社会の行方を読む本

未読・半読・一読の本 3 (180607)

最近,コーポレートガバナンスについての本を読み,派生してドラッカーにいき,更にこのWebに手を入れたりで,なかなか購入済みの本を読めないが,たまたまこの2,3日で,Kindleストアを検索していて,今後の社会がどうなるかについて書かれた(のであろう)「面白そうな本」を4冊見つけた。未読の本がたまっているので全部は購入はしていないが,落ち着き次第,購入して目を通してみたい。したがって現状はほとんど未読の本なので,この投稿は備忘という趣旨でとなる。

いずれもIT化,テクノロジー,グローバリゼーションを軸に,世界経済,社会,人間のこれからを考察した本であり,サンプル部分を読み,目次を一覧するだけでも興味深い。いずれもそこそこの値段がするが,Thank You for Being LateのKindle本だけは,1000円ちょっとである。

4冊は,以下のとおりである。

遅刻してくれて、ありがとう

遅刻してくれて、ありがとう(上) (下)常識が通じない時代の生き方 

著者:トーマス・フリードマン

原書

Thank You for Being Late: An Optimist’s Guide to Thriving in the Age of Accelerations  By Thomas L. Friedman

目次

Part1 熟考

1 遅刻してくれて,ありがとう

Part2 加速

2 2007年にいったいなにが起きたのか /3 ムーアの法則 /4 スーパーノバ /5市場 /6母なる自然

Part3 イノベーティング

7 とにかく速すぎる /8 AIをIAに変える /9 制御対混沌 /10 政治のメンターとしての母なる自然 /11 サイバースペースに神はいるか? /12 いつの日もミネソタを探して /13 故郷にふたたび帰れる(それに帰るべきだ)

Part4 根をおろす

14 ミネソタから世界へ,そして帰ってくる /〈その後〉それでも楽観主義者でいられる

シャルマの未来予測

シャルマの未来予測 これから成長する国 沈む国

著者: ルチル・シャルマ

原書

The Rise and Fall of Nations: Ten Rules of Change in the Post-Crisis World By Ruchir Sharma

目次

プロローグ ジャングルの奥地へ

序章 有為転変――国家の盛衰を見抜く10の評価基準

第1章 【人口構成】 生産年齢人口が増えているか――ロボットは人口減少への救世主になる

第2章 【政治】 政治サイクル――改革者はいつ俗物に変わるのか

第3章 【格差】 良い億万長者、悪い億万長者――お金持ちを見ればその国の将来が分かる

第4章 【政府介入】 国家による災い――政府の干渉が増えているか、減っているか

第5章 【地政学】 地理的なスイートスポット――地の利を最大限に活かしているか

第6章 【産業政策】 製造業第一主義――投資の対GDP比率は増えているか、減っているか

第7章 【インフレ】 物価上昇を侮るな――住宅価格の上昇率が経済成長率を上回り続けていないか

第8章 【通貨】 通貨安は天使か、悪魔か――経常収支赤字の対GDP比が3%以上、5年連続なら要警戒

第9章 【過剰債務】 禁断の債務バブル――債務の伸び率は経済成長率より高いか、低いか

第10章 【メディア】 「過剰な報道」の裏に道あり――メディアから見放された時が絶好のチャンス

第11章 優秀、平均、そして劣等――注目国の将来展望を格付けする

拡張の世紀

拡張の世紀―テクノロジーによる破壊と創造

著者:ブレット・キング

原書

Augmented: Life in The Smart Lane By Brett King

目次

序章 スマート化された生活

第1部 ディスラプションの250年

第1章 テクノロジーによるディスラプションの歴史 /第2章 「拡張」の時代 /第3章 姿を消すコンピューター /第4章 ロボットの優位性

第2部 スマート・ワールドの進化の仕方

第5章 Human 2.0/第6章 人間の「拡張」/第7章 ライフストリーム、エージェント、アバター、アドバイザー

第3部 「拡張」の時代

第8章 鉄道、航空機、自動車、住宅 /第9章 スマートバンキング、決済およびマネー /第10章 「拡張」世界における信頼とプライバシー /第11章 「拡張」都市とスマート市民 /第12章 新時代のエンゲージメント

世界経済 大いなる収斂

世界経済 大いなる収斂 ITがもたらす新次元のグローバリゼーション

著者:リチャード・ボールドウィン

原書

The Great Convergence  By Richard Baldwin

目次

序章

第1部 グローバリゼーションの長い歴史をざっと振り返る

第1章 人類の拡散と第一のバンドリング /第2章 蒸気革命とグローバリゼーションの第一のアンバンドリング /第3章 ICTとグローバリゼーションの第二のアンバンドリング

第2部 グローバリゼーションのナラティブを拡張する

第4章 グローバリゼーションの三段階制約論 /第5章 何が本当に新しいのか

第3部 グローバリゼーションの変化を読み解く

第6章 グローバリゼーション経済学の基礎 /第7章 グローバリゼーションのインパクトその変化を解き明かす

第4部 なぜそれが重要なのか

第8章 G7のグローバリゼーション政策を見直す /第9章 開発政策を見直す

第5部 未来を見据える

第10章 グローバリゼーションの未来

 

考えるべきこと2題

 

こういう本は楽しいのだが,ともすれば彼岸の話として「へえ-」で終わってしまうか,商売ネタにしようとスケベ根性を出してしまう。しかしIT化,テクノロジー,グローバリゼーションは,今後,しかももうすぐ,間違いなく私たち一人一人の生活・文化・仕事を直撃し,この国の企業と政府,さらには環境も直撃する。漠然と,社会,経済の問題と捉えるのではなく,生活,仕事,企業,政府,環境と,多面的に捉えたい。

せっかくアメリカの俊才が4冊もよりどりみどりで書いてくれているのだから,私たち個人と私たちが属する組織の問題として,いかに問題解決と創造に結び付けるかという観点で読まないともったいない。

ところでアメリカと言えば,トランプ氏の政治論は横に置くとして,貿易論はどうなっているのか。我が国も含めて政治家の奇想天外な言動に歯止めが掛からない。貿易については,最近出た「実証から学ぶ国際経済」が良さそうだ。これも追って紹介しよう。

易しい世界史の本を読む

未読・半読・一読の本 1 (180411)

いろいろな問題を考えるとき,それを世界史(これは文明発祥以降になるので,できれば「サピエンス史」を踏まえる方が視野が広がる。)の中に位置付けて考えることが重要だ。ただ世界史の迷路に踏み込むと出て来らなくなるので,ここでは,その「案内図」のさらに「概要」を頭に入れておくことを考える。

改めて知る国ごと、地域ごとにまとめ直した高校世界史(上・中・下)

改めて知る国ごと、地域ごとにまとめ直した高校世界史 増補版<上巻>,増補版<中巻> ,増補版<下巻>」(八尾師 誠(監修), 川音 強(著)は,高校世界史が,あちらこちらに飛びながら説明している錯綜する内容を,各国別(地域)別にまとめ,足りない部分は補足しているので,頭の整理にいい。

上巻は,西ヨーロッパ史,南ヨーロッパ史,中巻は,東ヨーロッパ史,北ヨーロッパ史,キリスト教史,北アメリカ史,中・南アメリカ史,オセアニア史,アフリカ史,下巻は,東アジア史,中央アジア史,南アジア史,東南アジア史,西アジア史という構成である。そして例えば,西ヨーロッパ史は,さらにイギリス史,アイルランド史…スイス史の,8国に分けられている。

西アジア史は,古代メソポタミア史,イスラーム帝国史,アラブ近・現代史,イラン史,トルコ史,ユダヤ民族史に分けるという工夫がされている。別にキリスト教史が設けられているのもいい。

R本は,1冊1944円であるが,KIndle本は,1冊900円なので,急いで買っておいた。今だけ安いのか,通常の価格設定なのかは分からない。ただKIndle本の目次のリンク等が今一つ使いにくい。

英語で読む高校世界史

あと,高校教科書『世界史B』(東京書籍・2012年版)の英訳版である,「英語で読む高校世界史 Japanese high school textbook of the WORLD HISTORY」は,英語圏の人と,知的な会話をしようとする場合に,手助けとなる。ただここまで来ることは大変だが。

その他,普通の高校世界史を読もうと思えば,「もういちど読む 山川世界史」がある。「世界史年表」(R本だが,地図も載っている。ただ字が小さい。)も身近にあった方がいいだろう。

ここから世界史は無限に広がる。逆にいえば,言いたい放題の混乱世界である。

 

世界史の中の経済史

歴史と経済

経済史」(著者:小野塚知二)は,必ずしも経済活動だけに焦点が当てられているわけではないが,文明,文化,思想,宗教等についての扱いが二次的になるのはやむを得ない。

ところで,つい最近まで,私たちの関心や知的エネルギーの多くは,文化とか思想や政治とかに割かれていたと思うのだが,今はそのほとんどが経済に割かれている。何か,情けない思いもするが,ただ経済といっても,誰もがお金儲けのことだけを考えているということではなく,文明,文化,政治,思想等を,人間の存続基盤である経済活動を通して整理して考えているというのが,実情に近いのかもしれない。

経済史はもちろん世界史の一部であるのだが,多様に変化する世界史の枠組みから経済史を見ると,問題が立体的にみえてくる。

経済と世界史

教養としての「世界史」の読み方」(著者:本村 凌二)は,ローマ史を専門とする本村さんが,世界史を,横断的に眺めた「歴史総論」とでもいうべきもので,とても面白い。特に「文明はなぜ大河の畔から発祥したのか」,「ローマはなぜ興隆し,そして滅びたのか」,「なぜ人は大移動するのか」,「宗教を抜きに歴史は語れない」を,特にお勧めしたい。

