業は貯蓄がマイナスでした。企業が投資を行うための資金は家計の貯蓄で賄われていました。しかし,成長の鈍化などにより,企業の投資意欲は減退し,最近は企業も貯蓄過剰となっています。家計の側は,貯蓄の過剰幅は,かつての半分程度になっています。しかし,企業と家計を合わせれば,貯蓄過剰の水準は高いです。一方,海外は,ほとんど一貫してISバランスはマイナスです(我が国は必要な投資を海外からの貯蓄で賄っているわけではないのがわかります)。ですが,過去に比べて大きくマイナス幅が拡大しているわけではありません。結局,政府が,高齢化などによる財政赤字の拡大で,企業と家計の貯蓄を吸収している形に変わっています。データは,推計のフロー編付表18「制度部門別の純貸出(+)/純借入(-)」にまとめて掲載されています。年度と暦年の両方のデータがあります。最初が,投資など実物取引からの推計,2番目が預金や貸出など金融取引からの推計です。この2つは概念的には一致するはずですが,推計上使用するデータ等が異なるため,計数としては一致しません。このため,「統計上の不突合」という項目が最初の実物取引からの推計の方に設けられています。」と説明されてあり,ISバランスの意味あいがよくわかる。

上記の付表から,2009年以降のISバランスを作成してみた。

政府債務残高

年次推計から,政府債務残高も把握できる。「基本知識」に「ストック編の「制度部門別勘定」中の一般政府の「期末貸借対照表勘定」(政府のバランスシートです)に,期末資産残高(土地や固定資産などの非金融資産を含みます),(金融)負債,この二つの差である正味資産残高が掲載されています。さらに,年次推計のストック編の付表3「一般政府の部門別資産・負債残高」には,一般政府を,中央政府,地方政府,社会保障基金に分けた数値が掲載されています。分析の目的に応じて,社会保障基金を除いたり,土地や固定資産などの非金融資産を除いたりする場合も見られますので,そのためにも内訳は重要です。一般政府の負債残高は,一般政府の負債残高の推移(名目GDP比)をグラフにしたものです。「グロス負債」と「ネット負債」があります。グロス負債は,負債額そのものです。一方,ネット負債は,グロスの負債から金融資産残高を除いたものです。いずれも,「政府の借金残高」です。近年,財政赤字の拡大により,いずれも増加しています。」とある。

経済指標のアンチョコ

このようにQEとJSNAを読み解くのが王道だが,森の中で道を失いそうだ。そこでネットで公開されている統計のアンチョコも見てみよう。

・「新版NLASマクロ経済学」に記載されているデータが更新されている。

・「富山統計ワールド」の「統計指標のかんどころ」は,わかりやすい。

統計ダッシュボード

・日経新聞経済指標ダッシュボード

・「日本経済入門」(著者:野口悠紀雄)の「経済データ 様々な経済データについてのリンク集

・(参考)政府の提供している統計の入口が「e-Stat」であり,主たる担当官庁が,「総務省統計局」である。

マクロ経済学の入口に立つ

以上のような,経済指標や統計を見慣れると,マクロ経済についても,あまり頓珍漢なことは,いわなくなるだろう。

次は,「新版NLASマクロ経済学」をフォローしていけばいいのだろうが,これはこれでいささか大部で大変そうなので,とりあえず「マクロ経済学の核心」(著者:飯田泰之)が読み切れれば良しとしよう。

それとは別に,上でも触れた書きぶりがいささか挑発的な「高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学」,「中高の教科書でわかる経済学 マクロ編」(著者:菅原晃)について,冷静に,いい過ぎのところ,根拠不足のところが読み取れればいいなあと思っている。

これについては追ってということにしよう。

次は,社会の中で「法を問題解決と創造に生かす」,「アイデアをカタチに」の領域に進もう。

最後に「基礎知識」の詳細目次を紹介しておく。

続きを読む “経済指標からマクロ経済学の入口にたどり着く”

ツールとしての統計学

ピーチ(P値)

大分前のことになると思うが,「nature ダイジェスト」に,P値(ピーチ)の使用に気を付けようという趣旨の記事がでていて,「P値」に気を付けるといっても「ピーチ ツリー フィズ」を飲みすぎるなということではないよ,というギャグを書こうと思って,そのままになってしまった。

