「高齢者の法律相談に回答する-私たちの生活と終活-」を作成する

-高齢者の法律相談に回答する1-

何をしたいのか

「高齢者の法律相談に回答する-私たちの生活と終活-」という項目を作ってみようと思う。

私も一歩を踏み入れつつある「高齢者」の「生活と終活」についての(私自身も関係する)様々な問題について,「法律問題」を主軸にしながら,もう少し視野を広げて,回答,調査,説明することにしてみたいと思う。

最近は「高齢者」に関する本も多く出されており,参考になるが,一番の問題は,高齢者として,あるいはその家族として,何から手を付ければいいのか,何が問題なのかが,いくら本に囲まれても,それだけでは分からないということであろう。もちろん,地域,職場には相談に乗って下さる方もいるであろうが,この複雑な社会の当事者の状況も千差万別である中で,公私の制度をにらみつつ,様々な問題に適切に回答するのは簡単ではない。

それは私にとっても同じだが,弁護士という立場から検討できることと,私にとっても切実な問題なので,ある水準は確保できるであろう。

当面,次の2冊をとっかかりにしよう。いずれも「辛口」の本である。

超高齢社会の法律,何が問題なのか」 (著者:樋口範雄)

超高齢社会の基礎知識」(著者:鈴木隆雄)

構成

高齢者にとってもっとも切実な問題である「居場所と食動の確保」を柱としよう。その次は,いわゆる終活である。そしてこれらを円滑に進めるためには,現況を記録することが重要だ。これらについて弁護士へ相談したりとホームロイヤーを依頼することも考えよう。

加えて,毎日を充実させるために,「健康」,「生活の彩り」,「高齢者を論じた本を読もう」を取り上げよう。

今考えている構成は,次のとおりだ。

  • 居場所と食動の確保
    • 基本的選択
    • 介護と医療
    • 意思決定と遂行-管理者・補助者の依頼
    • 資金手当
      • 資産
      • 仕事と事業
  • 終活
    • 遺言
    • 終末医療
  • 現況を記録する
  • 相談とホームロイヤー
  • 健康
  • 生活の彩り
  • 高齢者を論じた本を読もう
    • 超高齢社会の基礎知識
    • 日本人の勝算
    • ライフシフト(LIFE SHIFT)
    • ケアを問いなおす
    • 超高齢社会の法律、何が問題なのか
    • 東大がつくった高齢社会の教科書: 長寿時代の人生設計と社会創造 東京大学高齢社会総合研究機構
    • 東大が考える100歳までの人生設計 ヘルシーエイジング 東京大学高齢社会総合研究機構
    • 未来の年表1,2

次の「項目」に関連する記事が載っている。

私が考えること

ここで私が取り上げていることは,主として高齢者個人から見た「問題解決」である。だが高齢者にとっても社会における「価値創造」,社会への「参加」が重要である。それがたとえほほえみであっても。それが生きるということだろう。

 

様々なる意匠

未読・半読・一読の本 6 (19/06/10)

「様々なる意匠」を思い出す

ここ最近,某市がした公文書非開示処分についてその取消し,及び文書の開示を求めて提訴した行政訴訟の準備書面を書いていて時間がとられ,併行してあれやこれやの本に目を通しているものの,記事の投稿はできなかった。

そういうあれやこれやの中で「人類が永遠に続くのではないとしたら」(著者:加藤典洋)(Amazonにリンク)を読んでいで,ふと「様々なる意匠」という言葉が頭をよぎった。

小林秀雄の本はとっくに処分していたので,Kindle本で探すと,「Xへの手紙・私小説論」(著者:小林秀雄)(Amazonにリンク)に収録されていることがわかったので早速購入して読んでみた。このようなことができるので,Kindle本(電子書籍)はたまらない(青空文庫には,収録されていないようだった)。

「様々なる意匠」は,率直にいって今読み直すと無内容というしかない「文芸批評」だが,その「表現」レベル‐レトリック‐は今も新鮮で卓越している(末尾で紹介しよう)。内容と関係なく表現だけで人を圧倒できる領域が確かに存在する(ただ,「様々なる意匠」が世にもてはやされたのは,当時の「マルクス主義文学」に異を唱えたという,文脈的な意義も大きい)。

ところで「様々なる意匠」を読んでいて改めて思ったのだが,小林秀雄がこれを書いた当時,「知識人」が知的作業の対象とするのは,「文芸」がほとんどだったということである。自然科学もあったろうがその存在はわずかであり,社会,人文,哲学等々に係る言語表現は,「文芸」が扱っていたといえるのではないか。

マルクス主義は,今考えても,経済思想,政治思想として,当時,もっとも「科学」に近かったといえるであろう(ミクロ,マクロの経済学が確立されるのはずっと後である)。「文芸」しか知らなかった知識人にとって,「社会科学」と称するマルクス主義が登場したのだから,圧倒されたのも無理からぬものがある。それは,1960年代まで続いたような気がする。それももう5,60年も前の話だ。

思想とそれがもたらすことのある害悪

上述したように,私が,「様々なる意匠」という言葉を思い出したのは,「人類が永遠に続くのではないとしたら」(著者:加藤典洋)(Amazonにリンク)を読んでいた時のことである。加藤さんの「思想」は,「様々なる意匠」だなあと思ったのである。

思想というのは多義的だが,ある問題について多面的に十分に調査された資料に基づく論理的な言説(≒科学)が成立していない(あるいは成立しづらい)問題について,ある恣意的な観点と様々な抽象度から,ある資料をつなげ,ある「未熟な言説」を提示することだとしよう。

これは決して「思想」の悪口ではなく,科学が成立していない(しづらい)(古くて)新しい問題について,新しい方法,新しいとらえ方,要は,仮説を提示し,新しい行動を促すという意味で,価値あることであるが,害悪がもたらされることもある。

「思想」の内容によっては(場合によっては「思想」ともいえないような「価値観」であることもあるだろう),その「思想」こそ真実だとし,それを奉じる(実質は単なる錦の御旗にすることも多い)小集団が集団全体を「制圧」しようとする行動の中で,暴力,脅迫,威迫等々がなされることがある。小集団側は「制圧」を目的とすることについて自覚的であるのに対し,残余の多数派は往々にして「善意」である。

マルクス主義は,「思想」を奉じる小集団による集団全体の制圧が悲惨なものになることに洞察を欠き,当然のように悲惨な歴史を生んだ(マルクスの政治的言辞がその素地である気もする)。

この「思想」を奉じる小集団による集団全体の制圧という現象は,実は,史上広くみられるところであり,現代日本でも,政治運動,労働運動,宗教,任意の集団等を問わず,依然として広くみられる。次のような本がある。

  1. 「暴君:新左翼・松崎明に支配されたJR秘史」(著者:牧 久)(Amazonにリンク
  2. 「オウム真理教事件とは何だったのか? 麻原彰晃の正体と封印された闇社会」(著者:一橋 文哉)(Amazonにリンク

ⅰはマルクス主義労働運動についてだが,保守的な立場から対立勢力に暴力をふるい,相手方を蹴落とす労働運動が展開された塩路一郎の日産の労働組合も同様である。

またわが国では,宗教勢力が政治過程,地域社会に進出し,大きな力をもつことが多い。戦前の我が国も,全体としてそうだったととらえることもできよう。もっとも世界の政治は,キリスト教とイスラム教が支配していると考えれば,特異ではないのかもしれない。

オウム真理教もそうだが,かつて宗教団体の「勧誘」の問題が大きな批判を浴びたことから,行動は自重され,問題は沈静化していたと思う。しかし,私の印象だが,最近,某宗派が,政権党になったということから,公私の組織,集団に浸透し,宗教問題というより,実利的な問題について力をふるおうとすることが,私の経験する領域でも起こっている。

