「ルールを守る心」を読む

ルールを守る心~ 逸脱と迷惑の社会心理学 ~(Amazonにリンク

著者:北折充隆

出版社等による内容の紹介の要約

私たちは,生まれてから死ぬまで,ずっとルールに従って生きています。しかしながら,ルールを守る,破るとはどういうことなのか,社会規範から逸脱するとはどういうことなのか,迷惑行為を抑止するためにはどうしたらよいのか……といったことについては突き詰めるとよく分かっていないのが実情ではないでしょうか。本書では,そのような問題について社会心理学の立場から長年研究を重ねてきた著者が,概念の混乱を整理しながら,これまでに行われてきた研究を分かりやすく紹介します。さらに,それらの知見を踏まえて,「考える」ことの大切さも強調しています。

私のコメント

社会心理学の立場から,「ルール」について概念の混乱を整理しながら検討するということで期待して読んだのだが,私の期待とは違う本であった。

「私たちは,生まれてから死ぬまで,ずっとルールに従って生きています」という記述は,人の行動が,特に言語の獲得以降,すぐには気が付かないものも含め多くの「ルール」に従っており,そこが人工知能のアポリアになっているという意味で,きわめて重要な指摘であるが,著者はそういう見方はしないようだ。

その上で,ルール,規則,法,社会規範,道徳,マナー等を適切に概念整理し,それぞれの機能と異同,及びそれらに従う人の行動の特質,遵守させる方法等を,実験に基づいて記述することができれば,ルールについて,心理学,哲学・倫理学,法学の架橋ができる素晴らしい本になったでだろう。

実は私が高く評価する「啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために」の著者であるジョセフ・ヒース には,「ルールに従う―社会科学の規範理論序説」という浩瀚な著書があり,「社会科学においてもっとも基礎的な問題である規範問題について、哲学、社会心理学的実験、進化理論、社会学や経済学の知見を用いて基礎理論を構築する。社会科学を統合するまったく新しい試み」と紹介されるのだが,訳者による「概要」の記述さえ膨大で頭に入りにくく,読み始めるのを躊躇している。その「先払い」にでもなればと思ったのだが,そうはいかなかった。

副題の「 逸脱と迷惑の」という意味もよくわからないし,社会的迷惑行為に「こころ」を対置するのでは,単なる道徳おじさんになってしまう。社会心理学は,哲学・倫理学,法学にはない,科学的手法でルールの解明に挑めるのだから,ぜひそちらを伸ばしてもらいたい。

なお,命令的規範と記述的規範,6つの道徳発達段階,視点が変われば正しいも変わる,返報性(互恵性),社会的公正の4分類,BIS(行動抑制システム)とBAS(行動接近システム)等々,個々の記述には参考になる記述も多い。

再読する機会があれば,このあたりを補足したい。

詳細目次

1 社会的迷惑とは何か
  社会的迷惑とは  言い訳の類型  社会考慮について  バカッター騒動
  迷惑とは考えないこと

2 逸脱行為とは何か
  社会規範とは  社会規範の所在について  すべての規範は集団規範
  当為について  社会心理学の切り口から見た二つの社会規範  社会規範の周辺概念  道徳性と社会規範  同調行動と社会規範  本章のまとめ

3 正しいを考える
  正しいを疑ってみる  時が経てば正しいも変わる  視点が変われば正しいも変わる  返報性について(時代や国境を越えたルール) 社会的公正と迷惑行為  正しいの概念整理

4 迷惑行為・ルール違反の抑止策
  抑止策の理論的背景  危ないからルールが必要なのか、ルールで決められたから危ないことなのか?  自制のメカニズム  BISに基づく迷惑行為の抑止
  恥の喚起とルール違反の抑止  BASに基づく迷惑行為の抑止
  相手が見えるとルールを守る?  親切に応えてルールを守る?
  教育側面からのアプローチについて  共感性の涵養に基づくルール違反・社会的迷惑の抑止  囚人のジレンマゲームに基づくルール違反・社会的迷惑の抑止
  考えることの大切さ  厳罰化の懸念