今確認すると,「nature ダイジェスト」の2016年6月号である(「nature p値」と検索すると,トップに出てくる。)。その記事は,「米国統計学会(American Statistical Association;ASA)は,科学者の間でP値の誤用が蔓延していることが,多くの研究成果を再現できないものにする一因になっていると警告した。ASAは,科学的証拠の強さを判断するために広く用いられているP値について,P値では,仮説が真であるか否か,あるいは,結果が重要であるか否かの判断はできない」というものである。このころ私は,統計学に眼を向けていて,ピンと来たらしいが,今はさて?簡単にいえば,5%以下なら正しいと即断するのは,間違いだということだろうか。

統計学を理解する

経済指標に親しみ,理解することにした私としては,その作成ツールである統計学にも目を配る必要があるが,統計学の用途はこれだけではない。今では統計学は,社会や経済を分析,理解するための基本的なツールといわれている。私が学生だった頃は,あまり統計学云々とはいわれなかった(ような気がする。)。

これから漫然と統計学に取り組むのでは,頭には入らないだろう。①社会や経済(自然科学でもいいが)の分析,理解のための具体的な使われ方を把握した後で,②統計学そのものに進むのがよいだろう。①と②の関係について見通しを与えてくれる本αがあればもっと良い。

実はαについては,最近よく売れた有名な本がある。「統計学が最強の学問である」(著者:西内啓)で,実は4冊もある(正編・実践編・ビジネス編・数学編)。これらに書いてある,統計学は「今,ITという強力なパートナーを手に入れ,すべての学問分野を横断し,世界のいたるところで,そして人生のいたる瞬間で,知りたいと望む問いに対して最善の答えを与えるようになった」や,「現状把握,将来予測,洞察(因果関係)」の3機能があり,重要なのは,洞察(因果関係)であるという指摘は重要であるし,紹介されている下の「一般化線形モデルをまとめた1枚の表」は,今後,統計学に取り組むうえで,役に立ちそうな気がする。

 

 

 

 

分析軸(説明変数)
2グループ間の比較 多グループ間の比較 連続値の多寡で比較 複数の要因で同時に比較

連続値

 

平均値の違いをt検定 平均値の違いを分散分析 回帰分析

 

重回帰分析

 

あり/なしなどの二値 集計表の記述とカイ二乗検定 ロジスティック回帰

その他「統計学が最強の学問である」には,統計学の数学的な説明にあまり入り込まずにあれこれ書かれているのだが,それだけにどうも「専門的」なことまではわかった気がしないというのは事実である。でもαとしては優れていると思う。

統計学の使われ方

さて統計学の手法が何に使われるかについて,「統計学が最強の学問である」は,次の6つをあげる。

①実態把握を行なう社会調査法

②原因究明のための疫学・生物統計学

③抽象的なものを測定する心理統計学

④機械的分類のためのデータマイニング

⑤自然言語処理のためのテキストマイニング

⑥演繹に関心をよせる計量経済学

私としては,④⑤⑥あたりが興味の対象だ。ただ最初は⑥を入口にすべきだろう。これについては,「原因と結果の経済学」(著者:中室牧子他),この本の末尾に「因果推論を勉強したい人に第一におすすめしたい本」として挙げられている「計量経済学の第一歩―実証分析のススメ」(著者:田中隆一)を読むのがよいだろう。統計学を含む広い観点から,因果関係を検討する「原因を推論する:政治分析方法論のすゝめ」(著者:久米郁男)も,お薦めだと思う。買っただけで目を通していないが「データ分析の力 因果関係に迫る思考法 」(著者:伊藤公一朗)もよさそうだ。

これらのうちの1,2冊で計量経済学の概要にあたりをつけて,「統計学は最強の学問である」を参照しつつ,統計学を勉強する運びとなる。

統計学については適当な教科書を選べばいいのだろうが,勉強しているのがどのあたりの議論かといういことを把握するため,「統計学図鑑」(著者:」栗原真一他)を参照するのがよさそうだ。なおこのあたりの本の紹介は,現在進行形,未来進行形だ?