「人類が永遠に続くのではないとしたら」を読む

話が横にそれてしまったが,「人類が永遠に続くのではないとしたら」(著者:加藤典洋)(Amazonにリンク)は,豊かさを目指す経済派と,環境,資源の限界を唱える経済派が,相互に無関心であることを「現代社会の理論-情報化・消費化社会の現在と未来」(著者:見田宗介)(Amazonにリンク)を媒介にして,相互浸透させようとする試みのようだ。

「ようだ」というのは,この本は典型的な「思想書」だなあと思いを致したそこから「思想」に関心が移動し,先に進んでいないからである。上述した,論理的な言説(≒科学)が成立していない(あるいは成立しづらい)問題について,ある恣意的な観点と様々な抽象度から,ある資料をつなげてある「未熟な言説」を提示することこそ,まさにこの本の評価にふさわしい。加藤さんは,保険とは何か,原子力の危険性は何か,福島の回復にどれだけの費用がかかるか等について素人として手探りを進め,それを「現代社会の理論-情報化・消費化社会の現在と未来」に落とし込むことは,思想家にしかできない。ここから先には,柄谷行人,吉本隆明が待ち受けているらしい。小林秀雄の舞台は,「文芸」だったが,現代の思想の舞台は,人間の滅亡にまで及ぶ。

次のような本も関係する。

  • 「現代社会はどこに向かうか‐高原の見晴らしを切り開くこと」(著者:見田宗介)(Amazonにリンク
  • 「ポスト資本主義-科学・人間・社会の未来」(著者:広井良典)(Amazonにリンク
  • 「ポストキャピタリズム-資本主義以後の世界」(著者:ポール・メイソン)(Amazonにリンク
  • 「デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか-労働力余剰と人類の富 」(著者:ライアン エイヴェント)(Amazonにリンク

ビジネス・フレームワークを学ぶ

次は,ビジネスだ。

先日,デジタルDSの会合の「ビジネスモデルキャンパス」を使ったワークショップに参加した。何が行われるか知らずに参加したのだが,若い人と酒も飲まずに話したのは久しぶりだ。

いずれにせよビジネスで自立するには,体力も知力も感性も必要だ。「ビジネス・フレームワーク」については,次の2冊の本が参考になる

  • 「ビジネス・フレームワーク図鑑すぐ使える問題解決・アイデア発想ツール70」(著者:株式会社アンド)(Amazonにリンク
  • 「ビジネス・フレームワークの落とし穴」(著者:山田 英夫)(Amazonにリンク

デジタルについては,まだ次の本を検討していない。

  • 「デジタル ビジネスモデル 次世代企業になるための6つの問い」(著者:ピーター・ウェイル, ステファニー・L・ウォーナー他)(Amazonにリンク

このビジネスの前に目の前にあるPC・IT環境を整えたいと思ったのだが,ここでは更にその前の話となる「ネットカルマ 邪悪なバーチャル世界からの脱出」(著者:佐々木 閑)(Amazonにリンク)の出来栄えを吟味したい。

ネットという苦界から,仏教は救いとなるか。

地方自治を適正化する

ビジネスは,他人からいかに自分の活動(商品提供)の対価としてお金をもらうかという問題だが,そのような意識なく,天からお金が降ってくることを前提に活動するのが,中央政府,地方政府である。

政府のことを考えるとそのあまりの醜態に冷静ではいられなくなるが,ここでは最近入手した地方政府について考えるツールを書き留めておこう。

  • 「情報公開事務ハンドブック」(著者:松村 享)(Amazonにリンク
  • 「地方自治法講義」(著者:今井照)(Amazonにリンク
  • 「指定管理者制度のすべて  度詳解と実務の手引」(著者:成田頼明)(Amazonにリンク
  • 「自治体議員が知っておくべき新地方公会計の基礎知識 ~財政マネジメントで人口減少時代を生き抜くために~」(著者:宮澤 正泰)(Amazonにリンク
  • 「実践必携地方議会・議員の手引」(著者:本橋謙治,鵜沼信二)(Amazonにリンク
  • 「地方議会を再生する」(著者:相川俊英)(Amazonにリンク
  • 「地方創生大全」(著者:木下 斉)(Amazonにリンク
  • 「地方創生の正体―なぜ地域政策は失敗するのか」(著者:山下祐介,金井利之)(Amazonにリンク
  • 「地方自治論」(著者:北村亘,青木栄一,平野淳一)(Amazonにリンク
  • 「自治体訴訟事件事例ハンドブック」(著者:特別区人事・厚生事務組合法務部)(Amazonにリンク
  • 「はじめての自治体法務テキスト」(著者:森 幸二)(Amazonにリンク
  • 「事例から学ぶ 実践!自治体法務・入門講座」(著者:吉田勉)(Amazonにリンク
  • 「第3次改訂 法政執務の基礎知識-法令理解、条例の制定・改正の基礎能力の向上-」
    (著者:大島 稔彦)(Amazonにリンク
  • 「改訂版 政策法務の基礎知識 立法能力・訟務能力の向上にむけて」(著者:幸田 雅治)(Amazonにリンク
  • 「自治体政策法務講義」(著者:礒崎 初仁)(Amazonにリンク
  • 「自治体環境行政法」(著者:北村 喜宣)(Amazonにリンク
  • 「まちづくり条例の実態と理論-都市計画法制の補完から自治の手だてへ」(著者:内海 麻利)(Amazonにリンク
  • 「行政法講座1・2」(著者:櫻井敬子)(Amazonにリンク
  • 「行政紛争処理マニュアル」(著者:岩本 安昭)(Amazonにリンク
  • 「法律家のための行政手続ハンドブック 類型別行政事件の解決指針」(著者:山下清兵衛)

高齢者の法律問題

依然として「高齢者の法律問題」という記事は作成できていないが,その中には,健康管理も含まれる。

「スロージョギングで人生が変わる」を読む」という記事を作成したが,日々の調子が悪いとか,時間がとりにくい場合は,もう少し別の簡易なアクセスが必要だ。その場合,「姿勢」はどうだろう。実はいま私はあまり体調がよくないが,それはほとんど事務所で座って作業しているからのような気がする。姿勢を考えたい。姿勢もどうもというひとは,指ヨガとスクワットはどうだろう。

それと,高齢者になるとあれこれ医療情報に左右されてしまうが,目の前の医療情報に飛びつくのは,往々にして賢明ではない。危険な医療が行われたのは,決して昔のこととではないことについて,次の本の記述を読んでみるのがよい。

  • 「世にも危険な医療の世界史」(著者:リディア・ケイン, ネイト・ピーダーセン)(Amazonにリンク

法とルール論

弁護士である私の最大の関心事は,今,原則なくその場しのぎでつぎはぎを重ねて複雑化し(批判を恐れ,原則を定立せずに最初から必要以上に場合分けして無意味に複雑にしたものもある),崩壊一歩手前にあるものも含む法というルールがどうあるべきか,立法はどうあるべきかということであり,それはルールの科学的な探求,研究に基づくとは思うものの,その作業をどう進めればいいかは暗中模索であった(「法とルールの基礎理論」,「「ルールを守る心」を読む」,「「SIMPLE RULES」を読む」)。

これについて,前々から,ゲームをデザインする上でルールは極めて重要であるから,「ゲーム」の研究者がゲームという世界における,ルールの機能を科学的に探求しているのではないかという思いがあった。

