問題解決と創造の頁を少し充実させました

問題解決と創造の頁

このWebはかなり盛りだくさんなので,乏しい時間をやりくりしてあちらをいじればこちらが倒れ,こちらをいじれば,あちらと矛盾するというようなことになってしまうが,私としては,最終的には,法というルールが,硬直性,複雑・難解性,権威性を離れ,個人,企業の生活を利する,柔軟,平明,合理的なものになるよう,努力していきたいということが,目標だ。

その目標のための基礎作業,準備作業となる,「問題解決と創造の頁」に手を入れ,その下位項目である「仕事:アイデアをカタチに」の題名を改めて「問題解決と創造の方法と技術」にして最初に持ってきて,「生活:食動考休」の題名を「生活と仕事:食動考休」にして,2番目にした。さらにその中に,「人体」,「人類史」の検討を入れることにした。これでだいぶすっきりとした(はずだ)。

問題解決と創造のために,どのように頭と心を働かせるべきなのか,その基本として,問題解決については「新版[図解]問題解決入門~問題の見つけ方と手の打ち方」(著者:佐藤 允一)を,創造については,「創造はシステムである~「失敗学」から「創造学」へ」(著者:中尾政之)を紹介し,今後,これを基準として,検討を進めていくことにする。

法とルールの基礎理論

少し前になるが,「法を問題解決と創造に活かす」とその中心になる「法とルールの基礎理論」にも,少し手を入れた。

ここでの問題意識は,「規範とゲーム」(著者:中山康雄)や,「法と社会科学をつなぐ」(著者:飯田高)を読み込み,言語ゲーム,ゲーム理論等を踏まえた,新しい法の機能論,立法論に近づきたいということだ。

私は別に高踏的なことを言っているのではなく,このまま政府官僚と諮問機関による複雑・難解な独りよがりの立法を許せば,唯識論が複雑怪奇な解釈,細分化によって結局仏教が見えなくなったのと同じ現象が,今後起こる,あるいは現に起こりつつあるということだ。あるいは将棋の妙手がAIにしかわからないように,新規立法も,政府官僚と諮問機関にしかわからなくなるだろうということだ。コピペ立法と,括弧書き立法によって,法令はいくらでも複雑にできる。それは正確でも分かりやすくもない。世界中で引き返す時期だ。

法とルールの基礎理論

この投稿は,固定ページ「法とルールの基礎理論」の記事を投稿したものです。固定ページの方はその内容を,適宜,改定していきますので,この投稿に対応する最新の内容は,固定ページ「法とルールの基礎理論」をご覧ください。

法とルールの基礎理論に取り組む

「法を問題解決と創造に活かす」ためには,「法とル-ルの基礎理論」から考える必要がある。

これまで法律をめぐる「学問」は,実定法についての「解釈学」と,さすがにこれだけで「学問」と称するのは恥ずかしいので,その周辺に「法哲学」,「法思想史」,「法制史」,「法社会学」,「法と経済学」等々を配置することで,何とか「学問」という体裁を整えてきた。ただ問題は,この周辺の「学問」は,実定法「解釈学」にほとんど影響を与えていないし,法律学徒には大な影響力のある実定法「解釈学」も,裁判所は法解釈にあたって参照する程度である。更には,実定法「解釈学」も裁判所の法解釈も,少なくても日本においては,「科学」ではない。私の関心は,「法とル-ルの基礎理論」についての,新しい周辺の「学問」(上記に加えて,進化論,言語ゲーム,ゲームの理論,行動経済学,複雑系ネットワーク科学,ベイズ推定,統計学等を加えよう。)が,政府の立法実務と裁判所の法実務(法解釈+事実認定)を「科学」にすることにある,

しかし我が国の上記の実定法学者の「解釈学」と裁判所の法解釈の隔たりは,いま,崩れつつあるといっていいかもしれない。法令は実定法学者を巻き込んだ審議会で迅速に制定,改廃されるし,ロースクールを通じて実定法学者と裁判所実務の距離は縮まりつつあるだろう。世界中で,社会が急速に変化,流動化し,人の行動を支えるルールも激変しつつあるという現実が,それを支えていることは間違いない。