さわりを紹介すると,「文明はなぜ大河の畔から発祥したのか」の大きな要素は,大規模な乾燥化だそうだ。「アフリカや中東の乾燥化が進んでいったことで,そこに住んでいた人々が水を求め,大きな川や水の 畔 に集まっていきました。それがアフリカの場合はナイル川の畔であり,中東の場合はティグリス・ユーフラテス川の畔であり,インドの場合はインダス川の畔であり,中国では黄河や揚子江といった大きな川の畔だったのです。」「少ない水資源をどのようにして活用するかと,ということに知恵を絞る」(文字の使用等)ことが文明につながる。「日本は水に恵まれていたがゆえに,なかなか「文明」に至りませんでした」ということになる。

さらに著者は,「文明発展」の大きな要素の一つに馬の使用があるという。武力,馬力,情報の迅速な移動のいずれにおいても,馬は大きな意味を有している。馬がいなければ,人間はいまだ「古代世界」にとどまっていたかもしれないという。著者の競馬好きを差し引いても,なるほどと思わせる。

あと面白いのは,ローマ人と日本人の類似性の指摘だ(もちろんこういう指摘は,任意の2民族でいかようにも可能ともいえるが,しばし著者の言を聞こう。)。

「文明は,一度発達し始めると,なかなか一定段階にとどまっていられない性質があります。今あるものを工夫して,どんどん新しいものが生み出されていくわけですが,そのときより創意工夫をして,いいものを作り出した者が最終的に勝利することになります。このソフィスティケートしていくことが得意なのが,実はローマ人と日本人です」,「ここでとても大切なことは,ソフィスティケートする能力の真髄は,「ごまかさない」能力,つまり,正直さとか誠実さに根ざした能力だということです…日本がこの「ごまかさない」という一番大切なことを忘れた」結果,今の日本があるというロジックだ。このあたりになると「文明批評」だが,数ある「文明批評」のなかでは,本質をついているような気がする。これがイノベーションを支える基本的な資質だとすれば,我が国もまだ間に合う。

その他,この本は「アイデアをカタチに」する「創意工夫」が満載なので,そういう意味でも,お薦めしたい。

経済と日本史

日本史における市場を中心とする「経済史」を丹念にたどっているのが,「マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史」(著者:横山 和輝)である。そのような日本史を世界史の中で捉えようとするのが,「世界史とつなげて学べ 超日本史 日本人を覚醒させる教科書が教えない歴史」(著者:茂木 誠)である。いささかスケールが小さくなるが,今の私たちを理解するためには,いずれも必要な視点である。ただまだ十分に消化できていないので,とにかく書名と詳細目次をあげておきたい。

3冊の詳細目次を掲載しておく。

 

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イノベーションを志す人が社会を理解するための基本書8選-試論

※2018年3月14日に表題を変え,内容を一部修正した。

私たちがいる,今,ここにある世界を理解したい

私は昔から抽象的な思考が好きだったのか,面倒くさがりだったのか,一冊の本で,今,ここにある世界全体を理解したいという強い嗜好を持っていた。「これですべてがわかる」という売り込みに弱かったのだ。ただ読んだ直後は「この一冊」と思っても話はそこで止まってしまい,「この一冊」を活用して生きていくことにはなかなか結び付かなかった。というより,思い返してみて,本当にそんな一冊があったろうか?

今,社会は,複雑怪奇な問題に満ちあふれている。価値創造を目指してイノベーションを志す人が,足元が定まらないまま,つまらないことで足元をすくわれ,転倒してしまうことは日常茶飯事だ。私は若い頃から様々な「この一冊」に飛びつき,乗り換え,やがてそのような作業から離れ,また最近戻ってきたという,歴戦の失敗の雄だ。そのような観点から,最近,新たな「この一冊」を探してきた。

今までは,文科系オタクであった私の「この一冊」は,物語,宗教,思想,哲学等のジャンルの本にならざるを得なかったが,これからは,社会科学,自然科学の本になるだろう。「宇宙の究極理論」であれば誰でも知りたいだろう(ローレンス・クラウスの令名高い「偉大なる宇宙の物語―なぜ私たちはここにいるのか」及び「宇宙が始まる前には何があったのか?」は,その助走ともいえるだろ。)。ただ,私たちがいる,今,ここにある世界は,当然,自然(宇宙)の一部であるが,私たちがすぐにでも立ち向かわなければならないのは,人の集団から構成される社会だ。本当は自然あっての社会だろうが,私たちには,社会あっての自然と,倒錯して見えてしまう。だから「この一冊」の当面のターゲットは,社会科学であるが,社会は極めて複雑で,これを科学的に把握し,論理的に記述することは,自然に比して格段にむつかしい(上記の「宇宙の究極理論」は,自然とはいえ,さらにむつかしい。)。社会科学は最近やっと自然科学の足元ぐらいには追いついたといえるだろう。だからイノベーションを志す人が社会を理解するためには「この一冊」では済まないだろう。

私は,ここ半年ぐらい社会を理解したいなあという思いを中心に本を集め,そのような目的で年末年始までに目を通した本を「社会を理解する方法・ツールを探す-年末・年始の頭の旅-」にまとめたが,まだまだ道半ばだといわざるを得なかった。特に出発点の定め方がむつかしい。

しかし今回,試論(暫定版)ではあるがイノベーションを志す人が社会を理解するための基本書8選」を作成し,紹介してみることにした。

8冊は,経済を中心とした歴史や制度・ツールを理解するための「経済史」,経済を分析するツールである「マクロ経済学」と「ミクロ経済学」,これらに対する「複雑系ネットワーク」という観点からの捉え直し,経済を創造する人の活動を理解する「経営」と経済活動のフレームを作る「政治・行政」,人の経済活動を支える物質的な環境を形作る「自然科学」,最後に「人間の科学 社会の科学」という流れだ。それぞれについて「この一冊」のさわりだけ紹介することとし,詳細な紹介は後日を期すことにする,「今のところ,<No.1 経済史>と<No.8 決断科学のすすめ>には,Kindle本はない。

<No.1 経済史> 評価:◎

暫定的ではあれ,8冊にまとめてみようと思ったのは,「経済史」(著者:小野塚 知二)の存在を知ったからである。発売は18/2/1とあり,私は2/28に入手している。

この本は,農耕が開始されて以降の人間の経済活動を,そのような活動を支えた政治・社会や人のあり方,思想との関連で追っていく「経済史」であると共に,至る所で人と経済,社会,自然の全体的な関係をどう整理すればいいのかを執拗に問いかけ,回答,記述していこうとしており,読者の頭の中はどんどん整理されていく(はずだ)。ただそのような記述が,各所に散在しているので,その限りでは「わかりにくい」ところもあるが,あまり気にならない。

たとえば,財・サービスを生産する4つの関係として,投入された労働力が商品か,非商品か,産出された財・サービスが商品か,非商品かをあげ,商品―商品以外の領域(象限)については,市場で調整されていない,その規模は小さくないという指摘は,なるほどと思える(172~174頁,ただし元となるの整理は大沢真理とある。)。

あるいは,人の経済活動の外に,人間=社会の活動として,思想・宗教,知恵,技芸,力の4領域があるが,「むろん、複数の領域にまたがる活動はあります。たとえば、力の行使(戦や乱闘)にも思想や知恵や技の作用は不可欠ですし、また統治者の政策、経営者の戦略、市民運動や労働運動の活動方針など(いずれも現実に何らかの働きかけをして、課題を解き、よりよい状態をもたらそうとする行為の束)は、思想・宗教によって与えられる価値判断で方向性が定まり、知恵で過去と現状を正確に理解し、またありうべき将来を予測し、技芸を用いて現実の人間=社会や自然に働きかけ、そして力で人びとの振る舞いや立場を律することによってなされる総合的な行為群です。何らかの価値判断(何かを選び取り、何かを捨てること)を含まない「自然体の」政治や経営などありません…つまり、科学だけでは政策は立案できません。政策の方向性を決定するのは思想・宗教であり、実際に政策を実施するには技芸と力が必要です。また、技だけがあっでも、それを用いる向きが定まらなければ無意味ですし、現実を相手に技を行う力がなければ無効でしょう。むろん、思想にも科学にも技芸にも基礎付けられない力は、文字通り剥き出しの暴力であって、何ら望ましい結果をもたらさないことは明らかです。思想・宗教、知恵、技芸、力という行為の四領域を知っておくと、誰かが何か言い、また行うことが、どの領域に属しているのか、どの領域に基礎付けられているのかがわかるようになります。」(93,94頁)という記述も役に立つ。

そのほかにも目白押しだが,私はまだ十分に咀嚼して紹介できるほどには本書を読み込んでいないので,下手に紹介すると読者の意欲をそぐ可能性もあるのでやめておく(なお発売直後にも関わらずAmazonで高評価されている。今後,チャチャが入るだろうが。)。

たぶん今後一番議論を呼ぶのは,著者が「経済はなぜ成長するのかという問いに対して,本書は,まず,人とは際限のない欲望を備えた動物であるから,その欲望を充足し続ける-この欲望に際限はないので,充足してもまた新たな欲望が湧き起こり,それを充足する-ことが,経済成長の原動力だったのだという仮説を提示しました。そのうえで,前近代,近世,近代,現代の各時代について,際限のない欲望がどのようにして成長の原動力たりえたのかを考察しました」(512頁)と「際限のない欲望」という表現を出発点にしたことだろう。著者が,バナナの例を挙げているから困るのだが,著者自身は,「さまざまに際限のない欲望」と表現し,多様な対象,形態,程度での「際限のない欲望」を意識しているのに(29,30頁。ただしこの箇所は珍しく整理が不十分だ。),おそらく,「際限のない欲望」批判が横行するのではないかと思う。