統計学と数学

統計学は,数学的な処理を前提とするので,数学的な素養も必要だ。

そこで私は,今後,まず,「計量経済学の第一歩―実証分析のススメ」(著者:田中隆一)を頭に入れて,「改訂版 経済学で出る数学: 高校数学からきちんと攻める」(著者:尾山大輔他),「経済学で出る数学 ワークブックでじっくり攻める」(著者:白石俊輔 )を勉強しようと思っている。それに加えて「大学初年級でマスターしたい物理と工学のベーシック数学」(著者:河辺 哲次)がほぼ理解できれば,私が通常読む本の数学的な処理については,問題がなくなるだろう。急がばまわえれだ。

法律学と統計学

ところで,法律学や律実務についても,少なくてもアメリカでは統計学的な手法が取り入れられている。翻訳されている「法統計学入門―法律家のための確率統計の初歩 」(著者:マイクル O.フィンケルスタイン)という本があるが,同じ著者のより詳細な「Statistics for Lawyers」があるが,未購入である。「数理法務nのすすめ」(著者:草野耕一)でも,確率,統計に多くの頁が割かれている。

なお「「法統計学入門」は,木鐸社の「法と経済学叢書」(11冊が刊行されている。)の一冊である。「法と経済学」において,経済学的分析や統計学に基づいた分析が行われるのは当然であるが,さて,それがどれほど立法や法解釈に生かされているかが問題である。

統計学の付録-統計局の学習頁

総務省統計局(「日本の統計の中核機関」と紹介されている。)のホームページに/,イラストがきれいな「統計学習サイト」があり,「なるほど統計学園」,「なるほど統計学園高等部」に分かれている。また「統計力向上サイト データサイエンス」もあるし,「データサイエンス・オンライン講座 社会人のためのデータサイエンス演習」も提供されている(gaccoでの受講)。統計ダッシュボード,You-Tubeの統計局動画,facebook,日本統計年鑑にもリンクしており,実にサービス満点だ。

だが,ほとんど利用されていないだろうな。例えば,多くの労力と費用をかけて作成されたであろう「動画」の視聴回数が,数百から数千だ。ネット上で需要拡大をするにはどうしたらいいか,本当に難しい。統計局は,人工知能の松尾豊さんや,上記の「統計学が最強の学問である」の西内啓さんを動員したが,だめなようだ。

でも私はこういう孤独の影がただようホームページは好きだな。これらの企画がなくならないうちに,せいぜいアクセスしよう。

「経済」は分からないー経済指標にアクセスするー

「経済」が分かるとは?

社会を理解するには,「経済」が分かることが第一歩だといわれれば,そのような気がする。でも「経済」がわかるとは,いったいどういうことなのだろうか。

ひとつは,自分が置かれた「経済」に関わる立場に応じて,自分の効用を最大化する行動を立案し,実行できるということだろう(金儲けがうまいといってもいいか?)。またこれらに関わる様々な「思考実験」(「経済学」は単純な仮説に基づく学問だから「思考実験」と呼んでいいだろう。)を理解できることも含まれるだろう。

もうひとつは,わが国あるいは世界の経済活動に関わる要素とその数値を読み解くことができ,その要素,数値に基づく第三者の「思考実験」を理解できるということだろう。

前者がミクロ経済学,後者がマクロ経済学に対応しているといえるだろう。

前者は誰でも絶えず考え,実行しなければならないことだが(そうしないと,干上がる),後者は,自分でどうこうすることではないから,古い情報に基づく感情的な「床屋政談」になりがちである。これを非難する学者,実務家は,数値を頭に入れず,要素間の思考実験に終始し,とんでもないアドバイスをしていることが多いように思える。唯一正しいと思われるのは,我が国の置かれた窮状を抜け出すには,生産性をあげる新しいビジネス,イノベーションを創出することだというミクロ的なアドバイスだろう。でも誰が,どうやって,という話だ。少なくても,政府や日銀ではない。

最新の経済活動の数値を把握する

マクロ経済を把握するには,とにかく最新の経済活動に関わる要素の数値と,過去から現在に至る経緯(歴史)を即座に把握,再現できることが,出発点となる。

重要な数値のひとつは,GDP,物価水準,失業率,貿易額等の経済指標の推移である。

これについてもっとも容易にアクセスできるのは,最近設けられたいわゆる「ダッシュボード」(その説明はここ)である。統計局の「統計ダッシュボード」がそれである(なお我が国における統計の詳細は,政府統計ポータルサイトのe-Statで把握できる)。日経新聞から簡易な「経済指標ダッシュボード」も提供されている。これらを見慣れると,最新の正しい経済状況が把握できる。

現在に至る経緯(歴史)については,その数値を生んだ,社会,政治状況も併せて把握(思い出す)必要がある。これはそれを簡易にまとめている本(例えば,翁邦雄著:「日本銀行」「第5章 バブル期までの金融政策」,「第6章 バブル期以降の金融政策」)を頭に入れるのがよい。「狂乱物価」はもとより,「バブル崩壊」も記憶から遠ざかりつつあるなつかしい話だ。若い人には私が若いころ感じた「日露戦争」と同じ感覚なのだろう。