ただ我が国の法をめぐる現状は,このような現実に適格に対応するという動きの中から生じたというより,その場しのぎの対応を繰り返しているだけという方が近そうだ。

今後なすべきこと

新しい周辺の「学問」については,以前「「法とルールの基礎理論の本」まとめ読み」をまとめたが,今見るとこれらの検討だけでは不十分だ。これを補充する総論的な本として「法と社会科学をつなぐ」「エコノリーガル・スタディーズのすすめ」「法哲学」「数理法務のすすめ」「法律」を挙げておく。これ以外についても,現在,充電中である。

ルールについて,「複雑系ネットワーク」(社会)の中で「限定合理性」を有する人が営む「ゲーム」(行為)についてのルールはどうあるべきなのか,どうすれば紛争,権利侵害を除去し,生産性をあげることができるのかというのが,立法と,法解釈学の根本問題である。中心となるツールが,行動ゲーム理論であろう。

もうひとつの問題は,事実認定が「科学」的であるためには,どうすればいいかということである。

この両者について,IT・AIの利用を進めることも必要だ。「法とAI」,「仕事の役立つIT技法」もこのような観点からのを目指している(現状は全く不十分だが。)。

これらに加え,法が言語によるルールであることや,法がどのように機能してきたかという歴史的な観点も必要だ。

法が言語によるルールであること

法が言語によるルールであることについては,ウィトゲンシュタインの言語ゲームとの関係が気になっていた。というのは,ハートの「第一次ルール」,「第二次ルール」の考え方は,ウィトゲンシュタインの影響を受けているのではないかという指摘を 橋爪大三郎さんが「人間にとって法とは何か」,「はじめての言語ゲーム」でしているが,どうもその根拠があいまいで,ウィトゲンシュタインの言語ゲームを考察の基本にしていいかわからなかったからだ。しかし,「二十世紀の法思想」(著者:中山竜一)の第2章,3章に,ウィトゲンシュタインのハートへの影響が明記されていたので,安心した?人類学者の中川敏さんが書いた「言語ゲームが世界を創る」を読み始めていたが,これも入れ込めそうだ。

言語ゲームと,ゲーム理論は,関係ないが,期せずして,法とルールを「ゲーム」を基盤として考察することになりそうだ。

その後(平成30年6月23日),「規範とゲーム」(著者:中山康雄)を入手,一読した。この本は,橋爪さんの上記「はじめての言語ゲーム」をあげて,示唆的ではあるものの,精緻化されることはなかったとし(私も同感だ。),自身は上記著作で「社会的規範や(社会的)ゲームを基盤として人々の活動原理を明らかにすること」を目的とするとする。そして実際,規範体系,ゲーム体系を提示し,後者の「中に,言語ゲーム,ゲーム理論を位置づけ,全体の構造を明らかにしようとしている。更に,生活,組織,法体系,経済活動等を,規範。ゲームの観点から分析しており,現時点での私の関心を十二分に満たしてくれる内容になっている。加えて,法体系では,法文の分類,法律の分類,法的推論,法実践(裁判)の分析にも及んでおり,このような関心を持つ哲学者がいたことにいささかびっくりしている。

これで,法,ルール,ゲーム等が見えやすくなったので,立法や,事実認定の問題に,検討を進めることができるだろう。

実は上記した「法と社会科学をつなぐ」も優れた本で,ここから全体の見通しをつけようとも思っていたのだが,この本は個々の問題のとらえ方は秀抜であるが,全体の構造が見えにくく,どうしようかと思っていた。上記「規範とゲーム」によって,この本も生きてくる。

各論

追ってきちんとした,参考本の目録を作成し,各論を展開していきたい。

 

 