今回,「Rules of Play: Game Design Fundamentals (The MIT Press)」 by Katie Salen Tekinbas,Eric Zimmerman(Amazonにリンク)を翻訳した「ルールズ・オブ・プレイ‐ゲームデザインの基礎」(著者:ケイティ・サレン, エリック・ジマーマン)(4分冊になっている。Amazonにリンク)があるのを見つけた。

内容は,「核となる概念」,「ルール」,「遊び」,「文化」の4ユニットに分かれ,「ルール」」を,「構成のルール」,「操作のルール」,「暗黙のルール」の3つの水準に分け, . 創発システムとしてのゲーム,不確かさのシステムとしてのゲーム,情報理論システムとしてのゲーム,情報システムとしてのゲーム,サイバネティックシステムとしてのゲーム,ゲーム理論システムとしてのゲーム,対立のシステムとしてのゲーム,ルールを破るということという順序で考察は進む。

今のデジタルゲームは,ルールを自然言語で記述しないという問題はあるものの,とてもも参考になりそうである。今後取り組みたい。

本書が参考として挙げる本も魅力的に思える。ここでは2書あげよう。その後は備忘のための関連図書だ。

  • 「文法的人間―Information,entropy,language,and life (1984)」(著者:J.キャンベル)(Amazonにリンク
  • 「複雑性とパラドックス-なぜ世界は予測できないのか?」(著者:ジョン・L. キャスティ)(Amazonにリンク
  • 「Legal analysis by David S. Romantz,Kathleen Elliott Vinson」(Amazonにリンク
  • 「The legal analyst by Ward Farnsworth」(Amazonにリンク
  • 「Artificial intelligence and legal analytics by Kevin D. Ashley」(Amazonにリンク
  • 「遠藤雅伸のゲームデザイン講義実況講義」(著者:株式会社モバイル&ゲームスタジオ)(Amazonにリンク
  • 「ゲームデザイン」(著者:渡辺訓章)(Amazonにリンク

「様々なる意匠」のさわり

「様々な意匠」からさわりの部分を抜き出してみよう。

「吾々にとって幸福な事か不幸な事か知らないが,世に一つとして簡単に片付く問題はない。劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなく,崇高を指嗾しない如何なる劣悪な言葉もない。而も,若し言葉がその人心眩惑の魔術を捨てたら恐らく影に過ぎまい。私は,ここで問題を提出したり解決したり仕様とは思わぬ。「自分の嗜好に従って人を評するのは容易な事だ」と,人は言う。然し,尺度に従って人を評する事も等しく苦もない業である。常に生き生きとした嗜好を有し,常に溌剌たる尺度を持つという事だけが容易ではないのである」。

「批評の対象が己れであると他人であるとは一つの事であって二つの事でない。批評とは 竟 に己れの夢を懐疑的に語る事ではないのか!」。

「私は「プロレタリヤの為に芸術せよ」という言葉を好かないし,「芸術の為に芸術せよ」という言葉も好かない。こういう言葉は修辞として様々な陰翳を含むであろうが,竟に何物も語らないからである」。

「人はこの世に動かされつつこの世を捨てる事は出来ない,この世を捨てようと希う事は出来ない。世捨て人とは世を捨てた人ではない,世が捨てた人である」。

「人は芸術というものを対象化して眺める時,或る表象の喚起するある感動として考えるか,或る感動を喚起する或る表象として考えるか二途しかない」。

「人間は生涯を通じて半分は子供である。では子供を大人とするあとの半分は何か?人はこれを論理と称するのである。つまり言葉の実践的公共性に,論理の公共性を附加する事によって子供は大人となる」。

いかにも魅力的な言説である。冒頭で記した「今読み直すと無内容というしかない「文芸批評」だが,その「表現」レベル‐レトリック‐は今も新鮮で卓越している。内容と関係なく表現だけで人を圧倒できる領域が確かに存在する」ということが了解いただけるだろうか。

「このような魔境から距離を取ることを自立という。いや自立とは,精神が魔境を球状に構成することというべきだろう」というように,表現が自然に小林節に飲み込まれてしまうが,飲み込まれないように距離を取れることが自立であることは間違いない。

 

 

日本文化論への助走

深層日本論-ヤマト少数民族という視座

「深層日本論 ヤマト少数民族という視座」(著者:工藤 隆)(Amazonにリンク)の著者の工藤さんは旧知の人で,若いころは古代に舞台をとった「黄泉帰り」等の演劇の上演活動をしていたが,その後,上代口承文芸の研究をして大東文化大学の先生をしていたようだ,Wikipediaを見ると,古事記,古代歌謡,神話,大嘗祭等に関する本を多く書いており,この本はそれらの集大成ということかもしれない。

この本は,日本文化の基層を「アニミズム・シャーマニズム・神話世界性とムラ社会性・島国文化性」とし,その世界が文字で確認できる歌垣としての記紀歌謡・万葉歌と,工藤さんが辛くも実地調査できた中国雲南省の少数民族らの歌垣との共通性を紹介する。そして中国漢民族との対比でのヤマト(少数民)族が(一方で,アイヌ民族,沖縄民族を吸収し),「国家」を形成し,白村江の敗戦,明治維新,敗戦の3つの文明開化において基層と表層の2重構造を乗り切ってきたとする。

神話,神道等の世界を嫌う人も多いから,工藤さんは,慎重に概念規定をした上で,上述した観点等を踏まえ,政治,社会を含む,日本文化論を展開する。記紀歌謡,万葉集で挑む文化論だから,「敗戦と原発事故」を論じ,「日本文化のなにを誇り,なにを制御するか」は,いささか背伸びした議論にも感じるが,しかし不快さは感じない。ただし,「伊勢神宮論」や「大嘗祭論」は,私にはあまり興味がわかない。特に,後者の「サカツコの復活が望まれる」はどうなんだろう。

このように,話を現代に持ってくるのはどうかということの他に,文字で確認できる記紀歌謡・万葉集が出発点とし,それはどのように形成されたのというそれ以前の話がなくていささか気持ちが悪い。これについては,「「問題解決と創造」を予習する」であげた「日本文化」の項目の,「ヒト 異端のサルの1億年」(著者:島泰三)(Amazonにリンク)が3万年前以降繰り返されたホモサピエンスの日本列島への流入,諸地域に分散する,人種と言語の近親性を挙げている。それと本書の間,縄文時代,弥生時代,古墳時代を埋めることが必要だろう。とりあえずKindle本で,次のような本がある。ゆっくり目を通していこう(その後は,「漢文の素養~誰が日本文化をつくったのか?~」(著者:加藤徹)(Amazonにリンク)に続く)。

  1. 「日本人の起源 人類誕生から縄文・弥生へ (講談社学術文庫) 」(著者:中橋孝博)
  2. 「海の向こうから見た倭国 (講談社現代新書)」(著者:高田貫太)
  3. 「弥生時代の歴史 (講談社現代新書) 」(著者:藤尾慎一郎)
  4. 「縄文時代の歴史 (講談社現代新書) 」(著者:山田康弘)

ⅰを少し読んだが,そういえば日本の考古学会は大変だたなあということを思い出した。

文化論とは

ところで工藤さんは「日本人は日本人論,日本文化論がとても好きだ。その多くは,日本人あるいは日本文化は世界でも特殊な存在だという認識が前提として置かれている。実のところ,私もそう思っている。ではいつ,どのような理由でそのような特殊性を得たのか。その特殊性が現在もあるとすればなぜなのか。本書はこうした疑問に対して「ヤマト少数民族」という視点を導入することで、大きな回答を示そうという試みである」とするのだが,文化論は,何を論じているのか,そのような対象が実在するのかという,反省的観点が必須である。そうしないと単なる酒場の与太話になってしまう。