いずれにせよ,この本は,経済論,社会論,政治・行政論,思想論,人間論全体の中で道を見失わないためのよくできたコメント付き「地図」として利用できる。この本を,十分に活用したい。ただし,パソコン,インターネット,AIで劇的に変わりつつある<いま>の経済の見立ては全く不十分であるし,例えば交換,分業による人の進化を追う「繁栄」(著者:マット・リドレー)と読み比べれば,人の経済史が,もっとメリハリをつけて理解できよう。

<No.2 中高の教科書でわかる経済学 マクロ編> 評価:〇

「経済史」で使用される様々な概念のうち,GDP,生産性,貿易,日本の経済成長,財政,経済・金融政策等々を理解するために「中高の教科書でわかる経済学 マクロ編」(著者:菅原晃)を紹介する。マクロ経済学の本は,ともすれば現在の世の中で横行している「謬見」を相手にせず,さらには現実とも遊離した「数学遊戯」になっている感があるが,この本はかなり戦闘的に「謬見」と戦おうとし,その根拠を「数学」ではなく,きちんとした学者の「監修」を経ているであろう中高の教科書(資料集)の記述を引用することで,説得材料にしているので,わかりやすい。内容に多少の疑問はあるが,8割ぐらいの記述はあっているのではないか。これで足りなければ,これをもとにさらにきちんとしたマクロ経済学の本に進めばいいだろう。この本は,日本の現実を意識しているが,足りない部分は「日本経済入門」というたぐいの本で補えばいいであろう。

<No.3 ミクロ経済学の力> 評価:◎

消費者行動,企業行動,市場均衡等の市場メカニズム,及びゲーム理論,情報経済学については,「ミクロ経済学の力」(著者:神取道宏)を紹介したい。

この本は,ミクロ経済学の中級テキストということだが,数学は分かり安い範囲に抑えられており,内容を一度で理解するのはつらいが,何度も反芻すれば理解し,応用できそうだ。

この本が素晴らしいのは,著者が問題を自分の頭で整理して考え,説明しようという誠実さに満ちていることだ。世評も高いし,私も高く評価する。早く何回も読んで,飲み込みたい。

<No.4   経済は「予想外のつながり」で動く>  評価:〇

No.2やNo.3の「経済学」については,その前提や,方法論に強い批判がある。ここでは「経済は「予想外のつながり」で動く」(著者:ポール・オームロッド)を挙げておく。この本の基本は,経済現象は複雑系であり,ネットワーク,特に急速に広がったインターネットを通じた中での「私たちの行動モデルは人びとに次のようなやり方で意思決定をさせる。人は他人の選択を見て,それを真似する。いろいろな選択肢がどんな割合で選ばれるかは、それぞれの相対的な人気の高さで決まる。これが基本原理だ。それに加えて、小さな確率で,人はランダムに選択を行うことがある。具体的には、人はそれまで誰も選ばなかったまったく新しい選択を行うことがある。」ということから,これまでの経済学では処理できないということが基本だろうか。

更にこのような視点から,No.5の経営戦略や,No.6の公共政策が多くの場合失敗することを分析しており,十分な有用性がある。ただし,繰り返しが多く,「複雑系ネットワーク」として基本的に押さえておくべきことの記述を端折っているので(英米の「教養書」らしいが),評価は一段落下げた。

複雑系の科学は,ネットワーク理論を含めて,まだ十分に理解されていないし,No.1~No.3とNo.4以下の経済学,経営学等々と十分に融合しているとは,いえない状況であろうが,マンデブロを紹介したナシーム・ニコラス・タブレの「ブラック・スワン」や「反脆弱性」,マーク・ブキャナンの一連の著作,ダンカン・ワッツの「偶然の科学」等が参考になるだろう。IT,AIを使いこなすためにも,必須の観点である。

<No.5 パーソナル MBA> 評価◎

「経済史」の現実を,マクロ経済学,ミクロ経済学によって,より科学的,論理的に理解すれば,次は,企業はどうやって儲けるんだろう,そもそも価値をどうやって創造すればいいんだろうという「ビジネス・経営」領域の問題になる。「ビジネス・経営書」はそれこそ世の中に満ち満ちているが,「この一冊」として,「Personal MBA」(著者:ジョシュカウフマン)を紹介したい。

著者は,みずから「勉強フリーク」と称するように,勉強する方法に極めて意識的であり(「たいていのことは20時間で習得できる」という著書もある。),アメリカで「Personal MBA」というサイトを開設し,99冊のビズネス書を公開して人気を博している。この本は,価値創造,マーケッティング,ファイナンス,販売,価値提供に分けて,ビジネス手法を要約,紹介すると共に,人間の心,システム思考に各3章を割り当てて詳細に検討している。学者の本ではないが,極めて水準の高い本であり,特に,「価値創造」は参考になる。

この本がいささか抽象的だと感じれば,わが国で現実に生きていく方法について論じた「幸福の「資本」論― あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」」(著者:橘玲)を紹介しておく。クセはあるが,実践的だと思う。

<No.6 行政学講義> 評価:△

「行政学講義~日本官僚制を解剖する」(著者:金井利之)については,すでに紹介した。私としては,政府の活動や制度(立法,行政行為)を,主として人の経済活動との関係で分かりやすく網羅的に検討した本を紹介したいのだが(基本的な検討は「経済史」でなされている。),現時点では,非常に癖はあるが,行政の諸相を網羅的に検討しようとしているこの本を紹介しておく。

<No.7 この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた> 評価:◎

「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」(著者:著者ルイス・ダートネル)(原書は,「The Knowledge: How to Rebuild our World from Scratch」)は,何らかの原因で「文明」が崩壊したとき,人はどう方法で生きていくことができるのかを,「思考実験」した本である。

内容は,崩壊時に残された材料を利用する猶予期間,この時期を経て,農業/食糧と衣服/物質/材料/医薬品/人びとに動力を──パワー・トゥ・ザ・ピープル /輸送機関/コミュニケーション/応用化学/時間と場所をどうやって活用できるのかという自然科学的実践論である。

農業といったって,種,土壌,道具等々,あなたは何も知らないのではないの?とまさにそのとおりである。動力,工業,通信等々,私にはすべて「ブラックボックス」である。そういう人は当然生き残れない。

この本は,自然科学実践論といってもいいかもしてない。ちゃんと私たちが向き合っている現実の自然環境,物質を知るためにも,必読書である。

<No.8 決断科学のすすめ> 評価:◎

「決断科学のすすめ」(著者:矢原哲一)」については,一度「私たちの不安」で簡単に紹介したことがある。この本は「持続可能な未来に向けて、どうすれば社会を変えられるか?」という問題意識にたち,そのためのリーダーを養成しようというプロジェクトのためにまとめられたお薦めできる優れた内容の本である」が,「個人が持続的に生活していくためにはどういう活動を営めばいいかという「身過ぎ世過ぎ」の観点が抜け落ちている」と指摘した。これについては,上記で紹介したNo.1~No.7の本によって,欠落部分はなくなる。

そうすると,この本で指摘され,論じられていることが,きわめて現実的,実践的になる。内容も多岐にわたり,非常に面白い。十分に活用できるだろう。

 

「行政学講義」を読む

~日本官僚制を解剖する 著者:金井利之

まず悪口をいいたい

この本は,本屋で手に取ってみて,内容が整理され,しかも情報量が豊富に見えたので,その場で買ったものだが,読もうとすると,極めて分厚くかつ字も小さかったので,リアル本を読むのは辛かった。調べるとKindle本があったので,早速買った(2冊買ったということだ。)。

しかしKindle本でもとても読みにくい。著者の文体には癖があり,省略,飛躍があって,表現がねじれているところが多い。また一般的でない概念も多用され,概念相互の関係もはっきりせず,一読しただけでは真意を汲み取り難い。図も多く掲げられているが,そこは要するに読んでもわからないところだ。

一番の問題は,最初の数十頁の「導入部」である序章に書かれている全体の構成の説明(見取図)が理解できないことだ。行政を内外と過程に,行政内外を,外側,内側に,行政過程を主体,作用に分け(詳細目次参照),これを組み合わせて,支配,外界,身内,権力という4つの「切り口」から分析するというのだが,その「切り口」の意味合いとその関係が,何度読んでもわからない。しかも,それぞれの「切り口」を更に4つの項目に分け,4×4に分けているが,その分ける基準が何なのか?ヘーゲルなら3つだよなと悪態をつきたくなる。

序章が全体の見取り図だということは,全体を読めばその意味が分かるだろうと気を取り直し,「第1章 支配と行政」「1 政治と行政」に進むことにするが,??の連発だ。

「支配」について,「「統治者と被治者の同一性」を民主体制とすれば,公選職の統治者(政治家)とその公選職の指揮監督を受けて統治の業務をこなす行政職員が必要となる。戦前体制は非民主体制であるから,統治者と被治者が分離し,統治者である天皇あるいは藩閥関係者があり,統治者の中での「下働き」が行政職員である」ということを基本モデルとして(多分),戦前体制-戦後という歴史的事実の中で,様々なことを論じている(ように思える。)が,あちこちに弾けるポップコーンのようで,論旨を追うのがつらい。大体このあたりでギブアップする読者が多いかもしれない。ただここのポップコーンは,珍しくておいしいものが多い。