法を問題解決と創造に活かす

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法を問題解決と創造に活かす

記事の内容の紹介

「法を問題解決と創造に活かす」には,「問題解決と創造の頁」の一般的な議論を踏まえつつ,法を問題解決と創造に活かすという観点から,その原理や方法を考察,紹介する記事を,掲載していきたい。下位メニューには,「法とルールの基礎理論」,「仕事に役立つIT技法」,「立法と法解釈を考える」,「裁判と事実認定を考える」(作成中),「法制史・外国法」(作成中)等を掲載するが(これらについては,適宜,その内容を見直す。),「ブログ山ある日々」に投稿するこれらに収まらない記事も「法と問題解決・創造(投稿)」に新しい順に掲載される。

法を問題解決と創造に活かすとはどういうことか

このWebサイト「弁護士村本道夫の山ある日々」の「副題」(キャッチフレーズ)は,「法を問題解決と創造に活かす」だが,いったいこれは何だろうと不審に思われた閲覧者の方も多いであろう。「法を問題解決に活かす」だけであれば,法律問題が生じた人や企業が依頼する弁護士の主要な役割は,正しく法を適用して足下の紛争や法律問題を解決することであるから,これは当然のことである。加えて法律問題の解決によってそれまでの状況が一掃されて新たな地平が開ける場合も多いから,この場合は「創造」といっても,まあいいかなぐらいにはなるであろうか。ただ私は,もう少し違うことも考えていた。

弁護士は法律実務家であるから,具体的な依頼事項について,現行の法令がこうなっており,それに法令を適応した結果,こうなるとか,裁判になった場合は,証拠や裁判所の実務を踏まえると,こうなりそうだという「見通し」を持つことは重要ではあるが,法令を起案した官僚や判決をする裁判所の「見解」や「実務」を鵜呑みにするだけでは,単なる「慣行の奴隷」,「権力の下僕」になってしまう。①正義,平等,あるいは憲法の「理念」や,そこから流出する原理・原則に遡ったり,②社会が急速に変化,流動化し,人の行動を支えるルールも激変しつつあるという現実の中で,この問題についての法解釈や裁判はこうあるべきだという「見直し」を促したりする活動も重要だ。前者について弁護士はこれまでそこそこ頑張ってきたが,後者はこれからだ。いずれにせよ「見通し」は思ったほど確実ではない。更には,③更に主に②を踏まえ,今後,立法や裁判実務はこうあるべきだという提言や改革していく活動も重要だ。①は,「立法と法解釈を考える」,「裁判と事実認定を考える」で触れるが,この「法を問題解決と創造に活かす」では,主に②③を検討することになろう(これを「法システムの変革」という。)。

法をこれから始める(見直す)ビジネスの問題解決と創造に活かす

ところで「法を問題解決と創造に活かす」べき主要な場面は,上述した①②の既に法律問題が生じているケースよりも,④企業や個人が,これから解決すべき「問題」として,ビジネスや生活・仕事を始める(見直す)場合であろう。この場合は,いかに法・ルールの全体を把握し,距離を取るかが重要だ。

すなわち,当該ビジネスや行動に係わる法・ルールという枠組みが,どのように機能,規制,支援,関係しているのかを,中央政府,地方政府,外国政府,国際機関等の法令,規則,業界の自主規制,慣行等々を可能な限り明確化し(法・ルールに係わるフレームワーク(「法フレーム」という。)の言語化・明確化),現在及び将来的に,法フレームがビジネスや行動の支障とならないように,行動範囲を定め,調整することが必要である(かならずしも,法フレームに触れないようにするということではない。)。もちろん許認可,知財,補助金等の関係で,法フレームを利用する局面もあるが,さほど多くはないであろう。