これらの数値を見たうえで,学者は思考実験をし,政府と日銀は,財政政策,金融政策を立案・実行してきたわけである。私は,財政・金融は,劇的インフレの阻止,そして仮にそれが生じてしまったら,迅速な沈静化への対応さえできれば十分なのではないかと思う。複雑系である経済の動向,内容は,現時点では,人がコントロールできることではない。

昔の夢に酔い,目の前の景気回復を願い,「デフレ」対応をしてきた政府,日銀がもたらした現状は,惨憺たるものだ。その現状を理解するには,国・地方の財政状況と日銀の国債保有・通貨発行の現状を把握する必要があるが,現状では一覧できるようにはなっていない(と思う。)。

そこで,財政と金融の数値を把握しよう。

財政の数値(財務省・総務省)

最新の国の「財政に関する資料」(平成29年度)を見ると,「平成29年度一般会計予算は約97.5兆円ですが、このうち歳出についてみると、国債の元利払いに充てられる費用(国債費)と地方交付税交付金と社会保障関係費で、歳出全体の7割を占めています。一方、歳入のうち税収は約58兆円であり、一般会計予算における歳入のうち、税収でまかなわれているのは約3分の2であり、残りの約3分の1は将来世代の負担となる借金(公債金収入)に依存しています。」,「債務残高の対GDP比を見ると、1990年代後半に財政健全化を着実に進めた主要先進国と比較して、我が国は急速に悪化しており、最悪の水準となっている。」とある。

問題は二つあって,ひとつは「社会保障費」の増大,もうひとつは「債務」の増大であるが,これを考えるためには,国の支出で地方交付税交付金が大きな割合を占めていることからも,地方政府も含めて考える必要がある。そのためには「地方財政の分析」「地方財政白書」を見るのが便利だ。

国・地方を通じた支出は,「平成27年度においては、社会保障関係費が最も大きな割合(33.7%)を占め、以下、公債費(21.3%)、機関費(11.8%)、教育費(11.7%)の順となっている。」。

ところで社会保障費の,医療・介護費と公的年金は,少子高齢化,将来の経済状況の予想から,誰もが指摘するように制度を維持しようとする限り,今後大幅減額幅,大増税しかないようだ(野口悠紀雄著:「日本経済入門」「第8章 膨張を続ける医療・介護費──高齢化社会と社会保障① 医療・介護」,「第9章 公的年金が人口高齢化で維持不可能になる──高齢化社会と社会保障② 公的年金」参照)。

ただ医療・介護費については,今後のIT・AI(ロボット等)の進展と活用で生産性をあげ,支出を減少させることができる可能性もあろう。年金問題は,これも生産性の向上により,生活必要費のダウン(デフレ),及び家族の共同生活で手当てするしかないか。

このような現状から,私は,国・地方の「財政政策」「産業政策」に名を借りた「政策」(ばらまき)だけには,反対することにしよう。

これらを見ていると,仮に私に余剰資金があれば,資金やついでに生活も外国に移転したくなる。ないからここで頑張るしかない。

金融の数値-国・地方の債務残高と日銀の国債保有高(財務省,総務省,日銀)

まず国と地方の債務残高を見よう。。いまや,GDP(約550兆円)の2倍になっている。

このうち,国債の発行残高は,平成29年度末で約865兆円の予想で,日銀の保有国債は,約409兆円だ。

これらを踏まえて次に出てくる話は,日銀の国債引き受け,当面,日銀が保有する国債は償還しないという話であろう。それでどうなるか。考えるのもおぞましい。

ついでに地方政府の発行した公債が約200兆円あるが,手の打ちようがなくなるのではないか。

私がマクロ経済について本当に知りたいことー貨幣とは何かー

私は,マクロ経済について,中央銀行は,どういうメカニズムで,銀行券を発行し,それが流通するのかを知りたかった。「MONEY」(チャールズ・ウィーラン)にある「ニューヨーク連邦準備銀行には窓のない部屋があって、トレーダーたちがそこで電子マネーを文字通り創造して、数10億ドルの金融資産を買いつけた。2008年1月から2014年1月までの間に、FRBはおよそ3兆ドルの新しいお金を米国経済に供給している。FRBの指示のもと、トレーダーがそれまで存在しなかったお金でさまざまな民間金融機関の持つ債券を購入して、電子資金をその企業の口座に移動させて証券の支払いをする。新しいお金。数秒前までは存在しなかったお金だ。カチッ。ニューヨーク連邦準備銀行でコンピュータの前に座っている男が10億ドルを創造して、シティバンクから資産を買うのにあてる音だ。カチッ、カチッ。これでさらに20億ドル」,「中央銀行は一般に,新たにお金を創造する力を合法的に独占している。使を印刷するのではなく電子的にだが」というのはどういうことか。