5 ルール研究の今後
  調査手法の課題と可能性  調査の信頼性と妥当性  社会的望ましさのハードル  倫理的な問題  フィールドに飛びだそう  バーチャル・リアリティの可能性  社会に関心を持ちましょう

6 ルールを突き詰める
  行き着くところは“考える”こと  “正しくない”を再考する  “自由は正しい”を疑う  ルールも迷惑も繰り返す  どう立ち回るべきか  まとめ

おわりに
引用文献

地方活性化を考える

「地方創生大全」(著者:木下 斉)を読む

地方活性化を真正面から論じている

今,人口が減少しつつある状況の中で,地方再生,地方創生が大きな課題になっていると言われるが,多分解決すべき問題は,都市だろうと,企業だろうと,国全体の経済であろうと,同じであろう。「地方」を「特殊」なものとして上から目線で論じること自体,無意味である。

「地方創生大全」(著者:木下 斉)(Amazon)は,長年,地方活性化のために活動してきた著者が,地方活性化のために何が必要で,何が不要かあるいは障害かを,ネタの選び方,モノの使い方,ヒトのとらえ方,カネの流れの見方,組織の活かし方という観点から,真正面から論じた本である。

ただ中心となる主張は極めて単純で,経済的に回る事業を,「すぐに」「自分で」始め,撤退も頭において,試行錯誤を繰り返す。実践と失敗から「本当の知恵」を生み出そう。観光客数ではなく観光消費を重視する。役人の立てる計画や補助金は「害悪」だ。

そして,マシンガンのごとく,「ゆるキャラ,特産品,地域ブランド,プレミアム商品券,ビジネスプランコンペ,道の駅,第3セクター,禁止だらけの公園,モノを活かせない「常識的」な人, 地方消滅論,人口減少論,,新幹線,高齢者移住,補助金,タテマエ計画, ふるさと納税, コンサルタント,合意形成,好き嫌い,伝言ゲーム, 計画行政,アイデア合戦」等々を撃ちまくる。

少し視点を抽象化し事前のマクロ的分析を加えれば,素晴らしい本になる

問題解決と創造

上述したように,地方活性化をやり遂げることの出来る力は,都市や企業,国全体の経済の問題にも通用するであろう。もっと言うと,個人の生活・仕事・文化の「問題解決と創造」でも同じである。いや地方活性化こそ,すべての試金石であるといってもいいであろう。

しかし本書は,地方活性化の世界の中であれこれ格闘するあまり,地方政策に関わる行政に対する「批判」だらけとなってしまい,その世界がいささか息苦しくなっている。行政の現実について,把握できている人にはいいが,行政に期待している人を遠ざけてしまうかもしれない。少し視点を抽象化して,個人,企業,政府すべての「問題解決と創造」の方法から始め,主たる論点を「地方政策」に収斂すれば,素晴らしい実践本になると思う。

「地元経済を創りなおす」の方法を取り入れる

もう一点,著者は,ネタの選び方について,行政,コンサルタント,合意,古い発想等々を厳しく批判し,自分の頭で考えろということであるのだが,何をターゲットにするか,その下調べはしたほうがいいだろう。

これについては「地元経済を創りなおす-分析・診断・対策」(著者:枝廣 淳子)(Amazon)が,地域経済からお金の漏れをふさぐという観点から紹介する「産業連関表を用いる方法、地域経済分析システム(RESAS) を用いる方法、英国トットネスで行った「地元経済の青写真」調査、LM3という地域内乗数効果を見る方法、そして、より手軽な方法として、買い物調査や調達調査など」は下調べとして参考になる(ただし,同書の「漏れ穴をふさぐ」という方法論は一人歩きすると危険だと思うし,行政と民間を区別する視点に乏しいこと,また「成功事例」の紹介が安易であること等あって,なお検討の余地がある。)。マクロ経済の視点も,そこで自足しない限り,役に立つ。