ただ私は「文化」を,「ある集団の,ある場での,環境(地理)と歴史によって形成された言動のパターンや特徴」と定義するので,集団,場の抽象度や限定された具体的な内容がしかkりしていれば,ある種の議論は可能だと思っている。ただ「日本人は…だ」というような抽象度が高い無限定な言説はがほとんど意味がない。

仏教には何の意味があるのか

ところで日本文化論というとき,私は記紀,万葉より,仏教論に親しみを感じてきた。ただ,空,中観,密教,唯識と,面白いといえば面白いが,最近は,一体,何の意味があるのだろうという思いが強く遠ざかっていた(そういえば,「仏教は本当に意味があるのか」(著者:竹村牧男)という本があったことを思い出したが,これは事務所移動時に「寄贈」している)。

ただそれでも仏教書には時おり目を通していたが,最近,「別冊NHK100分de名著 集中講義 大乗仏教 こうしてブッダの教えは変容した」(著者:佐々木 閑)(Amazonにリンク)を読んで,改めて,仏教はせいぜいこんなもんだが,それはそれですごいなあと思い返している(佐々木さんは,2年前の年賀状で,「我が国には,視点は大分違いますが「真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話」という本があります。超弦物理学の大栗さんと仏教学の佐々木さんの対談で,題名を見ると?ですが,科学対科学を侵犯しない仏教との対話とでもいうべきもので、内容は意外にまっとうで面白い」として紹介していた)。

その佐々木さんに,昨日,「ネットカルマ 邪悪なバーチャル世界からの脱出 (角川新書) 」(著者:佐々木 閑) (Amazonにリンク)という本があることを発見したので早速購入した。私もネットが「邪悪なバーチャル世界」であると思っているので,佐々木さんはここで本当に仏教を活かせているか,少し読み込んで紹介しよう。

 

「人間をお休みしてヤギになってみた結果」を読む

「人間をお休みしてヤギになってみた結果」(著者:トーマス トウェイツ)(Amazonにリンク

若きデザイナー(無職?)の果敢な挑戦

著者のトーマス トウェイツは,「気になっていたこと」でも引用した「ゼロからトースターを作ってみた結果 」(Amazonにリンク)を書いた,目の付け所が極めて優れている,イギリスの若き(あまり忙しそうではない)デザイナーである。

今回は,ヤギの骨格を模した装置を装着して移動し,草を食べてみた「結果」を本にした。最初は心配事や,人間でいることの痛みから解放されることを目指し,象になることを志したが,象は大きすぎて首が短く鼻が長いので,そのような装置を作成しても,人間の力だけでは操作が不可能なこと,常時草を食べていなければならないこと,しかも象は「道徳」を理解するらしく「人間」から離れるという目的にそぐわないこと,等からこれは断念し,哲学的考察,シャーマンの「アドバイス」,ドラッグ経験等を経てヤギになってみることにしたということだそうだ。

ヤギというと,私は牧歌的にメ~となく動物という印象だったが,Wikipediaでは「高くて狭い場所、特に山岳地帯の岩場等を好む種が多く、人間がロッククライミングをしないと登れないような急な崖においても、ヤギは登ることができる。古くから人類に親しまれている家畜ではあるが、人馴れしていない個体は見知らぬ者を見ると攻撃してくることがあり、その際の突進の力は強力なものである」と紹介されている。そういえば横浜のどこかの動物園で,高いところに駆け登るヤギを見かけたことを思い出した。

著者は,ヤギになるからには,ギャロップをし,草を食べ,アルプス越えをしようと計画する。動物になるということでいえば,「「動物になって生きてみた」を読む」を紹介したことがあるが,そちらは本当に動物目線で生きてみようとする訳の分からなさがあって迫力満点だったが,「人間をお休みしてヤギになってみた結果」は,出発点が「心配事や,人間でいることの痛みから解放される」といっても,そういってみているだけで,デザイナーとしてのしゃれた試みに見受けられる。

各章の内容

本書の「第1章 魂」には,ヤギになってみようとするまでの経緯が書いてあって,入り組んでいて読みにくいのだが,ヤギになることを決めた後の「第2章 思考」以下(第3章 体,第4章 内臓,第5章 ヤギの暮らし)は,抱腹絶倒の面白さがある。

例えば,第2章では,ヤギ行動学のエキスパート、アラン・マックエリゴット博士と次のような話をする。

「なぜ君はヤギになりたいんだ?」,「ええと,実はシャーマンに会いに行きまして,彼女が僕にヤギになれと言うんですよ~」, 「へえ,なるほどね」。一瞬の沈黙の後、彼は続けた。「なぜシャーマンに会いに行ったんだ?」,「実は,象になろうと思って行き詰まっちゃいましして」,「そりゃそうだろうね」,「敢えて質問するけれど、なぜ象になりたかったんだ?」 「ああ、象ね……。えっと,人間の存在とその考えの詰まった世界を重く感じちゃったんです。つまり,動物になった方がラクじゃん? って考えたんですよ。動物になれば悩みもなくなるんじゃないかって。いわゆる、人間特有の悩みっていうやつですが。ヤギは悩んだりするのかな?って思って」 「悩むね,実のところ、,自身はそれを〝悩む〟とは言わないけどね。不安になる……つまりストレスを感じるということだろう」。

その他,人間がヤギになる装置をつけてギャロップしようとすると鎖骨が折れる話,どちら(性別)のヤギになりたいのかという話,死んだヤギの解剖を手伝い動物は管とその付属機関であると認識したこと,草を食べて動物の消化器官内の液を自分の大腸に移植し,あるいは外部装置に入れて草を消化して食べようとして止められた話等々(まだまだあるので,気が向いたら追加しよう)。

ギャロップをすること,草を食べてみることも,テクノロジーを研究して乗り越えようとするが,うまくいかず,結局,実行したことは,体力を要する装置を動かし,短い期間ヤギと過ごし(一頭に気に入られた),アルプス越えをするという,体力勝負が前面に出た根性物語に近くなっている。その意味では,ウルトラマラソンやトレラン(「BORN TO RUN 走るために生まれた―ウルトラランナーVS人類最強の走る民族」(著者:クリストファー・マクドゥーガル )(Amazonにリンク),冒険譚(「人間はどこまで耐えられるのか」(著者:フランセス・アッシュクロフト)(Amazonにリンク)を読む面白さがある。

ただこれらの試みは,人間と動物を別物としているわけではない。人間を動物の一亜種としてとらえ,動物になることで動物である人間をよりよくとらえようとしているのである。しかしイギリス人は,面白いことを考え,実行するなあ。これが「文化」だろうね。

 

 

気になっていたこと

「哲学入門」と「The Roots of Reason」

気になっていたこと

誰でも,どうでもいいことが気になり,忘れられないことがある(大事なことで忘れることは無数にあるが)。

私の場合,そのひとつに,戸田山さんが「哲学入門」で,David Papineauが挙げる認知デザインは6段階あるとしながら,4,5段階(6段階目は人間)については重要でないとして,まったく触れておらず,それが何か気になって仕方なかった(ググっても見つけられなかった)。それで2018年9月にそれが書いてあるはずの「The Roots of Reason: Philosophical Essays on Rationality, Evolution, And Probability」(Amazonにリンク)を買おうと思ったが,一口では言えない手際の悪さで,間違って,高額なKindle本の「Thinking about Consciousness」を買ってしまった(「「哲学入門」を読む 2」)。