そこからはじまって「21世紀の貨幣論」,上述の「日本銀行」「金利と経済」等々を入手して目を通し始め,この問題はボヤっとだが理解できたような気がする。もう少し詰めたいが,その過程で,改めて本稿で紹介した経済活動に関わる要素とその数値を目の前において読み解くことの重要性に思いが至った。貨幣論は,持ち越すことにしよう。

あれこれふくめて,複雑系の典型である「経済」は,算数に毛が生えたようなマクロ経済学では解明できないというのが正解のような気がする。

社会を理解する方法・ツールを探す-年末・年始の頭の旅-

遅ればせながら社会と向き合う

私はある時期から政治や社会の問題に積極的には関わることをやめ,弁護士として,法によって縛られるのはもっぱら国家(立法,行政,司法)だという限りで,政治や社会の問題と関わればよいと考えてきた。政治や社会の方向付けについては,自信満々の多くの政治家,官僚,企業家,実務家,学者等々が,世界中にいたから。

そのときからずいぶん時間がたったが,どうも社会主義国の崩壊,生産性の向上,科学技術の進歩等々に関わらず,世界中の政治,経済,社会は,至る所でアップアップしており,暴力的衝突は絶えないし,貧富の格差も解消されない。これについて,誰かをつかまえて,「お前のせいだ」だけでは済まないようだ。

そういう中で私も「法とAI」の世界からもう一歩外に出て,遅ればせながら社会に向き合い,その問題解決と価値創造の一端を担いたいと思うようになった。そこでさびついた私の政治・経済・社会観を更新すべく,社会に向き合う最新の方法・ツールを探すことにした。

年末,年始に集めた本,読んだ本

このように考えて,年末,年始に,社会に向き合う方法・ツール足り得ると思われる本を集め,読み始めてみた。Kindle本を中心に,集めやすい本を集めただけで,網羅的ではない。過去集めた本について本棚をひっくり返すことはしなかったが,Kindle本で重要だとして触れられているような本は,引っ張り出した(事務所移転時に何千冊も処分(寄付)したので,見当たらないものも多い。読み始めたと言っても,あっちにフラフラ,こっちにフラフラの,ランダムウオークでの一瞥という方が正しい。

私の目的は,自分の何らかの動きにより社会がより良い方向に動くことは可能なのか,可能とすればその方法・ツールは何かを探すことだ。

社会を理解する方法・ツールのポイント

まず,人間や社会を考える上で,生命の誕生と進化,進化の結果として人間が進化論的には合理的なシステム1(ファスト思考)と,論理的・合理的なシステム2(スロー思考)せ獲得,使用していること,かかる人間が相互に複雑なネットワークを形成しその総体として社会を形成していること,が基本である。

そしてその社会において世界には数多くの統治組織が分立し,権力を背景にルールと貨幣を用いて,生産される価値を交換,分配,消費するというメカニズムが行なわれているが,可能であればそのシステムと複雑系ネットワークの関係を理解したい。

進化論,複雑系科学が出発点となること,人間相互の関係は,行動ゲーム理論で解明できそうなこと,人間相互の関係は自己組織化される複雑系ネットワークであることまではいいとして,そこから,後段のシステムの理解につながるだろうか。アベノミクスやヘリコプターマネーというマクロの経済政策が導き出せるだろうか。たぶんできないだろう。

ではどう考えたらいいのか。

ダンカン・ワッツの「偶然の科学」における指摘

スモールワールド理論の端緒を開いたダンカン・ワッツは,人間のありようがスモールワールドの複雑系ネットワークであることに関して「偶然の科学」で次のように指摘している。