これだけでは,法フレームに戦々恐々として内に籠ることを薦めているようにも思えるが,そうではない。どこに「爆弾」があるかの予想もせずに,大きなビジネスや行動に乗り出すのでは,かえって不安定で,気が付いたときには収拾がつかなくなる。しかし,法フレームの言語化・明確化をした上で,これを適宜反芻し,これからの逸脱があったり,これに関して問題が生じた場合は,随時,まず現場で当該ビジネスや行動に支障を与えないような方法を考え出し,可能な変更・対応をするという経験を積み重ね,組織的に共有化していけば,破滅的な事態を避けられる可能性が大きい(これは内容的には,下述の「まず頭に入れること」と同じことである。)その場合,大切なのは,法フレームはあくまで外枠であって,ビジネスや行動を主体にして考えることである。法フレームとビジネスや行動が両立せず,あるいは致命的なエラーが生じる場合は多くはないであろう(そのようなビジネスや行動は通常選択しないだろう。仮に選択したのであれば,撤退あるのみである。)。

このような意味で,「法をこれから始める(見直す)ビジネスの問題解決と創造に活かす」ためには,弁護士に「法律顧問」や「分野別法務支援」を依頼することが有益である。その他「新しい法律問題(投稿)」」にもこのような観点から書かれた記事が掲載されている。

法システムの変革について

問題の把握と対応策

私たちが,解決すべき「問題」の所在を把握し,これに対する対応策を「設計-決定-実施-評価」するという過程は,社会を構成する3主体(政府,企業,個人)や対象とする問題について共通している(「公共政策」という「窓」を通して社会の構造を理解する)。法システムについての問題の解決(法システムの変革)も同様であるが,ここで重要なのは,次の点である。

まず頭に入れたいこと

経済は「予想外のつながり」で動く」(著者:ポール・オームロッド)は,「公共政策」についてであるが,「21世紀のネットワーク化された現実における特効薬は単純である。特効薬なんてないと認識することだ。意思決定を分散化し,実験を繰り返し,実験の大部分は失敗に終わるのを認識しても,直接にお金が転がり込んできたりはしない。しかし,本当にうまくいくやり方を見つけ,どのやり方ならインセンティブ単独よりもはるかに大きな変化をもたらすネットワーク効果が引き出せ,ポジティブ・リンキングを起こせるのかは,実験してみないとわからない」と記述しているが,この捉え方が重要だ。

公共政策のみならず,法システムを形作り変革することは,このようなもの(同書はネットワーク効果全般についてだが「頑健だが脆弱」としている)であるという事実を頭に入れて,適切な対応を繰り返していくことだ。

法システムをとらえなおす

ところで法フレームという枠組みは,どのような性質,性格を有しているのであろうか。現在の我が国では,膨張化・強大化する政府(行政)が,長文,複雑,難解な法令を作成し,それに基づいて企業と個人を規制しようとする姿勢が顕著である。このような事態については,政治と行政の係わりという観点から,自由を抑圧する,民主的でないと批判されてきた。それはそれでもっともであるが,「本当に必要不可欠であるのなら,仕方ないんじゃない」という批判には弱い。さらに法律家は,憲法を頂点とする法秩序というフィクションに弱く,仕事柄,視野に入るのは法令だけであるから,法秩序とそれを持ち上げ遵守させようとする官僚制という枠組みから離れて思考することはむつかしい。

しかしこのような,公共政策の実態や帰趨を離れて,法システムを固定してその縛りのもとに公共政策を運用し続けようとする,トップダウンというか,権威主義的というか,そういうやり方は,必ず挫折するというのが,上記の「「経済は「予想外のつながり」で動く」の見方であり,私も賛同する。「意思決定を分散化し,実験を繰り返す」こと,したがって法システムがフレキシブルに作成・運用されることが重要だ。法システムには,そのような相対的に有効な公共政策を実行する手段という意味しかない。