それでめすっかりげていたのだが,半年余りが経過し,なにがあったのか,上記の経緯もすっかり忘れてしまったので,改めて古本で「The Roots of Reason」を買ったのである。

認知デザインの6段階は何か,その他

戸田山さんは第1段階からはじめるが,David Papineauは,Lebel 0からだ(第3章の「The Evolution of Means-End Reasoning」にある)。人間に至る5段階は,以下のとおりである。

  • Lebel 0 Monotoma-Do R
  • Lebel 1 Opportunists-If C,do R
  • Lebel 2 Needers-If C and D,do R
  • Lebel 3 Choosers-If Ci and Di,do Ri, when Di is the dominant need
  • Lebel 4 Learners-after experience shows that Ci,Di and R lead to reward,then(as before):If Ci and Di,do Ri, when Di is the dominant need

分かったからなんということはないが,とりあえず一安心。せっかくだから,「The Roots of Reason」(論文集だが)を読もうと思ったが,どうも最近(年をとってきたからという意味だが),古本のほこり(ダニ)に弱く,かゆくなってきてたまらない。まずは,アルコール噴射,そして虫干しだ。

ところで「哲学入門」を読む 2」には,目的手段推論は英語で何というか気になるので確かめたいとも書いているが,そのことはすっかり忘れていた。これは多分,章題の「Means-End Reasoning」だろう。ついでに,この記事の末尾に「「啓蒙思想2.0」を手にしたところ,「直感」と「理性」の正確な分析とその使い途を踏まえ,「政治・経済・生活を正気に戻すために」どうすればいいのかについて詳細な検討がされていることに気がつき,興味津々,今の「情況」を切り拓く手掛かりになりそうだ,次はこれを紹介しよう」とあるが,これも忘れていた(というより,これは試みていたが,そのままになってしまった。細目次がない本は本当にやりにくい)。

自立

分業と自立,若者の自立

ところで年をとってきて古本のほこり(ダニ)に弱くなった関連で話は飛ぶが,最近よく「自立」ということを考える。

もともとは,「この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた」(著者:ルイス ダートネル )(Amazonにリンク)や,そこでも引かれている「ゼロからトースターを作ってみた結果 」著者:トーマス トウェイツ)(Amazonにリンク)(この本は「現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論」(著者:瀧澤弘和)(Amazonにリンク)で「われわれの文明がいかに分業と交換の複雑なシステムで構成されているのかがわかる。しかも、この複雑な依存関係は、比較的簡単な人工物自作できないほどのものなのだ」として紹介されている)で,われわれはある日,文明(分業と交換)がなくなると,何ができるのだろう,われわれは,他者(文明・分業)に依存せず世界から何を引き出せるのだろうという文脈で考えていたことである。

さらに古くは,「自立」は,「自立の思想的拠点」(著者:吉本隆明)で,私の気に入っていた観念であったが,久しく忘れていた。これも忘れていたが,高橋和巳にも「自立の思想」という本もあった。政治的文脈はともかく,昔の若者(であった私)にとって「自立」は,いかにも魅力的な観念であった。

中高年の自立

でも今「自立」は,中高年こそ考えるべきことであろう。

高齢者にとって,その生活と行動の「自立」は切実な問題である。私が今準備している「高齢者の法律問題」の項目に,私にとっても切実な,生活と行動の「自立」を加えて考えていこう。

更に中年(壮年)にとっては,自分は社会の「分業と交換」においてある重要な役割を担っていると自負していても,ある日そこから引きはがされたときに,形は変わっても同レベルのことができるのかという問いかけこそ,「自立」の問題であろう。特に「PC・IT・AI」の時代に,何によって「自立」できるのか,若者は,とりあえず「起業」というスタイルを用意している(「THE END OF JOBS 僕たちの20年戦略 」(著者:テイラー・ピアソン)(Amazonにリンク)。

ビジネスでよく見かける中年(壮年)のフレーズは,「培った人脈を生かす」であるが,問題はその人脈を生かして何ができるかということであろう。人脈そのものは,依存でしかない。

「自立」とは何か

少し話を急ぎすぎた。「自立」は,人の生活と行動(あるいは組織)全体を貫く問題であるが,「自立」という観念はどう捉えたらいいのだろうか。。

とりあえず私の「自立」とは何かについての仮説(概念整理)は,「世界と距離を保ち飲み込まれずに見る(理解する)ことができるということ」である。私はこのWebで「問題解決と創造」を」サブテーマにしているが,問題解決は,世界から降りかかってくることに対応することであり,(価値)創造は,世界に参加することであると位置づけられるだろう。そうすると私と世界の関係について,対応する,参加するほかに(前提としてというべきか),距離を保ち飲み込まれずに見る(理解する)ことがあるということである。問題解決,創造,自立という観念を回しながら,世界と関わるのは楽しそうである

これからはこのWebの「問題解決と創造」に「自立」という観点も含めて考えていこうと思う。そしてこれは多分,人間は,目的手段推論付きオシツオサレツ動物ということと重なっている。

 

連休を振り返る

連休の計画をたてはしたものの

今年のゴールデンウィークは,10日間ということで一念発起して何をするかの計画を立ててみたものの,なんせ,天気と,孫娘の気分,疲労度次第でその日の行動が決まるので,私の思いどおりにはいかない(なお私の予定は,月一回のCPUPのリース更新のための医者がよいと,家庭菜園の手入れだけだった。写真のような植物の成長には本当に感動を覚える)。

振り返ってみると,あまり遠出はしておらず,遠出したのは清水の「ちびまる子ちゃんランド」,海の公園での少し時期が早すぎた潮干狩りぐらいで,あとは近場か,家遊びだ。苔の盆栽づくりは,結局,鎌倉の苔の寺へは行かず,Amazonとコーナンで買った苔で済ませてしまったことが残念だ。

そんな感じなので,とにかく余った時間があれば,寝転んで,本に目を通していた。「高齢者」の法律問題や,「改正著作権」,「改正相続法」の把握,整理,太陽光発電の現状把握等のための読書も予定に入っていたが,4月22日に作成した「「問題解決と創造」を予習する」という記事(本記事)のフォローのための読書が中心になってしまった。

最近次々と膨れ上がる本の山(本当は検索も面倒になったKindle本)に耐えかねて,やっと,①身につけて運用したいこと,②焦点にして解読し関わりたいこと,③へえーと眺めていたいこと等に分けて読書してみようという気になってきた。まともな本読みなら当然にしていることだろうが,今までの私のように酒を味わう合間の読書では,どれも眺める読書になってしまう。自戒しよう。

「システム思考」と「行動分析学」

「身につけて運用したいこと」の最右翼は,「システム思考」と「行動分析学」だ(「ゲーム理論」も入れておいた方がよかった。)。

まず「行動分析学」からと思い,本記事では和書入門書としてもっとも入手しやすいと思われる「行動分析学入門-ヒトの行動の思いがけない理由」(著者:杉山尚子)(Amazonにリンク)を挙げ,これを頭にたたきこもうと思ったのだが,どうも挙げている例がしっくり来ず,ポイントの表現もずれているような気がして嫌になった。そこで急遽,「行動分析学 行動の科学的理解をめざして」(著者:坂上貴之)(Amazonにリンク)に切り替えたが,これは抽象的過ぎて,何を論じているかがわからない部分が多い。そこで「行動分析学マネジメント-人と組織を変える方法論」(著者:舞田 竜宣,杉山尚子)(Amazonにリンク)が,ある想像上の会社でおこる様々な事例に行動分析学の分析手法をあてはめて論じているので,行動分析学が何かが分かってくる(大したことではないなとも思うが,人はそれほど分かりにくいと考えれば,その意味合いが分かってくる。)。行動分析学はこの和書2冊を出発点にすればよい。