「思慮深い人物なら、われわれがみな家族や友人の意見から影響を受けていることや、状況が重要であることや、万事が関係していることは内省するだけで理解できる。そういう人物なら、社会科学の助けを借りずとも、認識が重要であることや、人々が金ばかりを気にかけるのではないことも知っている。同じように、少し内省すれば、成功が少なくとも部分的には運の産物であることや、予言が自己成就予言になりがちなことや、よく練られた計画も意図せざる成り行きという法則に苦しめられやすいことも見当がつく。思慮深い人物なら、未来が予測不能で、過去の実績は未来の利益を保証しないことももちろん知っている。人開か偏見を持っていてときには理性を失うことや、政治システムが非効率や矛盾に満ちていることや、情報操作がときとして実態を葬ることや、単純な物語が複雑な真実を覆い隠しがちであることも知っている。すべての人開かほかの人間とわずか「六次の隔たり」でつながっていることも知っているかもしれない。少なくとも何度も聞いているうちにそう信じているかもしれない。つまり、こと人間の行動に関するかぎり、思慮深い人間にとっては自明に思えるもの以外で、社会科学煮が発見できそうなものというのは、たとえそれが見つけがたいものであっても、現実には想像しにくい。しかしながら、自明でないのは、こうした「自明の」事柄がどう組み合わさっているかである。」

私は,できるだけ「思慮深い人物」として,ここに掲げられていることが自明に思える地点に立ちたい。そして,それらがどう組み合わさって社会のメカニズムにつながっているかは,結局,わからないというのが正しく,そういう場面(要するにマクロの政治,経済政策だ。)に口角泡を飛ばす暇があれば,少しでも現場で「組み合わせ」の実践を重ね,中距離での,問題解決や,価値創造につなげたい(ワッツが同書で力説しているのも「多分」そういうことだろう。)。そういう場面では,ゲーム理論,ミクロ経済学,行動経済学,行動ゲーム理論がとても役に立つだろう。そしてそれを支えるのは,コンピューターサイエンス,AI,データ処理(因果推論)であろう。大分頭がすっきりした。

ところで,私はある日Kindleで,「現実に役立つかどうかは、経済学を評価する重要な基準ではない。超一流のゲーム理論が教える、ほんものの洞察力。優れたモデルは、感性を豊かにする。社会を見る眼を深く鍛える本。著者の人生にひきつけながら、ゲーム理論、交渉、合理性、ナッシュ均衡、解概念、経済実験、学際研究、経済政策、富、協調の原理などの基礎概念が語られる」という触れ込みの,「ルービンシュタイン ゲーム理論の力」を,うっかりクリクしてしまった。内容が触れ込みにふさわしいかどうかはわからないが,今思えば,大事な観点のような気がする。