法システムについての追加的な4点の指摘

法システムについて,4点指摘しておく。

1点目は,上述したように,法律家の「法秩序」という幻想を離れてみれば,公共政策を実行するための言語的ルールである法は,手段,形式でしかなく実態は別のところにあるということである。しかもそのような「法」を作成するのは,企業と個人に係わる大部分の政策立案においても立法においても,「素人」である官僚であり(このような言い方には抵抗があるかもしれないが,実態はそうである。「入門 公共政策学」,「行政学講義」等々),しかも立法の監督役である内閣法制局は,論理性を欠く,言語技術の提供者にすぎないことが分かってしまった。我が国におけるトップダウンの,権威主義的な法は,このような人々が右往左往して「失敗作」を作り続けているのである。法システムがずっと身近になる。

2点目は,トップダウンの法システムは現場での試行錯誤を経ていないから,きわめて脆弱であることである。「進化は万能である」(著者:マット リドレー)が指摘するように「アングロスフィアの人々が,政府をまったく起源としない法に基づいて生きていることは,ほとんどの人が忘れているが,これは驚くべき事実だ。イギリスとアメリカの法は,けっきょくはコモンロー(慣習法・判例法) に由来する。コモンローとは,誰が定めたわけでもなく人々のあいだで自然に定まった倫理規範を指す。したがって,十戒やほとんどの制定法と違い,コモンローは先例や当事者の申し立てを通して現れ出てきて進化する。法学者アラン・ハッチンソンの言葉を借りると,コモンローは「徐々に進化するのであって,発作的に飛躍したり,漫然と停滞したりはしない」。それは「永遠に進行中の作業であり,移ろいやすく,ダイナミックで,混乱しており,建設的で,興味をそそり,ボトムアップだ」。著述家のケヴィン・ウィリアムソンは,次の事実を挙げて私たちをあらためて驚愕させる。「世界で最も成功し,最も実用的で,最も大切にされている法体系には,制定者がいない。それを立案した人もいなければ,考案した崇高な法の天才もいない。言語が現れ出てきたのとちょうど同じように,反復的,進化的なかたちで現れ出てきたのだ」。合理的に立案した法をもってコモンローに替えようとするのは,現存するものよりも優れたサイを研究室でデザインしようとするようなものだろうと,彼は冷やかし半分に言う。」。もちろん我が国はコモンローの国ではないから,ここで重要なのは,トップダウンの法システムが,そもそも論として,脆弱であるということである。

3点目は,だから私たちも,立法活動に参加し,遠慮なく失敗すべきであろうということである。これまでは,立法という権威的な匂いの近寄りがたさと,法令執務の面倒臭さが,アクセスを退けていたが,前者は枯れ尾花であり(これからも再生産され続けるであろうが),後者も核心部はわずかだ。

日本のヤフーの企業内弁護士(執行役員)が書いた「ビジネスパーソンのための法律を変える教科書」という本があるが,要するに,企業の利害に係わる法令について,政治家,官僚の間を飛び回って法を変えたという「技術的」な話で,我が国の法令実務の実態の参考にはなるが,少なくても求めるべき方向ではない。ではどうするかが,今後の私の課題だ(一時期やっていた「民間法制局」もいいのだけれど。)。

最後に,今わが国で作成されつつある法令は,やがて破たんするであろうことを考えたい。我が国の法令数は,憲法1,法律約1800,政令約1800,府省令等約3200,その他90といわれているそうである(「立法学」(著者:大島稔彦)の記述による。これの法令の原本は,手書きの紙だという話をどこかで読んだ記憶がある。)。

これ自体はさほど多くはないようだが,問題は,「溶け込み方式」の立法を取る中で,様々な他法令の,引用,準用をするという仕組みを作った結果,あるハブとなる法令を改正しようとするとそれに関係する膨大な法令に影響があるということである。要するにこのような仕組みを始めた人は,「順列・組み合わせ」。「大数」の知識がなかったのである。今後,権威主義的な政府が,ますます法令を長大化,複雑化すれば,その点検は,人知では不可能となり,AIに依拠するしかない。そのような法令順守(コンプライアンス)はAIにしかできないことは容易にわかる。