「システム思考」について,本記事で紹介している和書2冊(「なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?」,「もっと使いこなす!「システム思考」教本」(著者:枝廣淳子, 小田理一郎))はよい本だが,ドネラ・メドウズさんの本とか,「学習する組織」,「社会変革のためのシステム思考実践ガイド」等,読むべき本が目白押しだ。ソフトやプログラミングもやってみよう。だからこそ最初に,この和書2冊をしっかり頭に叩き込むのが迷路に入り込まない近道だ。

「こころ・行動」「思考・言語」「勉強法・読書法」

本記事では,その前に「こころ・行動」,「思考・言語」,「勉強法・読書法」,「英語・数学」を挙げている。「勉強法・読書法」,「英語・数学」が「①身につけて運用したいこと」であるのは当然だが,「こころ・行動」「思考・言語」も,「勉強法・読書法」,「英語・数学」,「システム思考」,「行動分析学」を支える基本となるし,その後の様々な問題へのアクセスの基本となるから「①身につけ展開される運用したいこと」である。

連休中に,フォローとして次のような本に目を通していた。

「こころ・行動」

「哲学入門」(著者:戸田山和久)について

  1. 「意味と意味と目的の世界」(著者:ルース・ギャレット・ミリカン)(Amazonにリンク
  2. 「Beyond Concepts: Unicepts, Language, and Natural Information」by Ruth Garrett Millikan(Amazonにリンク
  3. 「The Roots of Reason: Philosophical Essays on Rationality, Evolution, and Probability」by David Papineau(Amazonにリンク

ここはなかなかむつかしい。ⅱは,80歳を過ぎたミリカンの最新本だが,どうしてこのような頭の働かせ方ができるのか。ⅲは,オシツオサレツ動物の全部を知りたくて,注文中だ。

「思考・言語」

「進化教育学入門 動物行動学から見た学習」(著者:小林朋道)について

  • 「心の先史時代」(著者:スティーヴン ミズン)(Amazonにリンク

この本に分かりやすく「課題専用モジュール」のことが書かれている。ジェリー・フォーダー,ハワード・ガードナー,レダ・コスミデス,ジョン・トゥービー,D・ギアリー等の研究が紹介されている。

「チョムスキーと言語脳科学」(著者:酒井邦嘉)について

  1. 「統辞構造論  付『言語理論の論理構造』序論 (岩波文庫)」(著者:ノーム・チョムスキー)(Amazonにリンク
  2. 「ことばの分析から学ぶ科学的思考法―理論言語学の考え方」(著者:畠山雄二)(Amazonにリンク
  3. 「情報科学のための自然言語学入門」(著者:畠山雄二)(Amazonにリンク

「課題専用モジュール」の下位モジュールとして,脳内文法が考えられている。ⅱ,Ⅲは,どれだけ「科学的」なのか,実は私はまだ腑に落ちていない。

仕事について考えよう

本記事では,応用(対象)編として,「世界の諸相」,「日本文化」,「AI」,「デジタルな世界」と続くが,この連休中の読書では,応用(対象)編として,「仕事」に関わる「THE END OF JOBS 僕たちの20年戦略」(著者:テイラー・ピアソン)(Amazonにリンク)(The End of Jobs: Money, Meaning and Freedom Without the 9-to-5 by Taylor Pearson)(Amazonにリンク)を読んでみた。執筆時26歳という若い起業家である。

この本はなかなか道具立てが優れている(クネビン・フレームワーク,システム思考家ロン・デイヴィソンの「The Forth Economy」,ニコラス・タレブの「月並みの国」「果ての国」,ペリー・マーシャルの主張する「トラフィック」「エコノミクス」「コンバージョン」の3要素からなるトライアングル,ミハイ・チクセントミハイの「フロー体験」,「段階的起業法」(ステアステップ・メソッド)や「徒弟制度」(アプレンティスシップ)等々)。

これらを背景に,著者が,お金,自由,意味をもたらす「起業」を勧める情熱もわかるが,このレベルの話と,今後の世界の仕事がどうなるかというレベルは異なるので(企業内起業も含めても,多数が起業するわけではない),立体的な視野を持つ必要がある。

そこで,この本を立体的に読むために,まず,ニコラス・タレブとパーティーで隣り合ったことから本を書き始めたというドイツの企業家ロルフ・ドベリの次の本がよい。頭がクリアになる。翻訳書名が紛らわしいが,最新の「Think clearly」の英書の題名は「The Art of the Good Life」であり,第1作目の「なぜ,間違えたのか?」の英書名が「The Art of thinking clearly」である(と思う)。ただ,後者は,ドイツ語版からの翻訳であり,登載されているエッセイ数が全く違うので(共通するエッセイもある),その関係はよくわからないが,ドイツ語版には,未邦訳の1冊があり,それが関係しているのかも知れない。

そして私の「仕事」と世界の「仕事」の構造の両方を捉えている次の本を熟読するのがよい。

  1. 「ネクスト・ソサエティ 歴史が見たことのない未来がはじまる」(著者:P・F・ドラッカー )(Amazonにリンク
  2. 「フラット化する世界-経済の大転換と人間の未来」(著者:トーマス・フリードマン)(Amazonにリンク
  3. 「遅刻してくれて,ありがとう 上・下」(著者:トーマス・フリードマン)(Amazonにリンク)
  4. 「デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか」(著者:ライアン エイヴェント)(Amazonにリンク

ⅰは2000年初頭まで,ⅱは2007年まで,ⅲ,ⅳは,その後の動きを捉えている。富も視野に入れているのが,ⅳだ。しかしドラッカー は本当によくものが見える人だ。改めて感心する。

最後に大事なことを書いておこう。あれもこれも目を通さず,焦点を絞ること。

 

 

「問題解決と創造」を予習する

「問題解決と創造」を予習するための虎の巻

「問題解決と創造に向けて」は,徐々に内容が整いつつあるが,一方で次第に長大化しており,ある部分の記述,検討が,全体の中でどういう意味合いを持つのか,その位置付けが分からないことや,そもそも何を解決しようとしているのかが分からなくなることもある。そこで,そもそも 「問題解決と創造」では,どういうことが問題となるのか,何が分かっていればいいのか等々,あらかじめ全体を概観し,予習するための本を集めてみた(虎の巻というには,みんな立派な本だが,できるだけ日本人著者の本にした。)。

これらは,「問題解決と創造に向けて」における構成とは異なり,総論としての,「こころ・行動」,「思考・言語」,「勉強法・読書法」,「英語・数学」(ただしこれは人それぞれだろうから,省略する),各論としての「システム思考」,「行動分析学」,「世界の諸相」,「日本文化」,「AI」,「デジタルな世界」という構成にした。

ここで取り上げた本は,暫定的なものではあるが,私としては当面,いつも参照したいものなので,これらについては少し丁寧に「本の森」で紹介していくことにしたい。

一方で「思考・言語」で,「チョムスキーと言語脳科学」を取り上げながら,「行動分析学」に重要な位置付けを与えるのはどうかという人もいるだろうが,当面これで行きたい。又「日本文化」の「ヒト 異端のサルの1億年」は,最後の3章の「ホモ・サピエンスの起源」,「最後の漁撈採集民,日本人」,「ほほえみの力」が日本人の起源について興味深く,これと「漢文の素養」で日本文化を語ろうという無謀な試みだ。