私が年末,年始に集めた本をまとめておこう。このぐらいあると,本当に読みでがあるし,使いでがある,というより,一巡するだけで大変だ。

社会を理解する方法・ツールとなると思う本

進化・遺伝

ゲノムが語る人類全史 アダム・ラザフォード

進化は万能である マッド・リドレー

ファスト&スロー ダニエル・カーネマン

複雑系科学総論

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学  マーク・ブキャナン

人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動 マーク・ブキャナン

市場は物理法則で動く―経済学は物理学によってどう生まれ変わるのか? マーク・ブキャナン

偶然の科学 ダンカン・ワッツ

COMPLEXITY: A Guided Tour  Melanie Mitchell

スモールワールド・ネットワーク

複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線 マーク・ブキャナン

スモールワールド・ネットワーク ダンカン・ワッツ

つながり 社会的ネットワークの驚くべき力 ニコラス・A・クリスタキス

経済は「予想外のつながり」で動く ポール・オームロッド

マンガでわかる複雑ネットワーク 今野紀雄

ゲームの理論

ゲーム理論の思考法 川西 諭

戦略的思考とは何か  エール大学式「ゲーム理論」の発想法 アビナッシュ・ディキシット

戦略的思考をどう実践するか エール大学式「ゲーム理論」の活用法 アビナッシュ・ディキシット

はじめてのゲーム理論 川越 敏司

行動ゲーム理論入門 川越 敏司

ゲーム理論による社会科学の統合 ハーバート・ギンタス

ミクロ経済学

ミクロ経済学入門の入門 坂井 豊貴

ミクロ経済学 戦略的アプローチ 梶井厚志

ミクロ経済学の力 神取 道宏

実験ミクロ経済学 川越 敏司

マクロ経済学

マクロ経済学の核心 飯田 泰之

ヘリコプターマネー 井上智洋

MONEY チャールズ・ウィーラン

ゼロから学ぶ経済政策 日本を幸福にする経済政策のつくり方 飯田 泰之

実験マクロ経済学 川越 敏司

行動経済学

実践 行動経済学 リチャード・セイラー

愛と怒りの行動経済学 エヤル・ヴィンター

ずる 嘘とごまかしの行動経済学 ダン・アエリー

社会・政治・法

モラルの起源―実験社会科学からの問い 亀田 達也

大人のための社会科–未来を語るために 井手 英策

21世紀の貨幣論 フェリックス・マーティン

経済史から考える 発展と停滞の論理 岡崎 哲二

負債論 デヴィッド・グレーバー

ソーシャル物理学 アレックス・ペントランド

スティグリッツのラーニング・ソサイエティ スティグリッツ

政治学の第一歩 砂原庸介

シンプルな政府:“規制”をいかにデザインするか キャス・サンスティーン

避けられたかもしれない戦争―21世紀の紛争と平和 ジャン=マリー・ゲーノ

ビジネスパーソンのための法律を変える教科書 別所直哉

法と経済学 スティーブン・シャベル

方法論

創造の方法学 高根 正昭

「原因と結果」の経済学―データから真実を見抜く思考法 中室 牧子

原因を推論する:政治分析方法論のすゝめ 久米郁男

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 伊藤 公一朗

計量経済学の第一歩 実証分析のススメ 田中隆一

法と社会科学をつなぐ 飯田 高

社会科学の考え方―認識論、リサーチ・デザイン、手法―野村康

 

IT・AIの基本を学ぶ

「IT・AIの基本を学ぶ」を「AIと法」の下位メニューの固定ページに設けました。そちらを改定していきますので,最新の内容は,こちらをどうぞ。

IT・AIの基本を学ぶ

ITとAIについてきちんと理解し,AIを今後の法実務に生かしていくためには,その論理と現在の技術をきちんと押さえる必要がある。そうでないと単なる「物好き」に終わってしまう。

こういう問題は「情報科学」として学ぶのだろうが,私の若いころには(多分)なかったか,少なくても一般的ではなかった分野なので,私には,丸々,穴が空いている。

普段からそういうプレッシャーがあるからか,折に触れ,この分野の主としてkindle本を購入してきた。今の時点でこれをまとめ,今後必要となる論理と技術を,適宜取り出せるようにしていきたい。

「情報総論」,「コンピュータ」,「論理・アルゴリズム・プログラミング」,「インターネット・Web」,「AI」に分けたが,暫定的なものである。取り上げた本も積読のものが多いので,その帰属も不適当だったり,重複も多いように思う。

ただ「IT.AI法務」「仕事に役立つIT技法」に加えて,「IT・AIの基本を学ぶ」という項目を設けることによって,「IT・AIと法」全体像が浮かび上がってくるようで,意味あることだと思う。今後,重要な本から,追々,「…を読む」にしていこう。

以下,こちらで上述した分野ごとに,何点かの本を紹介しています。

 

 

「法律問題」の掲載が増えました

分野別法律問題の手引

「弁護士業務案内」の中に,皆さん,そして私自身のために,「分野別法律問題の手引」という項目を設けている。名前はいろいろと変えているのだが,なかなかぴったりしたものがない。

内容は単純で,その分野で参考になると思う,実務書,体系書を何点か選んで,その詳細目次を掲載したものである。その分野に関して解決したい法律問題がある場合に,これを見るなり,このサイトで検索するなりして,問題の所在を把握し,それから調査の範囲を拡大して法律問題解決への「手引」になればと思い,とりあえず作成したものである。全体を整理し,一覧して眺めるということは,それだけで意味があることだ。

一応掲載できた分野は,「IT・AI法務」,「企業法務」,「中小企業法務」,「会社法務・金融法務」,「医療機関の法務」,「行政法務」,「租税法務」,「著作権法務」,「航空法務」,「立法と法解釈を考える」,「法律判例の調査」(ただしこれは一部未修正)で,作成中は,「労働法務」,「国際法務」,「知財法務」である。

活用法をみつけたい

ただこれだけでは,あまりにも漠然として活用がむつかしいと思うので,今後,その分野のポイントとなるようなTipsを補っていきたいと思っている。それだけではいまいちだが,何かに取り組むと,いろいろなアイデアが浮かんでくるのは,間違いない。ITを活かす方法はないかなあ。