この点,例えば,誰もが使用することを予定された会社という組織について,単に利害関係者との調整を図る法令に過ぎない会社法について,1000条近い条文を用意し,さらには膨大な会社法施行規則,会社法会計規則を上乗せし,会社のガバナンスが云々といっている「立法者」たちは,日本経済を窒息させかねないかなりの原因を自分たちが負っていると自覚した方がいいのではないかというのが私の従来からの私見である。それでも当面は,これを前提にして見通しを立てるしかない。企業の管理部門が膨れ上がるのは当然だ。

どこまでできるかわからないが,「法とルールの基礎理論」等を踏まえ,法システムの変革に取り組んでいきたい。

「法とルールの基礎理論の本」まとめ読み

一口コメント

「法とルールの基礎理論」に関する本をまとめてみた。本棚にあって目についた本をまとめただけなので,決してこれが最良というわけではないし,網羅的でもないが,悪くない本が集まった。

1,2は,人類史の進化論的論点を踏まえた上で利他行為やルールの存在について解明しているので,視野を広げ,適切な出発点を設定するのに適している。2は,読むのに疲れるが。

3は,最近出たものだが,国家に関する幅広い論点を取り上げた上,わかりやすく説明しているので,とても参考になる。国家が適切に果たすべき役割がたくさんにあるということを冷静に理解させてくれる。国家と聞くと頭に血が上って感情的な議論をするだけではだめだと反省。

ただ,3の出発点はヨーロッパの近代国家なので,それ以前,それ以外の地域について,「法人類学」も研究しているという4が,多少古めかしい分析だが参考になる。

法のあり方を考察するためには,5ないし10が,それぞれ特色ある良書だと思う。特に6は,どうして,法哲学,法思想というマイナーな分野に,こんなにわかりやすく説明しようとした,受験のためのトピック集のような本があるのかびっくりだ。10は,ちょっと手に入らないかもしれない。

11は,ここで紹介するのが適切かどうかわからないが,5ないし10で法学者がご大層に語る日本の法律実務のレベルがどうなの(行政分野だが)という,日本文化論としても読めるお笑い「実務書」だ。12は,広い観点から日本の司法の現状を分析している。13,14は,元裁判官が日本の裁判所を痛烈に批判している。

15,16は,外国にも目を向けましょうということだが,どちらもとても面白い。

17から19は,日本で研究,教育をしている外国人の研究者,実務家の,裁判所,日本の法文化,弁護士論。いずれもとても面白い。

紹介

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法政策学―法制度設計の理論と技法
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<日本の立法>批判序説

<日本の法律>のありようを変えよう

会社法,金融商品取引法,個人情報保護法,公職選挙法,政治資金規正法等々,私は,これらを含む多くの法律,政令,規則,ガイドライン,マニュアル等に基づいて行われている現在の日本の<法治主義>は窒息寸前であり,日本の多方面での衰退の少なからぬ理由が,これらの法令の内容とその適用のあり方にあると考えている。

個々の法律の内容の政策としての妥当性は,ここでは暫く置くこととする。それ以前にこれらの法律の構成や表現に大きな問題がある。

誰がこれらの<日本の法律>を読んでこれに従って行動するのか

一番の問題は,これらの法律を誰が読んでこれに従って行動するのかということである。

国民,しかもすべての国民。冗談ではないだろう。一度読んでみればいい。

規定されている問題領域に利害関係,関心がある,ある程度の熱意と学力のある関係者。しかしこれらの法律は,長大,複雑,難解であり,例えば高校卒業程度の学力があり熱意があっても,これらの概要を頭に入れて,これに従って行動する行為規範として機能することを期待するのは無理である。これが私の認識である。したがてまず立法について決議する国会議員は,自分らが読んで分からない法律案は,すべて立法担当者に突き返すべきである。それが審議の第一歩であろう。