「世界の諸相」や,「デジタルな世界」の考察は,やはりグローバルな視点がないと追いつけそうもない。日本人著者によるものはわずか一書になってしまった。 

本の紹介

こころ・行動

  • 「哲学入門」(著者:戸田山和久) (Amazonにリンク)(本の森)
  • 「「こころ」はいかにして生まれるのか」(著者:櫻井武)(Amazonにリンク)(本の森)

思考・言語

  • 「進化教育学入門 動物行動学から見た学習」(著者:小林朋道)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「チョムスキーと言語脳科学」(著者:酒井邦嘉)(Amazonにリンク)(本の森)

 勉強法・読書法

  • 「進化する勉強法:漢字学習から算数、英語、プログラミングまで」(著者:竹内龍人)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「「読む」技術~速読・精読・味読の力をつける~」(著者:石黒圭)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「国語読解・要約法」(著者:谷田貝常夫)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「読書は1冊のノートにまとめなさい[完全版] 」(著者:奥野宣之)(Amazonにリンク)(本の森)

英語・数学

 省略

システム思考

  • 「なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?―小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方」(著者:枝廣淳子, 小田理一郎)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「もっと使いこなす!「システム思考」教本」(著者:枝廣淳子, 小田理一郎)(Amazonにリンク)(本の森)

行動分析学

  • 「行動分析学入門-ヒトの行動の思いがけない理由」(著者:杉山尚子)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「自由と尊厳を超えて」(著者:B/・・スキナー)(Beyond freedom and dignity by B.F.Skinner」(Amazonにリンク)(本の森)

世界の諸相

  • 「ありえない138億年史~宇宙誕生と私たちを結ぶビッグヒストリー」(著者: ウォルター・アルバレス)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「ビッグヒストリー入門」(著者:デヴィッド・クリスチャン)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「FACTFULLNESS」(著者:ハンス・ロスイング)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「2052~今後40年のグローバル予測」(著者:ヨルゲン・ランダース)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「巨大システム 失敗の本質―「組織の壊滅的失敗」を防ぐたった一つの方法」(著者:クリス・クリアフィールド, アンドラーシュ・ティルシック)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「50~いまの経済をつくったモノ」(著者:ティム・ハーフォード)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「遅刻してくれて,ありがとう~常識が通じない時代の生き方(上)」(著者:トーマス・フリードマン)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「遅刻してくれて,ありがとう~常識が通じない時代の生き方(下)」(著者:トーマス・フリードマン)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」(著者:ルイス・ダートネル)(Amazonにリンク)(本の森)

日本文化

  • 「ヒト 異端のサルの1億年」(著者:島泰三)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「漢文の素養~誰が日本文化をつくったのか?~」(著者:加藤徹)(Amazonにリンク)(本の森)

 AI

  • 「未来IT図解~これからのAIビジネス」(著者:谷田部 卓)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン 機械学習・統計学・アルゴリズムをやさしく解説」(著者:梅田弘之)(Amazonにリンク)(本の森)

デジタルな世界

  • 「アフターデジタル~オフラインのない時代に生き残る」(著者:藤井保文)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか 労働力余剰と人類の富」(著者:ライアン・エイヴェント)(Amazonにリンク)(本の森)
  • 「デジタル・エイプ~テクノロジーは人間をこう変えていく」(著者:ナイジェル シャドボルト,ロジャー ハンプソン)(Amazonにリンク)(本の森)

 

「AIと弁護士業務」の執筆状況報告

原稿を執筆する

先日ある法律雑誌から,「AIが進展する中で弁護士業務はどうなるのか」というテーマについて原稿の執筆依頼を受けた。私は「AIと弁護士業務」について昔から興味はもっているが,このWebでは目についた本や催しを取り上げて,その時々,感想を述べているだけで,網羅的,かつ学問的な内容の原稿はどうもと思ったのだが,「それならちょうどよい,締め切りは来年の2月末なので充分に時間はある」といわれ,その気になってしまった。

考えてみればこのWebのPC・IT・AI関係の記事についても,「あれをやろう,これを書こう」とそのままになっていることも多いので,「AIが進展する中で弁護士業務はどうなるのか」いうことに焦点を当て,時間をかけてあれこれつぶしていくのも面白いだろうと思いはじめた。私は百名山登山のように「つぶしていく」のが好きだし,頭が整理できると気持ちがよい。

もっとも締め切りが近づいてくると焦るかもしれないが。それはそのときだ。

ただ酔生夢死のまま,来年の2月を迎える危険性も大いにあるので。折に触れて原稿の構想,調査,執筆等々の進捗状況を記事にしていけば,何がしかの役に立つだろうと思い立ち,第1回目の「執筆状況報告」をすることにした。まず「AIが進展する中で弁護士業務はどうなるのか」というテーマについての分析視角をこわごわと言葉にしてみよう。

問題の分析視角

AIとは何か-AIは仕事に何をもたらすのか

まずAIとは何かを,イメージや自然言語だけではなく,PC,IT,AIの技術的基礎を踏まえてしっかりと把握すること,そしてAIが仕事-人や組織の思考と行動-に何をもたらすことができるかを「進化的適応」,行動科学,脳科学,複雑系科学等を踏まえて理解することが必要だろう。ここまでは助走である。

さてAIの開発は現在「驀進中」だし,人によってとらえ方も様々だが,私はPC,IT技法の進化系であるととらえたいと思っている。そのようにとらえたとき,AI技法は,人びとの仕事(ここでは知的作業を問題にする)にどのような変革をもたらすことができるのか(ここは,「デジタルトランスフォーメーション」の議論が関係する(このサイト上の記事にリンク)。

システム思考に関連して,カネヴィンフレームワークという複雑な問題群の捉え方があり,問題の因果関係に着目して,単純系,煩雑系,複合系,カオス系に類型化する。これを前提とすると,AIは煩雑系,複合系についての因果関係を整理,予測して,これに関わる仕事をかえることができるだろう。

ただAIを待っていれば天から何かが降ってくるわけではなく,自分から呼び込み,使いこんで仕事の現実(非生産性)を変えて行く気持ちが必要だろう。実は現状のPC・IT技法でも,単純系,煩雑系ではできることはたくさんあるのに,できていないというのが実際だろう。

弁護士業務のモデル化とAI

弁護士業務を個別的な作業(調べ,考え,読み,書く)に分解してみると,知的作業としてさほど特異なものではない。したがって,外国では弁護士はAIで淘汰されるであろうという議論も多いが,その具体的な内容に着目すると,法を「解釈」し,事実を認定し(法的推論である),人を説得するという一連の行為は,当面は,AIに置き換えがたいものが多い。一方,調べ,考え,読み,書くという個別的な作業そのものについては,AIの活用により劇的に変革される可能性が大きいだろう。

AIによる,政府と弁護士業務の変容

以上は割と無難な議論だが,問題はAIが予想もつかない形で社会のあり方を変え,それが政府の「法に基づく支配」や,弁護士の役割を変容させる可能性も大きいと思われることである。

弁護士がAIによってブラシュアップして待っていても,いつしか弁護士業務への需要が低下するということも大いにあり得るだろう。ただよりよい「ルール」を現実化し,事実を推論するという能力は,社会にとって必須と思われるので,弁護士業務の内容は変容しつつ,弁護士という仕事は残るかもしれない。

あれこれ第1案として考えてみた。

PC,IT,AIの技術的基礎の本

上記とは関係ないのだが,Kindle本が安くなっていたので最近買ったPC,IT,AIの技術的基礎の本を,備忘のため掲記しておく。

  • 「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン 機械学習・統計学・アルゴリズムをやさしく解説」(著者:梅田 弘之)
  • 「帰宅が早い人がやっている パソコン仕事 最強の習慣112」(著者: 橋本 和則)
  • 「Windowsでできる小さな会社のLAN構築・運用ガイド 第3版」(著者:橋本和則)
  • 「DNSをはじめよう ~基礎からトラブルシューティングまで~ はじめようシリーズ」(著者:mochikoAsTech)
  • 「先輩がやさしく教えるシステム管理者の知識と実務」(著者:木下 肇)
  • 「よく解る!世界一やさしい 超パソコン入門用語」(著者:パソコン用語研究会)

AIにつながる数学とプログラミングの基本の本

前置き

続・ゲームへのコンタクト」に掲載した「「ゲーム情報学概論」(の第Ⅱ部,Ⅲ部)と「最強囲碁AIアルファ碁解体新書」を理解するために,いったん「コンピューターにできること,AIにできること」の迂回したが,さて「AIにつながる数学とプログラミングの基本の本」を勉強しよう。この記事は,単に書名を紹介するだけだ。

「急がばまわれ」?