本書を読み進める方法

この本を読み進めようと思ったら,「序章」の著者の言葉遣いを理解しようとせずに読み流し,「第1章 支配と行政」の支配の意味合いと書かれていることとの関係もなかなか飲みこめないので,目を通すだけにし,一挙に「第4章 権力と行政」に飛び,読んでみるのがよい。ここには行政がその目的達成のために用いる「実力」,「法」,「財政」,「情報」の方法について書かれており,ここは書かれていることは理解できるので,ここから読み進めるのがいいだろうか(でも「法力」「知力」といわれると引いてしまうが。)。

次いで前に戻り「第3章 身内と行政」は,要するに行政の組織について書かれているので,内容にあまり抵抗はない。貴重な情報が得られよう。更に前に戻り,「第2章 外界と行政」「1 環境と行政」には,地理,歴史,気象,自然環境,人口等,行政を取り巻く総論が書かれ,引き続き2で経済,3で外国との関係が書かれている。4にはアメリカとの関係が書かれている。2など,かなり特殊な観点から書かれた議論という気もするが,まあよしとしよう。ただ,4項目について同じレベルのことが書かれているわけではない。

最後に「第1章 支配と行政」も,「4 自由と行政」,「3 民衆と行政」,「2 自治と行政」と後ろから読み,最後に「1 政治と行政」を読むと,何となく,全体が読めたなあという感じだ。著者によれば,自由,民衆,自治,政治の中に価値があるそうだから,読み方もそれでいいのだろう。

これから

本書が豊富な材料を蔵していることは間違いないが,現実の分析より「ことば」での分析が目立つように感じること,経済論は買えないこと(私は,今[経済史]と「ミクロ経済学の力」のファンだ。),やはり叙述のつながりと関係が分かりにくいことから,本書が,行政を入口にして,政治,法,制度へ架橋できるツール足りうるか,もう少し検討したい。ただ偏屈おじさんの小言が好きな人にはたまらないだろう。

詳細目次

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日本経済の問題は生産性が低いことらしい

新・所得倍増論」を読む

~潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋 著者:デービッド・アトキンソン

著者 WHO?

「新・所得倍増論」(以下「本書」)の著者デービッド・アトキンソンはイギリスで生まれ,オックスフォード大学で日本学を学び,アメリカの金融機関で働いた後,来日,ゴールドマン・サックスでアナリストをし,退社後,文化財の会社を経営しているとのこと。本書は,著者のアナリストとしての分析的な手法と,日本での長い経験が活かされた,良書であると思う。著者は,2018年4月,日本生産性本部の「生産性シンポジウム」にパネラーとして出席した。このWebでも「日本生産性本部の「生産性シンポジウム」を聞く」として紹介した。

本書の中心はとても明解だ-日本の生産性は低い-

本書の中心となる主張はとても明解で,1990年ころ以降,日本の生産性が低いままであることから,これに起因してあらゆる経済,社会の難問が生じている,いまだににかつての日本経済の「栄光」から脱することができない人が多いが,日本経済が高度成長してきたのは,敗戦後の壊滅状態からスタートし,人口が多くかつ増加してきたという「人口ボーナス」があったからだというものだ。。

生産性で見た場合,「敗戦後の復興は1952年から加速し,生産性は1977年にもっともアメリカに近づいた。その後は,アメリカと同程度の向上を見せている。」。「日本の生産性は1990年,GDP上位5カ国の真ん中の第3位だったが,1998年にはフランスに,2000年にイギリスに抜かれ,第5位にランクを下げた。」。「世界銀行が公表している数字によると,日本の生産性は世界で27位だが,1990年には10位だった。」。このように「日本の生産性は相対的にかなり低くなっているが,もともとは他の先進国と同じレベルだった。それが「失われた20年」によってギャップが発生し,1人だけ置いてけぼりになってしまったというのが本当のところである。」。「もうすぐ韓国に抜かれ,アジア第4位になりそうだ。」。

生産性は,GDPについて,一人当り,労働者一人当り,労働時間当たりというような算定があるだろうし,かつ政府支出はそのままGDPに算入するというようなこともあり,細かく考えるといろいろ問題があるだろうが,為替調整(購買力調整)後の上記数字が大きく誤っているということはないだろう。

本書は,この事実を,日本でなされている様々な「言訳」に繰り返し繰り返しぶつけて,くどいほどだが(その結果,かえってわかりにくくなってさえいえる。),おそらくこれは,日本でこのことを何度述べても,あれこれと反論され,素直に受け入れてもらえないという苦い経験に基づいているのであろう。

生産性が低いのはなぜか

以下の記述は,著者の上記の指摘を受け入れつつ,私なりに捉え直したたものだ。なお本書には,いろいろと面白い指摘があって(ものづくり大国,研究開発費,農業,日本型資本主義,女性の低賃金等々),整理してまとめたいと思うが,とりあえず本稿では概要にとどめたい。

著者の指摘のとおり日本経済の生産性が低いことは間違いないだろう。しかし本書はそうであるからこそ,日本経済の素質(労働者の能力,技術力,教育,文化,治安,自然環境等々)からして現状には大きな「伸びしろ」があるという。そうすると問題は,我が国の生産性が1990年ころからほとんど上がっていない原因を見極め,それに対応できる者が対応していくということであり,それができないとこのままずるずると滑り落ちてしまうということだ。

1989年末に株価が最高値をつけ,その後「バブル崩壊」があったが,その最初の頃に生産性の低迷に影響があったとしても,「失われた20年」の問題はそういうことではないだろう。その後,世界中で「バブル崩壊」,「リーマンショック」があったが,各国は都度立ち直り,先進国で,いつまでも生産性が低いのは日本だけだ。

原因として思い当たるのは,Windows3.1の発売が1992年であり,その後,急速にインターネットが普及して世界のビジネスは大きく変わったが,日本ではITを活用することで働き方を変えることができていないことが一つだろう。本書はニューヨーク連銀の「報告書」の”To successfully leverage IT investments, for example, firms must typically make large complementary investments in areas such as business organization, workplace practices, human capital, and intangible capital.” (IT投資の効果を引き出すには、企業が組織のあり方、仕事のやり方を変更し、人材その他にも投資する必要がある)を引用して,このことを指摘する。面白いのは,著者は,今までの仕事のやり方にITをあわせるのではなく,ITが生きるように,仕事のやり方を変えることを主張していることだ。

組織のあり方、仕事のやり方を変更することができないのは,本書によれば,役所,企業を問わず「現状維持」が至上命題になっていて,改革しようとしないからである。それを支えるのは,敗戦からバブル期に続く成功体験であろう。待っていればうまくいくと思って20年がたってしまった。その間に,政府の財政は最悪の状態となり,社会保障は破綻寸前である。

生産性をあげるにはどうするのか

当然だが,言うは易く,行うは難しであるが,誰が何をすべきなのかと観点で考えるべきであろう。

企業は,法人(経営者と労働者)と個人企業からなっており,産業分野は,農業,製造業,小売・サービス業に大別できる。

つまるところ問題は,労働者(個人企業)の生産性であるが,それは個人が工夫して生産性をあげるために切磋琢磨するということではない。

なすべきは,経営者(個人企業)が,このまま推移すればますます生産性がますますじり貧化し,我が国が,昔栄えたことがある世界から取り残された孤島になることに思いを致し,失敗を恐れず,生産性をあげるための指示,投資に全力を挙げることである。その際,労働者の協力,工夫が必要なのはいうまでもない。

どの産業分野もそれぞれ固有の問題を抱えているが,一番問題なのは,サービス業である。

しかし経営者は自分のためにならないことはしないから,政府の年金投資を通じて,企業が「時価総額」をあげるようにプレッシャーをかけ,設備投資を促す。生産性をあげられない,利益を生まない企業の経営者は,退場させるしかない。

政府が上場企業にプレッシャーをかけるには,政府みずから役人の生産性をあげ,有効な公共政策を実行しなければならない。

これを「公共政策」という「窓」からみれば,政府が有効な公共政策を実行することは当然として,実行主体である政府(役人)の生産性をあげること,政府の設定したフレームの中で行動する企業は,生産性の向上を至上命題とすること,これを実行できない企業に対して政府は年金投資を通じて経営者の退場,交代を含むプレッシャーをかけていくことで,社会全体の生産性の向上を図るということになろうか。

政府のプレッシャーはともかく,生産性の向上は,企業の責任だということであるが,現場で生産性の向上,イノベーションを実行していくことが,かっこいいと思われなければ,これはむつかしいかな。でも著者は他の国ではやっているでしょ,謙虚に学べばということになる。日本は明治維新,敗戦で,他国のモデルを一生懸命学んだが,「高度成長」でそれをすっかり忘れたということだろう。

ところで著者は,最新刊の「新・生産性立国論」で,本書に対する批判と徹底的に論争している。ただ,生産性をめぐる基本的な概念は「常識」であるとしても,もう少しGDPにかえって整理することには意味があるし,生産性向上の方法もより緻密に検討したい。特に後者については「スティグリッツのラーニング・ソサイエティ~生産性を上昇させる社会」があるので,これを読み込み,あらためて生産性について議論することにしたい。

なお著者は,具体的に指摘せよとの批判にこたえてだろうか,「わざわざ書く必要のない当たり前のこと」「常識」とし,<生産性向上の5つのドライバー(方法)>として,設備投資を含めた資本の増強,技術革新,労働者のスキルアップ,新規参入,競争を,<生産性向上のための12のステップ>として,リーダーシップ,社員一人ひとりの協力を得る,継続的な社員研修の徹底,組織の変更,生産性向上のための新しい技術に投資,生産性目標の設定と進捗,セールスやマーケティングも巻き込むべき,コアプロセスの改善,ナレッジマネジメント(知識管理),生産性向上の進捗を徹底的に追求する,効率よく実行する,報・連・相の徹底をあげているので,紹介しておく。