問題は,これらの長大,複雑,難解な立法を支えるのは,立法担当者の頭の能力,記憶ではなく,外部記憶,要するにパソコンを利用した,コピー&ペースト立法であるという率直な現実である。自分がコピペによることで初めて条文化が可能な法律を,国民は頭に入れて従えというのは,後出しじゃんけんのようなもので,役人が良くやる方法である。

それと,これらの<日本の法律>には,口語化に伴い,日本語としての構文,文法,論理性としておかしいのではないか,立法担当者の含意が社会的に共有化されていないのではないかという問題もある。特に題目語「は」の用法がとても不安定である。

ただ,これだけを,立法改革の道具とするのは,なかなか苦しい。自分の頭に入らない条文は作らない,日本語として分かりやすいものにする,「は」の用法を精査する,これだけでもかなり違うと思うが,いかんせん「理念」,「方法論」がない。

どういう突破口があるのか

これについては,もともと「」立法の平易化―わかりやすい法律のために」という問題意識を持った学者が集まって,上記の本を作ったが,ご説,ごもっともという状況の中で,立法担当の役人に「正確に表現するためにはやむを得ない面がある」というそれ自体は当然の言訳をさせたまま,問題を深めることができずく,それ以上進展しなかった。

「立法の平易化」のために,自分の頭に入らない条文は作らない,日本語として分かりやすいものにする,「は」の用法を精査する,という方針は正しいが,それを支える考え方,方法論はないか。

「法の支配」という視点

この点,長谷部恭男教授が「法とは何か—法思想史入門 (河出ブックス)」で述べる「法の支配」に関する次の指摘は,とても示唆的である。

「法は道徳と無関係ではありません。ある意味では,道徳の1部であるとさえ言うことができます。しかし,法に存在意義があるとすれば,それは,一人一人が自分に当てはまる道徳は何かを考えるよりも,法に従った方が,自分が取るべき行動をよりよくとることができる,という事情があるからです。そのためには,一般的な理由付けとしての道徳とは独立に,法は何かを見分けることができなければなりません。

さて,この問題は,「法の支配」という概念でくくられる一群の要請と深く関係しています。法の支配という概念もいろいろな意味で使われます。ときには,人権の保障や民主主義の実現など,あるべき政治体制が備えるべき徳目の全てを意味する理念として用いられることもありますが,こうした濃厚な意味合いで使ってしまうと,「法の支配」を独立の議論の対象とする意味が失われます。およそ政治体制について良いことはすべて「法の支配」に含まれることになってしまいます。これから議論する「法の支配」は,現在の法哲学者や政治哲学者の多くが標準的に使う意味合い,つまり,人が法に従うことが可能であるために,法が満たしているべき条件,という希薄な意味のそれです。

法の支配は人の支配と対比されます。ある特定の人々の恣意的な支配ではなく,法に則った支配が存在するためには,そこで言う法が人々の従うことの可能な法でなければなりません。そのために法が満たすべき条件として,次のようないくつかの条件が挙げられてきました。

1つは法が公開されていることです。政府の関係者だけが何が法かを理解していて(たとえばラテン語に書かれているとか) ,一般市民には知られていないようでは,一般市民は法に従って生きることはできません。また,法の内容は明確であることが必要です。「正しく生きよ」というだけの法では,どのようにしたらよいかはわかりません。「人をむやみに傷付けるな」とか「道路は右側を歩け」といった分かりやすさが必要です。ただ,明確ではあっても,法の内容が個人ごとに,また,個別の場面に限定されて細かく決まっていて,相互の関連がわからないようでは,やはり困ります。同じ道を運転するにも,Aさんは右側を通り,Bさんは左側を通るべきだということでは,誰もが安心して車を運転できなくなります。これでは,向こうから安心して運転してくるのが右側通行の車なのか左側通行の車なのかがわかりません。