ところで,私は前に「ツールとしての統計学」という記事を作成し,次のように記載した。

統計学は,数学的な処理を前提とするので,数学的な素養も必要だ。

そこで私は,今後,まず,「計量経済学の第一歩―実証分析のススメ」(著者:田中隆一)を頭に入れて,「改訂版 経済学で出る数学: 高校数学からきちんと攻める」(著者:尾山大輔他),「経済学で出る数学 ワークブックでじっくり攻める」(著者:白石俊輔 )を勉強しようと思っている。それに加えて「大学初年級でマスターしたい物理と工学のベーシック数学」(著者:河辺 哲次)がほぼ理解できれば,私が通常読む本の数学的な処理については,問題がなくなるだろう。急がばまわえれだ。

しかし,どうもいまだ常用するほど「大学初年級でマスターしたい物理と工学のベーシック数学」を理解したとはいいがたい。

そこでもっと「数学とプログラミングの基本の本」にさかのぼろう。

数学の基本の本

  1. 「数学大百科事典 仕事で使う公式・定理・ルール127」(蔵本 貴文 )(Amazonにリンク)
  2. 「その問題、数理モデルが解決します 」(浜田 宏)(Amazonにリンク)
  3. 「いつでも・どこでも・スマホで数学!- Maxima on Android活用マニュアル」(梅野善雄)(Amazonにリンク)

ⅰに目を通して復習しながら,ⅱに行こう。ⅲは,様々な計算ができるアプリの解説本だ。

プログラミングの基本の本

  1. 「小学校でプログラミングを教える先生のためのコンピュータサイエンスの基礎-隙間時間を使って1ヵ月でマスターする」(渡辺毅)(Amazonにリンク)
  2. 「教養としてのプログラミング的思考-今こそ必要な「問題を論理的に解く」技術」(草野 俊彦)(Amazonにリンク)
  3. 「独学で身につけるためのプログラミング学習術」(北村拓也)(Amazonにリンク)
  4. 「プリンシプル オブ プログラミング-3年目までに身につけたい 一生役立つ101の原理原則」(上田勲)(Amazonにリンク)

これは順番に目を通せばよさそうだ。ⅰを見ればわかるように,なんせ,来年から小学校でプログラミングを教えるそうで,さあ,焦ろう。

 

 

 

 

コンピューターにできること,AIにできること

AIにできること

続・ゲームとのコンタクト」で挙げた「ゲーム情報学概論」や「最強囲碁AIアルファ碁解体新書」をしっかりと読み込んでAIを理解するためには,基礎的な数学とプログラミングの知識が必要なので,「AIにつながる数学とプログラミングの基本の本」を探してピックアップだけでもしておきたいと思っているが,その前に,人の知能とAIを,数学とプログラミングの観点から明解に論じている新井紀子さんの「コンピュータが仕事を奪う」を押えておいた方がいいと思い,触れておくことにする・

ところで,私が賛同する戸田山さんの,人間は「目的手段推論というちょっとした拡張機能つきのオシツオサレツ動物」であるというモデルにおいて,まず①「オシツオサレツ動物」がどのようなメカニズムによってどのように機能しているか自体まだほとんどわからないし,②ましてや「「目的手段推論というちょっとした拡張機能」はもっとわからない,ただ③「推論」(計算)そのものについては,数学・論理学で相当解明できており,数学とプログラミングはまさにその範囲の問題である。

これを極めて単純化して現状を理解すれば,コンピューター,AIによって,Ⅰ.①と②について,因果関係を解明してモデル化して「推論」(計算)するのは,今後できるともできないともわからないが,Ⅱ.今,ハードの性能向上と「推論」(計算)の工夫によって,これに帰納的に接近しつつある。ただ,「推論」(計算)における指数爆発は,いかんともしがたい壁であるが,これも分野によっては工夫できる可能性があるということになろうか。

「ゲーム理論」へ飛び火する

その中で新井さんが指摘する「どんな複雑なゲームにも,ナッシュ均衡点が必ず存在することが数学的に証明されています。そのため,少なからぬ経済理論の文献において,その不動点にプレーヤーが到達する(はず)であることを前提として話が進められています。しかし「情報科学の専門家の多くは,ナッシュ均衡の話を聞けば聞くほど,「それはおかしい」と思います。なぜなら,プレーヤーが均衡点を計算するには時間がかかるからです。それは,計算が速い人も遅い人もいる,という単純な話にとどまりません。仮に,均衡点を計算するのに指数時間かかるとしたら,地球滅亡の日まで計算し続けても,計算が終わらないかもしれないのですから。しかも,ナッシュ均衡の計算アルゴリズムはどれも指数爆発を伴うものばかりだったからです。数学的に「存在する」ということと「計算して,それを手に入れることができる」ということは,まったくの別物です。そして,実際に,ナッシュ均衡の計算困難性に関する情報科学者の直観は正しかったのです。2009年に,クリストス・パパディミトリウらは,ナッシュ均衡の計算は(2人ゲームの場合であっても)NP困難な計算問題だとみなしてよいことを証明しました。悪いことに,その近似を計算することも,同程度の計算困難さを持つため,「ナッシュ均衡に現実的な時間内にたどりつくことは,一般的には不可能」であることが示されたのです。ナッシュ均衡は存在しても、多くの場合たどりつけない」ということは,経済学の根幹を揺るがす大問題であることを考えると,もっと注目されてよい気がします。」とさらりと書いているが,これは本当なのだろうか。

新井さんの本

新井さんは,「目的手段推論というちょっとした拡張機能つきのオシツオサレツ動物」という観点は持ち出さないが,実質的に,これに近い発想をしていると思う。

「コンピュータが仕事を奪う」を読む

ところで私は新井さんの次の4冊を購入している。

  1. 「コンピュータが仕事を奪う」(Amazonにリンク
  2. 「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(Amazonにリンク
  3. 「人口知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」-第三次AIブームの到達点と限界」(Amazonにリンク
  4. 「数学は言葉」(Amazonにリンク

ⅰは,コンピューター,AIに出来る仕事には人はいらなくなるでしょう,ⅱは,人がコンピューターにできない仕事(身体的なものでなければ,意味を理解する仕事をする)といっても,どうも若い人に意味を理解する「学力」が失せつつあるようだ,Ⅲは,限界はあるが,すでにAIの「学力」は,若い人が意味を理解する普通の「学力」を上回っているようだ,さてこれからどうなるんでしょう,というようなところだろうか。ⅳは,文字通り,数学こそ「共通語」であるという観点からの数学のすすめだ。

この記事では,ⅰⅱを紹介しようと思うが,今日の時点(平成31年2月20日)の時点では,両書の詳細目次だけ掲載しておく。

 

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