著者の議論には脱線があるとしても,稜線をたどる限り,きわめて本質的であるし,なにより面白い。批判的に読むべきだとしても,じゅぶんに意味がある。これを不愉快に感じているようでは,「沈没」するしかないかなと思う。

個人経営者である弁護士はどうすれば生産性の向上ができるか,少し考えてみよう。生産性の向上は価値創造と言い換えてもいいのかな。

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経済指標からマクロ経済学の入口にたどり着く

もう少し整理しよう

経済指標について,先行する記事として「「経済」は分からないー経済指標にアクセスするー」,「経済指標を理解する」を掲載したが,これらはいわば食材の野菜を買ってきて並べたただけで,まだ調理する段階には至っていない(ましてや食事する段階にが遠い。)。もう少し整理してみよう。

問題は,国民経済計算(SNA)及びこれに係わる経済指標の基礎・概要を理解すること,及びこれを一応の前提にして展開されるマクロ経済学の入口に立つことである。

国民経済計算(SNA)の基礎・概要

「国民経済計算は「四半期別GDP速報」(QE)と「国民経済計算年次推計」の2つからなっている。「四半期別GDP速報」は速報性を重視し,GDPをはじめとする支出側系列等が,年に8回四半期別に作成・公表されている。「国民経済計算年次推計」は,生産・分配・支出・資本蓄積といったフロー面や,資産・負債といったストック面も含めて,年に1回作成・公表されている」というのが,大まかな国の説明だ。

これについては,各省庁のWebサイトを追う前に,SNAを説明した概説書に目を通した方がよい。

「新版NLASマクロ経済学」(著者:斎藤誠他)の「第Ⅰ部 マクロ経済の計測」の「第2章 国民経済計算の考え方・使い方」,「第3章 資金循環表と国際収支統計の作り方・見方」は,基本的なことから書かれていて参考になる。産業連関表,国際収支統計,資金循環統計を含めてGDP統計を位置づけており,これだけでもマクロ経済学の教科書の記載の曖昧さ,不愉快さが半減する。

また「経済指標を理解する」で,紹介した「経済指標を見るための基礎知識」(以下「基礎知識」という。これは,「08SNA」が日本の国民経済計算(JSNA)に盛り込まれる以前の時点で書かれたものではあるが,「08SNA」にも触れられているので,さほど問題はないと思う。)は,細かいところまで書かれていて,とても参考になる。特にQE(四半期別GDP速報)と確報(年次推計)の実務的な関係がよく理解できる(なお従来,確報,確々報と呼んでいたものを,それぞれ第一次年次推計,第二次年次推計とし,新たに第三次年次推計を加えたとのことである(「国民経済計算(GDP統計)に関するQ&A」14頁))。)

「新版NLASマクロ経済学」からピックアップ

「マクロ経済の物の循環に関する基本的な情報となる産業連関表(国民経済計算の作成は,産業連関表と呼ばれる一国経済の1年間の生産構造に関する情報をまとめた表が出発点となる。)は,総務省統計局を中心として,11府省庁か作成に関わっている。国内の資金循環については,日本銀行か作成している資金循環表が基本的な情報となる。また,日本と諸外国との間における「物と資金の循環」については,財務省と日本銀行が共同して作成している「国際収支統計」によって把握することができる。」。

産業連関表

これらの統計の関係について,総務省の産業連関表の頁にある「2 国民経済計算体系における産業連関表」には,「国民経済計算体系(SNA)とは,一国の経済の生産,消費,投資というフロー面の実態や,資産,負債というストックの実態を,実物面及び金融面から体系的,統一的に記録するための包括的かつ詳細な仕組みを提示したものである。すなわち,経済活動を「取引」,取引への参加者を「取引主体」と規定し,それぞれ商品別,目的別又は経済活動別,制度部門別等の観点から分類し,その概念を統一することにより,それまで独立的に作成されていた①産業連関表,②国民所得統計,③資金循環表,④国際収支表,⑤国民貸借対照表の五つの勘定表を相互に関連付け,その体系化を図ろうとしたものである。行列の形を用いて第4表のように表されている。」とある。

また「産業連関表の構造と見方」の第2図,第5図で,「粗付加価値合計=最終需要額合計-輸入額合計」という,二面等価の関係がわかる。これは,国民経済計算の国内総生産(GDP)(生産側)と,国内総生産(支出側)に「ほぼ」対応するとされる。「ほぼ」の理由は,上記に書かれている。

資金循環統計

資金循環統計について,日銀のWebサイトのQ&Aで,「資金循環統計と国民経済計算,あるいは国際収支統計との関係を教えてください」という問いに対し,(少し引用が長くなるが)「国民経済計算と資金循環統計…国民経済計算は,一国の経済活動を,(1)付加価値が生産される過程,(2)これが経済主体に分配・消費される過程,(3)消費されなかった部分が貯蓄として資本蓄積に回される過程に分解し,それぞれのフローの動きを,生産勘定,所得支出勘定,資本調達勘定という形で記録します。また,(4)期末時点の実物資産と金融資産のストックを期末貸借対照表として計上するとともに,(5)時価変動などによるストックの再評価や,その他の資産量変動を記録する調整勘定も設けています。資金循環統計の金融取引表,金融資産・負債残高表,調整表は,それぞれ国民経済計算における資本調達勘定のうちの金融勘定,期末貸借対照表,調整勘定にほぼ対応します。また,両統計の指標のうち,国民経済計算の資本調達勘定における「純貸出(+)/純借入(−)」が,資金循環統計の金融取引表の「資金過不足」に概念上一致するという関係にあります。このように,資金循環統計は,概念上,一国全体の経済活動を表すマクロ統計の体系(国民経済計算体系)の一部を構成しており,また,これらの計数作成のための基礎データとしても活用されています。なお,国民経済計算と資金循環統計では,取引項目,評価方法,勘定体系について若干の相違があります。」,「国際収支統計と資金循環統計…国際収支統計は,一定期間における一国のあらゆる対外経済取引を体系的に記録した統計です。概念的には,資金循環統計と同じく,一国全体の経済活動を表すマクロ統計の体系(国民経済計算体系)の一部を構成し,国際標準(国際収支マニュアル第6版)に沿って作成されています。資金循環統計では,海外部門を「国際収支統計における非居住者」と定義しています。このため,海外部門の資金過不足を「国際収支統計」における「経常収支」と「資本移転等収支」の合計額に,また,海外部門の金融資産・負債差額を,同じく「対外資産負債残高統計」における「純資産残高」から,資金循環統計における「うち金・SDR等」中の貨幣用金などを調整した金額に,それぞれ一致させています(国際収支統計が「わが国」の対外債権債務という視点から見るのに対して,資金循環統計では,「海外部門」の対内債権債務という視点から捉えることから,いずれかの資産(負債)は他方の負債(資産)となります)。この調整のうち,「うち金・SDR等」中の貨幣用金を控除するのは,同項目が国内の中央銀行,中央政府の資産として計上される一方,対応する負債が存在しないためです。なお,国際収支統計と資金循環統計の間には,部門分類,取引項目,勘定体系に若干の相違があります。上記のほかにも,資金循環統計では,国際収支統計や対外資産負債残高統計を基礎データとして利用しています。」と説明されている。

国際収支統計

国際収支統計については,日銀の「国際収支統計(IMF国際収支マニュアル第6版ベース)」の解説」に記載されている。国際収支統計と国民経済計算の関係については,「国民経済計算推計手法解説書」の「第6章 海外勘定の推計」に記載があるが,特段の問題はないと思う。ただここは,「貿易赤字とは何か」という「古典的な問題」がからんでいるところで,みんな熱くなる。国際収支の構成は下記のとおりだが,問題はこれが会計原則に従って記載されているということだ。

経常収支

貿易サービス収支

貿易収支(財輸出-財輸入)

サービス収支

第一次所得収支

第二次所得収支(経常移転収支)

資本移転等収支

金融収支

直接投資

証券投資

金融派生商品

その他投資

外貨準備

「基礎知識」を読む

大体以上のことを頭に入れて「基礎知識」に取り組むと,ずいぶん,見通しがよくなる。四半期別GDP速報(QE)と年次推計(旧称は,確報,確々報)が読めることが目標だ。

内閣府の「国民経済計算(GDP統計)」の「統計データ」に,「四半期別GDP速報」(QE)と「国民経済計算年次推計」及び「その他の統計」が掲載されている。

QE

「四半期別GDP速報」の最新年(現時点では,平成29年(2017年))をクリックし,一番上右の「統計表」をクリックすると,「四半期」や「年度・暦年」の「国内総生産(「支出側)」を把握することができる。これを見ながら「基礎知識」の第4章までは読み進めることができる。

年次推計とSNA

次は年次推計だ。

国民経済計算(SNA)は,国連等が規定する標準的な表は,一国経済全体について「生産勘定」,「所得支出勘定」,「蓄積勘定」,「貸借対照表」に分けて作成され,同じ勘定を制度部門別(非金融法人企業,金融機関,一般政府,家計,対家計民間非営利団体)にも作成する。そしてこれを一覧できる統合経済勘定表も作成される。またこれとは別に「海外勘定」も作成される。

年次推計(平成23年基準)はJSNAであり,基本的に08SNAに準拠しているが,細かい点で異なっている。気にし始めるときりがないから,とにかく「年次推計」に取り組むしかない。