AIと法

この投稿記事は,「弁護士業務案内」,「AIと法」の固定記事として作成したものです。内容は逐次改定しますので,最新の内容は,こちらを見てください。

AIに期待すること

「私は,現時点で,(少なくても我が国の)法律家がする業務には大きな二つの問題があると考えている。ひとつは,法律が自然言語によるルール設定であることから,①文脈依存性が強く適用範囲(解釈)が不明確なことや,②適用範囲(解釈)についての法的推論について,これまでほとんど科学的な検討がなされてこなかったこと。ふたつめは,証拠から合理的に事実を推論する事実認定においても,ベイズ確率や統等計の科学的手法がとられていなかったことである。」と指摘し,これを変える「方向性を支えるのがIT・AIだとは思うが,まだ具体的なテクノロジーというより,IT・AIで用いられる論理,言語,数学(統計)を検討する段階にとどまっているようだ。前に行こう。」と書いた(「プロフェッショナルの未来」を読む。)。「そしてこれが実現できれば,「法律の「本来的性質」が命令であろうと合意であろうと,また「国家」(立法,行政,司法)がどのような振舞いをしようと,上記の観点からクリアな分析をして適切に対応できれば,依頼者の役に立つ「専門知識」の提供ができると思う。」」とも考えている。

イギリスでの議論

「プロフェッショナルの未来」の著者:リチャード・サスカインドには,「Tomorrow’s Lawyers: An Introduction to Your Future 」(by Richard Susskind)があり,これは,上述書の対象を法曹に絞り,さらに詳細に論じているようだ。

これに関連するKindle本を検索していて関連図書として「Artificial Intelligence and Legal Analytics: New Tools for Law Practice in the Digital Age」(by Kevin D. Ashley)を見つけた。でたばかりの新しい本である。そしてその中に(1.5),内容の紹介として次のような記述があった。なお二人ともイギリスの人である。

Readers will find answers to those questions(How can text analytic tools and techniques extract the semantic information necessary for AR and how can that information be applied to achieve cognitive computing?) in the three parts of this book.

Part Ⅰ introduces more CMLRs developed in the AI&Law field. lt illustrates research programs that model various legal processes:reasoning with legal statutes and with legal cases,predicting outcomes of legal disputes,integrating reasoning with legal rules cases,and underlying values,and making legal arguments.These CMLRs did not deal directly with legal texts,but text analytics could change that in the near future.

Part Ⅱ examines recently developed techniques for extracting conceptual information automatically from legal texts. It explains selected tools for processing some aspects of the semantics or meanings of legal texts,induding: representing legal concepts in ontologies and type systems,helping legal information retrieval systems take meanings into account,applying ML to legal texts,and extracting semantic information automatically from statutes and legal decisions.

Part Ⅲ explores how the new text processing tools can connect the CMLRs,and their techniques for representing legal knowledge,directly to legal texts and create a new generation of legal applications. lt presents means for achieving more robust conceptual legal information retrieval that takes into account argument-related information extracted from legal texts. These techniques whihe enable some of the CMLRs Part Ⅰ to deal directly with legal digital document technologies and to reason directly from legal texts in order to assist humans in predicting and justifying legal outcomes.

Taken together, the three parts of this book are effectively a handbook on the science of integrating the AI&Law domain’s top-down focus on representing and using semantic legal knowledge and the bottom-up,data-driven and often domainagnostic evolution of computer technology and IT.

 

このように紹介されたこの本の内容と,私が「AIに期待すること」がどこまで重なっているのか,しばらく,この本を読み込んでみようと思う。

AIに期待しないこと

実をいうと,「人工知能が法務を変える?」という質問に答えれば,今後,我が国の法律実務の現状を踏まえ,これに対応するために画期的なAI技法が開発される可能性はほとんどないだろう。我が国の法律ビジネスの市場は狭いし,そもそも世界の中で日本語の市場は狭い。開発のインセンティブもないし,開発主体も存在しない。ただ,英語圏で画期的な自然言語処理,事実推論についての技法が開発されることがあれば,それはまさに私が上記したような,法律分野におけるクリアな分析と対応に応用できるのではないかと夢想している。

したがって当面我が国の弁護士がなすべきことは,AIに期待し,怯えることではなく,「仕事に役立つIT技法」の習得,すなわち業務の生産性と効率性に力を注ぐことではないだろうか。それをしないと,弁護士の仕事をAIに奪われるのではなく,他の国際レベルで不採算の業種もろとも自壊していくのではないかと,私には危惧されるのである。

今後,「AIと法」について,新しい情報,新しい考え方を集積していきたい。