また,たとえ明確で一般的な内容を持っていたとしても,朝令暮改の有様で,昨日通用していたはずの法が今日は別のものに変わっているというなことでも,やはり法に従って生きることは不可能です。状況の変化に応じて法も改正されていかなければなりませんが,それでも,ある程度の安定性が必要となります。そして,複数の法が互いに矛盾・衝突しないことも重要です。ある法によればタクシーの営業の許可はいらないことになっており,別の法によるとやはり許可がいることになっているとなると,許可がいるのかいらないのか判断がつきません。法が前もって定まっていることも肝心です。すでにやってしまった行為を,後から作った法に基づいて罰したりすることも法の支配に反します。行ってしまった後から出来た法に従うことはできるはずがありません。法律学の世界ではこの事を「事後法の禁止」とか「遡及処罰の禁止」という概念で表します。

さらに法が実行不可能なことを要求しないことも,法の支配の要請の1つです。いくら明確に前もって知らされている法であっても,「政府の要求があれば10分以内に役所に出頭せよ」などという法に従うことはできないでしょう。

そして仮に法がが以上のような要請を満たせしているとしても,その法を適用する公務員が法の定める通りに適用することも必要です。そのためには法が適正に運用されるようコントロールする裁判所の役割も重要となります。

こうした,法の公開性,明確性,一般性,安定性,無矛盾性,不遡及性,実行可能性などの要請が,法の支配の要請と言われるものです。法の支配が成り立つために,こうした条件が要請されること自体は,一般的な実践理性の要請です。法の定めがあって初めて要請される事柄ではありません。

法の支配の要請が守られ,政府がどのように行動するかが一般市民に前もってわかっていて予測可能性が保障されていれば,市民の側としても,自分がどのように行動すべきか,合理的に計画することが可能となりますし,人は自分の幸福を実現しようとして行動を計画するものでしょうから,結果的には,社会全体とし見ても,より多くの人が幸福な暮らしを送ることができる,少なくともその条件を備えることできるといえるでしょう。カントは法の役割とは,多様で相衝突する道徳的判断をする人々の自由な行動を互いに両立させることであると考えましたが,そうした法の役割も,法の支配の妖精を守ることで初めて十分に果たすことができるでしょう。」

長谷部教授は,憲法学者であるから,身をもって行政法規の長大,複雑,難解な場面に立ち会っていないのかも知れないが,そのような場面でこそ法の明快性が要求される。「法の支配」というのは,法の平易化を考える場合に,極めて重要な視点である。

「開発法学」の視点

それと全く偶然だが,昨日,「開発法学の基礎理論: 良い統治のための法律学」(松尾弘著:勁草書房)という本を入手した。「 開発法学は社会の開発を促し,人間の幸福を実現する手段として法を捉えている」,「本書は開発法学の対象領域を発展途上国の法整備への協力に限定せず,あらゆる国家における開発のための法制度改革を視野に入れる」,「社会を,個人,組織,制度および規範体系という4つのレベルからなるものと捉え,その統治システムを構築し,維持するための法制度及び法改革のあり方を探求する」という方法論は,私が日本における立法改革のあり方ととして考えることと共通する。まだ,内容は検討していないが,発展途上国の法整備支援の中で守られるべき法のあり方を我が国にも適用するということはとても興味深い。何よりもプラクティカルであることがいい。

「法と経済学」,「正義論」及び「日本語論」の視点

その他,個別の法律の内容の妥当性の検討も重要であり,そのためには「法と経済学」(ただし,私の見るところ,「法と経済学」をいう人は,多くのの仮定に基づいて推論される「結論」に飛びつきすぎる。)及びロールズの「正義論」(私は,殆ど知らないが)の観点から検討するのが良いのであろう。

既に指摘した「日本語論」の観点も重要である。立法担当者は「正確な表現をしている」というのが,一番のよりどころだろうが,従いようのない規制は,規制自体が無意味なものだ。

いずれにせよ,<日本の法律>のありようの改革について,具体的な方法に基づいて具体的な提言をしていかないと,単なる床屋政談,居酒屋放談で終わってしまう。少しずつでも,考えていきたい。