上記の「統計データ」の「国民経済計算年次推計」をクリックし,現時点で最新の「平成23年基準(2008SNA)-1994年から掲載」,「2016(平成28)年度 国民経済計算年次推計(2011年基準・2008SNA)」をクリックすると,「フロー編」(Ⅰ.統合勘定,Ⅱ.制度部門別所得支出勘定,Ⅲ.制度部門別資本勘定・金融勘定,Ⅳ.主要系列表,Ⅴ.付表)及び「ストック編」(Ⅰ.統合勘定,Ⅱ.制度部門別勘定,Ⅲ.付表,Ⅳ.参考表)から構成される膨大な情報群が現れる。これが現時点で最新の「年次推計」だ。

これに従って「基本知識」を参照に読み進めていけばいいのだろうが,とりあえず何をしていいかよくわからない。そこで「国富」とされる「期末貸借対照表勘定」でも見てみようかと思い,データを抜き出してみた。平成28暦年末の正味資産は約3351兆円となっているが(国の貸借対照表),国富調査は平成45年にやっただけで,あとは推計ということのようだから,どの程度誤差があるものだか,どうだか。

こういう作業をしていくと,だんだん,SNAお宅になりそうだ。。

三面等価の原則とISバランス,政府債務残高

ここまでの知識を利用して,ISバランス,政府債務残高について調べてみよう。

三面等価の原則

まず,三面等価の原則についてまとめておこう。

三面等価とは,GDP「総生産」を,「所得(どのように使われているか)」「支出(誰によって支払われているか)」という別な面・角度から見たものといわれる。

①国内総生産(GDP)=Y産出

②国内総所得(GDI)=C消費十S貯蓄十T税

③国内総支出(GDE)=C消費+1投資+G政府支出+(EX輸出-IM輸人)

②の貯蓄とは所得から税(社会保険料 などを 含む),消費支出を差し引いた残り

とされる。

④は,総供給のY産出+IM輸人と,総需要のC消費+1投資+G政府支出+EX輸出が,均衡していると考えればわかりやすい。

一方,SNA等では,

④分配面のGDP=雇用者所得+営業余剰+固定資本減耗+間接税-補助金

⑤支出面のGDP=民間最終消費支出+政府最終消費支出+総固定資本形成(民間住宅+民間企業設備+公的固定資本形成)+在庫変動(民間+公的)+財貨・サービスの純輸出(輸出-輸入)

③と⑤の関係はわかるが,②は④というクッションを置き,所得から消費でも税でもない部分を,貯蓄としたもののようだ。定義と実態が,交錯している気がする。冷静に見極めればいいのだが,ここではこれを前提に先に進もう。

ISバランス(貯蓄・投資バランス)

三面等価の原則から,ISバランス(貯蓄・投資バランス)式が導かれる。

C+S+T=C+I+G+(EX-IM)

S=I+(G-T)+(EX-IM)となる。

この式は同時に2つのことを意味する(東学『 資料政・経2015』305頁。 ただし,「中高の教科書でわかる経済学マクロ篇」からの孫引きである。同書には,1つは,貯蓄S(カネ)が,どのように世の中に回つたか(誰が借りたか),もう一つはモノ・サービス(実物)を誰が購入したか(誰が消費したか)です。)とある。

(1)貸した総額=借りた総額

(2)総生産の残り=購入した主体

「基本知識」には,「確報(年次推計)で得られるデータを使った分析として,まず,ISバランス,資金過不足について説明します。各制度部門は,投資を行います。そのための資金となるのが貯蓄です。しかし,通常は投資と貯蓄は一致せず,資金が不足の場合は借入等を行い,資金に余裕があれば預金・貸出などを行います。この貯蓄(S: Saving)と投資(I: Investment)の差がISバランスです。各部門のISバランスの中長期的動向を見たものが長期的なISバランスです。1980年度まで遡って見るため,旧基準のデータを使用しています。高度経済成長時代は,家計は貯蓄がプラスで,(非金融法人)企業は貯蓄がマイナスでした。企業が投資を行うための資金は家計の貯蓄で賄われていました。しかし,成長の鈍化などにより,企業の投資意欲は減退し,最近は企業も貯蓄過剰となっています。家計の側は,貯蓄の過剰幅は,かつての半分程度になっています。しかし,企業と家計を合わせれば,貯蓄過剰の水準は高いです。一方,海外は,ほとんど一貫してISバランスはマイナスです(我が国は必要な投資を海外からの貯蓄で賄っているわけではないのがわかります)。ですが,過去に比べて大きくマイナス幅が拡大しているわけではありません。結局,政府が,高齢化などによる財政赤字の拡大で,企業と家計の貯蓄を吸収している形に変わっています。データは,推計のフロー編付表18「制度部門別の純貸出(+)/純借入(-)」にまとめて掲載されています。年度と暦年の両方のデータがあります。最初が,投資など実物取引からの推計,2番目が預金や貸出など金融取引からの推計です。この2つは概念的には一致するはずですが,推計上使用するデータ等が異なるため,計数としては一致しません。このため,「統計上の不突合」という項目が最初の実物取引からの推計の方に設けられています。」と説明されてあり,ISバランスの意味あいがよくわかる。

上記の付表から,2009年以降のISバランスを作成してみた。

政府債務残高

年次推計から,政府債務残高も把握できる。「基本知識」に「ストック編の「制度部門別勘定」中の一般政府の「期末貸借対照表勘定」(政府のバランスシートです)に,期末資産残高(土地や固定資産などの非金融資産を含みます),(金融)負債,この二つの差である正味資産残高が掲載されています。さらに,年次推計のストック編の付表3「一般政府の部門別資産・負債残高」には,一般政府を,中央政府,地方政府,社会保障基金に分けた数値が掲載されています。分析の目的に応じて,社会保障基金を除いたり,土地や固定資産などの非金融資産を除いたりする場合も見られますので,そのためにも内訳は重要です。一般政府の負債残高は,一般政府の負債残高の推移(名目GDP比)をグラフにしたものです。「グロス負債」と「ネット負債」があります。グロス負債は,負債額そのものです。一方,ネット負債は,グロスの負債から金融資産残高を除いたものです。いずれも,「政府の借金残高」です。近年,財政赤字の拡大により,いずれも増加しています。」とある。

経済指標のアンチョコ

このようにQEとJSNAを読み解くのが王道だが,森の中で道を失いそうだ。そこでネットで公開されている統計のアンチョコも見てみよう。

・「新版NLASマクロ経済学」に記載されているデータが更新されている。

・「富山統計ワールド」の「統計指標のかんどころ」は,わかりやすい。

統計ダッシュボード

・日経新聞経済指標ダッシュボード

・「日本経済入門」(著者:野口悠紀雄)の「経済データ 様々な経済データについてのリンク集

・(参考)政府の提供している統計の入口が「e-Stat」であり,主たる担当官庁が,「総務省統計局」である。

マクロ経済学の入口に立つ

以上のような,経済指標や統計を見慣れると,マクロ経済についても,あまり頓珍漢なことは,いわなくなるだろう。

次は,「新版NLASマクロ経済学」をフォローしていけばいいのだろうが,これはこれでいささか大部で大変そうなので,とりあえず「マクロ経済学の核心」(著者:飯田泰之)が読み切れれば良しとしよう。

それとは別に,上でも触れた書きぶりがいささか挑発的な「高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学」,「中高の教科書でわかる経済学 マクロ編」(著者:菅原晃)について,冷静に,いい過ぎのところ,根拠不足のところが読み取れればいいなあと思っている。

これについては追ってということにしよう。

次は,社会の中で「法を問題解決と創造に生かす」,「アイデアをカタチに」の領域に進もう。

最後に「基礎知識」の詳細目次を紹介しておく。

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ツールとしての統計学

ピーチ(P値)

大分前のことになると思うが,「nature ダイジェスト」に,P値(ピーチ)の使用に気を付けようという趣旨の記事がでていて,「P値」に気を付けるといっても「ピーチ ツリー フィズ」を飲みすぎるなということではないよ,というギャグを書こうと思って,そのままになってしまった。

今確認すると,「nature ダイジェスト」の2016年6月号である(「nature p値」と検索すると,トップに出てくる。)。その記事は,「米国統計学会(American Statistical Association;ASA)は,科学者の間でP値の誤用が蔓延していることが,多くの研究成果を再現できないものにする一因になっていると警告した。ASAは,科学的証拠の強さを判断するために広く用いられているP値について,P値では,仮説が真であるか否か,あるいは,結果が重要であるか否かの判断はできない」というものである。このころ私は,統計学に眼を向けていて,ピンと来たらしいが,今はさて?簡単にいえば,5%以下なら正しいと即断するのは,間違いだということだろうか。

統計学を理解する

経済指標に親しみ,理解することにした私としては,その作成ツールである統計学にも目を配る必要があるが,統計学の用途はこれだけではない。今では統計学は,社会や経済を分析,理解するための基本的なツールといわれている。私が学生だった頃は,あまり統計学云々とはいわれなかった(ような気がする。)。

これから漫然と統計学に取り組むのでは,頭には入らないだろう。①社会や経済(自然科学でもいいが)の分析,理解のための具体的な使われ方を把握した後で,②統計学そのものに進むのがよいだろう。①と②の関係について見通しを与えてくれる本αがあればもっと良い。

実はαについては,最近よく売れた有名な本がある。「統計学が最強の学問である」(著者:西内啓)で,実は4冊もある(正編・実践編・ビジネス編・数学編)。これらに書いてある,統計学は「今,ITという強力なパートナーを手に入れ,すべての学問分野を横断し,世界のいたるところで,そして人生のいたる瞬間で,知りたいと望む問いに対して最善の答えを与えるようになった」や,「現状把握,将来予測,洞察(因果関係)」の3機能があり,重要なのは,洞察(因果関係)であるという指摘は重要であるし,紹介されている下の「一般化線形モデルをまとめた1枚の表」は,今後,統計学に取り組むうえで,役に立ちそうな気がする。

 

 

 

 

分析軸(説明変数)
2グループ間の比較 多グループ間の比較 連続値の多寡で比較 複数の要因で同時に比較

連続値

 

平均値の違いをt検定 平均値の違いを分散分析 回帰分析

 

重回帰分析

 

あり/なしなどの二値 集計表の記述とカイ二乗検定 ロジスティック回帰

その他「統計学が最強の学問である」には,統計学の数学的な説明にあまり入り込まずにあれこれ書かれているのだが,それだけにどうも「専門的」なことまではわかった気がしないというのは事実である。でもαとしては優れていると思う。

統計学の使われ方

さて統計学の手法が何に使われるかについて,「統計学が最強の学問である」は,次の6つをあげる。

①実態把握を行なう社会調査法

②原因究明のための疫学・生物統計学

③抽象的なものを測定する心理統計学

④機械的分類のためのデータマイニング

⑤自然言語処理のためのテキストマイニング

⑥演繹に関心をよせる計量経済学

私としては,④⑤⑥あたりが興味の対象だ。ただ最初は⑥を入口にすべきだろう。これについては,「原因と結果の経済学」(著者:中室牧子他),この本の末尾に「因果推論を勉強したい人に第一におすすめしたい本」として挙げられている「計量経済学の第一歩―実証分析のススメ」(著者:田中隆一)を読むのがよいだろう。統計学を含む広い観点から,因果関係を検討する「原因を推論する:政治分析方法論のすゝめ」(著者:久米郁男)も,お薦めだと思う。買っただけで目を通していないが「データ分析の力 因果関係に迫る思考法 」(著者:伊藤公一朗)もよさそうだ。

これらのうちの1,2冊で計量経済学の概要にあたりをつけて,「統計学は最強の学問である」を参照しつつ,統計学を勉強する運びとなる。

統計学については適当な教科書を選べばいいのだろうが,勉強しているのがどのあたりの議論かといういことを把握するため,「統計学図鑑」(著者:」栗原真一他)を参照するのがよさそうだ。なおこのあたりの本の紹介は,現在進行形,未来進行形だ?

統計学と数学

統計学は,数学的な処理を前提とするので,数学的な素養も必要だ。

そこで私は,今後,まず,「計量経済学の第一歩―実証分析のススメ」(著者:田中隆一)を頭に入れて,「改訂版 経済学で出る数学: 高校数学からきちんと攻める」(著者:尾山大輔他),「経済学で出る数学 ワークブックでじっくり攻める」(著者:白石俊輔 )を勉強しようと思っている。それに加えて「大学初年級でマスターしたい物理と工学のベーシック数学」(著者:河辺 哲次)がほぼ理解できれば,私が通常読む本の数学的な処理については,問題がなくなるだろう。急がばまわえれだ。

法律学と統計学

ところで,法律学や律実務についても,少なくてもアメリカでは統計学的な手法が取り入れられている。翻訳されている「法統計学入門―法律家のための確率統計の初歩 」(著者:マイクル O.フィンケルスタイン)という本があるが,同じ著者のより詳細な「Statistics for Lawyers」があるが,未購入である。「数理法務nのすすめ」(著者:草野耕一)でも,確率,統計に多くの頁が割かれている。

なお「「法統計学入門」は,木鐸社の「法と経済学叢書」(11冊が刊行されている。)の一冊である。「法と経済学」において,経済学的分析や統計学に基づいた分析が行われるのは当然であるが,さて,それがどれほど立法や法解釈に生かされているかが問題である。

統計学の付録-統計局の学習頁

総務省統計局(「日本の統計の中核機関」と紹介されている。)のホームページに/,イラストがきれいな「統計学習サイト」があり,「なるほど統計学園」,「なるほど統計学園高等部」に分かれている。また「統計力向上サイト データサイエンス」もあるし,「データサイエンス・オンライン講座 社会人のためのデータサイエンス演習」も提供されている(gaccoでの受講)。統計ダッシュボード,You-Tubeの統計局動画,facebook,日本統計年鑑にもリンクしており,実にサービス満点だ。

だが,ほとんど利用されていないだろうな。例えば,多くの労力と費用をかけて作成されたであろう「動画」の視聴回数が,数百から数千だ。ネット上で需要拡大をするにはどうしたらいいか,本当に難しい。統計局は,人工知能の松尾豊さんや,上記の「統計学が最強の学問である」の西内啓さんを動員したが,だめなようだ。

でも私はこういう孤独の影がただようホームページは好きだな。これらの企画がなくならないうちに,せいぜいアクセスしよう。

経済指標を理解する

経済指標と統計学

「経済」はわからない-経済指標にアクセスする-」で,ときおり,経済指標にアクセスし,ボヤッと眺めることにした私だが,一体,経済指標とは何だろうかということを考えないではいられない。

また,経済指標は,統計学を踏まえて作成されているわけだから,これを使いこなすには統計学の知識も必要だろうと思う。

経済指標について考える

経済指標について,ふたつの面からとらえてみよう。ひとつは,経済指標が作り出され使用されるようになった経緯,もうひとつは現在の運用実態である。まず,前者から。

もっとも代表的な経済指標は,GDPといっていいだろうが,私は経済学の教科書の最初に,GDPとはこういうもので,三面等価の原則が成り立つというようなことが「公理」のごとく記載されていて,その内容の妥当性について検討がなされていないことが不思議でならなかった。誰が言い出したことで,出典はどこだ(一部は,ケインズだろうが)?

あるいは,インフレ,デフレであるといって「経済政策」について議論するが,2%という「物価変動」というものを,確実にとらえることができるのだろうか,これも不思議であった。

経済指標のウソ」(著者:ザカリー・カラベル)という本を読むと(原書は,「The Leading Indicators:A Short History of the Numbers That Rule Our World」で,嘘というニュアンスはない。),これらの経済指標は,歴史的な経緯の中でおずおずと登場したもので,しかも登場してから,数十年に過ぎないし,現在のような大それた役割を担うことが期待されていたわけでもなかった。アダム・スミスのときにも,マルクスのときにも,ケインズのときにも,GDPという数値はなかった。

「経済指標のウソ」には,「半世紀以上前の経済指標に価値はあるのか-「自然法則」なみに尊重されている経済指標。経済についての誤った前提が,国の経済政策や国際戦略の基盤になっているとしたらどうだろう。2008年〜2009年の世界金融危機以降,先進国の混迷が長引く原因がここにあるとしたら?世界は経済指標によって定義されている。経済成長や所得,雇用など,個人や集団の経済動向を示す統計を,私たちは成功や失敗を測る絶対的な標識とみなす。だが,こういった数字は,どれも100年前には存在していなかった。1950年の時点でさえ,ほとんどが誕生していなかったのだ。それなのに,現在ではまるで自然法則であるかのように尊重されている。」,「国内総生産(GDP)や失業率,インフレ,貿易,消費者マインド,個人消費,株式市場,住宅。日々押し寄せる数字に基づいて,私たちは現実を認識する。主要経済指標と呼ばれる数字は,経済の健全性を判断するために重要な知見を与えてくれるものとみなされている。ところが実際に測定されているのは,指標が考案された時点で意図されたものだけだ。」という指摘があるが,経済指標はそういうものだとして扱うべきであろう。

物価については,この本の「第6章 「物価の測り方」が政争の火種になる-インフレ率」にも書かれているし,「MONEY」(著者:チャールズ・ウィーラン)の「第3章 物価の科学:技芸,政治,心理学」にも,面白く説明されている。何ら確実なものではない。

08SNAとは?

「08SNA」と聞いてピンとくる人は,国民経済計算作成の関係者か,国民経済計算について相当詳しい人であろう(「季刊 国民経済計算」!という雑誌もある。)。

国民経済計算は,現在,国連の基準に準拠して作成されるが,「従前,日本が準拠してきた国際基準は,1993年に国連で採択された「1993SNA」であり,平成12年以降採用してきましたが,平成28年末に実施する「平成23年基準改定」に際して,各種基礎統計の反映や推計手法の見直し等に加えて,最新の国際基準であり,平成21年2月に国連で採択された「2008SNA」に対応することとなりました。準拠する国際基準の変更は,約16年振りとなり,GDPに計上される範囲をはじめ,日本の国民経済計算の見方・使い方は大きく変化することになります。例えば,企業の生産活動における役割が高まっている研究・開発(R&D)支出がGDPの構成要素である投資(総固定資本形成)に記録されるようになるなど,より経済の実態が包括的に捉えられるようになります。」というのが現状である。

「08SNA」自体,膨大な文書であり(その翻訳はこれ),これに基づいて従前の処理方法を改め,これをこれからの経済指標に反映させることには,膨大な手間暇がかかるであろうことは容易に想像できる。内閣府の,「統計情報・調査結果(Statistics)」の,「国民経済計算(GDP統計)」に資料がまとめられている(「景気統計」,「その他」 もある。上記の仮訳は,「国民経済計算の整備・改善 > 国民経済計算の平成23年基準改定および2008SNA対応について」にある。)。

SNAは,従前の数値との連続性を保ちつつ,世界基準としてすべての国で使用されることを想定しているので,今や,あらゆる方向に対応しようとする重戦車という面持ちだ。内閣府のお役人が,これを理解せよとばかりに,内閣府の経済社会総合研究所が刊行している上記した「季刊国民経済計算」に「SNAのより正確な理解のために~SNAに関し,よくある指摘について~」という論文を掲載し,批判をなぎ倒そうとしているが,自分らが「08SNA」に照らして正しいというのではなく,「08SNA」が経済実態を描写する一つのモデルにすぎず,当然問題もあるというスタンスをとればいいのにと思う。

まあ,この問題に踏み込むと面倒くさそうだし,私はマクロ経済とはほどほどの付き合いにとどめたいと思うので,あまり深みにはまるようなことはやめて,今後分かったことがあれば,また報告しよう。

なお国民経済計算を,ここでリンクしたような内閣府の情報だけで追うのはなかなか大変なので,「08SNA」がJSNAに盛り込まれる以前の時点で書かれたものではあるが「経済指標を見るための基礎知識」を紹介しておく(お役人が大和総研への出向時に書いた本だ。)。GDP以外の経済指標についても紹介されている。

以上のようなことで,経済指標はほぼ理解できそうだ。

なおケインズの「一般理論」を書いたときに国民経済計算はあったのかを確認しようと思い,「要約 雇用と利子とお金の一般理論」というKindle本を入手した。私が読む多くの本を翻訳している山形浩生さんが,翻訳,要約したものだ。これはとても分かりやすくてお薦めだ(ネット上でも,見れるようだ。)。経済学者の飯田泰之さんの「解説」というのも?でよい。

さて次は統計学だ。それを概観したら,弁護士業務に近くなる,創造性,イノベーションの方に入っていこう。

「経済」は分からないー経済指標にアクセスするー

「経済」が分かるとは?

社会を理解するには,「経済」が分かることが第一歩だといわれれば,そのような気がする。でも「経済」がわかるとは,いったいどういうことなのだろうか。

ひとつは,自分が置かれた「経済」に関わる立場に応じて,自分の効用を最大化する行動を立案し,実行できるということだろう(金儲けがうまいといってもいいか?)。またこれらに関わる様々な「思考実験」(「経済学」は単純な仮説に基づく学問だから「思考実験」と呼んでいいだろう。)を理解できることも含まれるだろう。

もうひとつは,わが国あるいは世界の経済活動に関わる要素とその数値を読み解くことができ,その要素,数値に基づく第三者の「思考実験」を理解できるということだろう。

前者がミクロ経済学,後者がマクロ経済学に対応しているといえるだろう。

前者は誰でも絶えず考え,実行しなければならないことだが(そうしないと,干上がる),後者は,自分でどうこうすることではないから,古い情報に基づく感情的な「床屋政談」になりがちである。これを非難する学者,実務家は,数値を頭に入れず,要素間の思考実験に終始し,とんでもないアドバイスをしていることが多いように思える。唯一正しいと思われるのは,我が国の置かれた窮状を抜け出すには,生産性をあげる新しいビジネス,イノベーションを創出することだというミクロ的なアドバイスだろう。でも誰が,どうやって,という話だ。少なくても,政府や日銀ではない。

最新の経済活動の数値を把握する

マクロ経済を把握するには,とにかく最新の経済活動に関わる要素の数値と,過去から現在に至る経緯(歴史)を即座に把握,再現できることが,出発点となる。

重要な数値のひとつは,GDP,物価水準,失業率,貿易額等の経済指標の推移である。

これについてもっとも容易にアクセスできるのは,最近設けられたいわゆる「ダッシュボード」(その説明はここ)である。統計局の「統計ダッシュボード」がそれである(なお我が国における統計の詳細は,政府統計ポータルサイトのe-Statで把握できる)。日経新聞から簡易な「経済指標ダッシュボード」も提供されている。これらを見慣れると,最新の正しい経済状況が把握できる。

現在に至る経緯(歴史)については,その数値を生んだ,社会,政治状況も併せて把握(思い出す)必要がある。これはそれを簡易にまとめている本(例えば,翁邦雄著:「日本銀行」「第5章 バブル期までの金融政策」,「第6章 バブル期以降の金融政策」)を頭に入れるのがよい。「狂乱物価」はもとより,「バブル崩壊」も記憶から遠ざかりつつあるなつかしい話だ。若い人には私が若いころ感じた「日露戦争」と同じ感覚なのだろう。

これらの数値を見たうえで,学者は思考実験をし,政府と日銀は,財政政策,金融政策を立案・実行してきたわけである。私は,財政・金融は,劇的インフレの阻止,そして仮にそれが生じてしまったら,迅速な沈静化への対応さえできれば十分なのではないかと思う。複雑系である経済の動向,内容は,現時点では,人がコントロールできることではない。

昔の夢に酔い,目の前の景気回復を願い,「デフレ」対応をしてきた政府,日銀がもたらした現状は,惨憺たるものだ。その現状を理解するには,国・地方の財政状況と日銀の国債保有・通貨発行の現状を把握する必要があるが,現状では一覧できるようにはなっていない(と思う。)。

そこで,財政と金融の数値を把握しよう。

財政の数値(財務省・総務省)

最新の国の「財政に関する資料」(平成29年度)を見ると,「平成29年度一般会計予算は約97.5兆円ですが、このうち歳出についてみると、国債の元利払いに充てられる費用(国債費)と地方交付税交付金と社会保障関係費で、歳出全体の7割を占めています。一方、歳入のうち税収は約58兆円であり、一般会計予算における歳入のうち、税収でまかなわれているのは約3分の2であり、残りの約3分の1は将来世代の負担となる借金(公債金収入)に依存しています。」,「債務残高の対GDP比を見ると、1990年代後半に財政健全化を着実に進めた主要先進国と比較して、我が国は急速に悪化しており、最悪の水準となっている。」とある。

問題は二つあって,ひとつは「社会保障費」の増大,もうひとつは「債務」の増大であるが,これを考えるためには,国の支出で地方交付税交付金が大きな割合を占めていることからも,地方政府も含めて考える必要がある。そのためには「地方財政の分析」「地方財政白書」を見るのが便利だ。

国・地方を通じた支出は,「平成27年度においては、社会保障関係費が最も大きな割合(33.7%)を占め、以下、公債費(21.3%)、機関費(11.8%)、教育費(11.7%)の順となっている。」。

ところで社会保障費の,医療・介護費と公的年金は,少子高齢化,将来の経済状況の予想から,誰もが指摘するように制度を維持しようとする限り,今後大幅減額幅,大増税しかないようだ(野口悠紀雄著:「日本経済入門」「第8章 膨張を続ける医療・介護費──高齢化社会と社会保障① 医療・介護」,「第9章 公的年金が人口高齢化で維持不可能になる──高齢化社会と社会保障② 公的年金」参照)。

ただ医療・介護費については,今後のIT・AI(ロボット等)の進展と活用で生産性をあげ,支出を減少させることができる可能性もあろう。年金問題は,これも生産性の向上により,生活必要費のダウン(デフレ),及び家族の共同生活で手当てするしかないか。

このような現状から,私は,国・地方の「財政政策」「産業政策」に名を借りた「政策」(ばらまき)だけには,反対することにしよう。

これらを見ていると,仮に私に余剰資金があれば,資金やついでに生活も外国に移転したくなる。ないからここで頑張るしかない。

金融の数値-国・地方の債務残高と日銀の国債保有高(財務省,総務省,日銀)

まず国と地方の債務残高を見よう。。いまや,GDP(約550兆円)の2倍になっている。

このうち,国債の発行残高は,平成29年度末で約865兆円の予想で,日銀の保有国債は,約409兆円だ。

これらを踏まえて次に出てくる話は,日銀の国債引き受け,当面,日銀が保有する国債は償還しないという話であろう。それでどうなるか。考えるのもおぞましい。

ついでに地方政府の発行した公債が約200兆円あるが,手の打ちようがなくなるのではないか。

私がマクロ経済について本当に知りたいことー貨幣とは何かー

私は,マクロ経済について,中央銀行は,どういうメカニズムで,銀行券を発行し,それが流通するのかを知りたかった。「MONEY」(チャールズ・ウィーラン)にある「ニューヨーク連邦準備銀行には窓のない部屋があって、トレーダーたちがそこで電子マネーを文字通り創造して、数10億ドルの金融資産を買いつけた。2008年1月から2014年1月までの間に、FRBはおよそ3兆ドルの新しいお金を米国経済に供給している。FRBの指示のもと、トレーダーがそれまで存在しなかったお金でさまざまな民間金融機関の持つ債券を購入して、電子資金をその企業の口座に移動させて証券の支払いをする。新しいお金。数秒前までは存在しなかったお金だ。カチッ。ニューヨーク連邦準備銀行でコンピュータの前に座っている男が10億ドルを創造して、シティバンクから資産を買うのにあてる音だ。カチッ、カチッ。これでさらに20億ドル」,「中央銀行は一般に,新たにお金を創造する力を合法的に独占している。使を印刷するのではなく電子的にだが」というのはどういうことか。

そこからはじまって「21世紀の貨幣論」,上述の「日本銀行」「金利と経済」等々を入手して目を通し始め,この問題はボヤっとだが理解できたような気がする。もう少し詰めたいが,その過程で,改めて本稿で紹介した経済活動に関わる要素とその数値を目の前において読み解くことの重要性に思いが至った。貨幣論は,持ち越すことにしよう。

あれこれふくめて,複雑系の典型である「経済」は,算数に毛が生えたようなマクロ経済学では解明できないというのが正解のような気がする。