地方創生への批判

今進められている「地方創生」には批判が多い。この問題は,中央政府と地方政府の「権力構造」,過去の地方政策の失敗等々も絡み,なかなか複雑な問題だ。

「地域再生の失敗学」(著者:飯田泰之他)(Amazon),「地方創生の正体-なぜ地域政策は失敗するのか」(著者:山下祐介,金井利之)(Amazon)等の学者本も読み応えがあるが,「地方創生大全」+「地元経済を創りなおす」の方法で問題を理解して読み進めると,これらの著者らが何をわかっており,何がわかっていないかが,浮かび上がってくるようだ。

詳細目次

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政府:力と公共政策

「問題解決と創造の頁」の「政府:力と公共政策」の「固定ページ」を作ったので,投稿しておきます。この分野は,弁護士業務と密接な関係があります。法を制定し(立法),適用する(行政,司法)ことも政府の役割ですから。

「政治」が注目される理由

 私は,現代社会が抱える様々な「問題解決と創造の頁」,これを生活・仕事,政府・企業,環境の5つ要素から考えたいと思っている。

ところで,私たちは,普段,5要素の何が大切だと考えているだろうか。普通に考えれば,生活であり,それを支える仕事,更にはこれらの活動の場となる環境であろう。

しかし,私たちが一番興味を持つのは(あるいは持たされるというべきか),政府の支配者の選定,行動に係わる「政治問題」であろう。そうなるのは,ひとつは,政府を国家と同視することによるのだと思う(国家という用語は多義的であるが,5要素を含む構造である社会に比して,国家は5要素を含む歴史,地理的概念として使用されることがあり,その場合,すべての問題が,政府=国家に含まれることになる。)。

もう一つは,民主制を支える国民として,支配者の選定,行動についての正当な関心に基づくものであるが,支配者側の専門性,秘密性,権威性を盾にした権力の壁は厚く,国民はほとんどすべての面で情報操作されているという方が実態に近いだろう。更に,政府は,国民全体の代表として,外交の延長上に戦争を企て,実行する。戦争は,生活領域に近接ないし生活領域内で行なわれれば,生活,仕事,環境のすべてを破壊しかねない行為である。そんなことは分かっているはずだが,戦争が実行された後に,それに気が付くというのがお決まりの「歴史」である。政府の財政,社会福祉制度が破たんしようと,円が大暴落してハイパーインフレになろうと,立ち直る方法はあるが,戦争は立ち直り至難な問題である。だから私は,戦争だけには入り込まない「政府」を選定するのが,最低限の国民の「良識」だと思う。こんなことを考えなければならないこと自体,「政府」にはいい加減にしてもらいたいと思うが,どこの国の「政府」もレベルはあまり変わらない。

力と公共政策

政府の問題は,力と公共政策が基本的な問題である。これを,国内の支配・公共政策と,国際・戦争問題に分けて考察することができる。

支配の問題は,「行政学講義」(「行政学講義」を読む)を出発点にしたい。公共政策の問題は「入門 公共政策学」(「公共政策」という「窓」を通して社会の構造を理解する)で検討に着手した。

検討すべき本

今後検討すべき本を,紹介しておく。

支配・公共政策

行政学講義
入門 公共政策学
自治体行政学
自治体政策法務講義
自治体
啓蒙思想2.0
シンプルな政府
哲学と政治講義
公共政策を学ぶための行政法入門

国際・戦争

国際法
国際法(大沼)
国家興亡の方程式
避けられたかもしれない戦争
入門 国境学
「教養」として身につけておきたい戦争と経済の本質 
戦略原論 軍事地平和のグランド・ストラテジー 

 

 

「社会保障」という「窓」を通して社会の構造を理解する

教養としての社会保障」を読む

著者:香取照幸

社会保障制度を理解する

「公共政策」という「窓」を通して社会を理解する上で,社会保障制度(継続して実行される「公共政策」を「制度」と呼んでいいだろう。)は,政府の活動における比重からいっても,果たす役割からいっても,もっとも重要である。

そこで厚労省の元官僚の香取さん(帯には,年金を改革し介護保険をつくった異能の元厚労官僚とある。)が書いた「教養としての社会保障」(以下「本書」という。)に目を通してみた。日本の「社会保障」の現況とその問題点,今後の方向性について,資料を添えて要領よくまとめられている。

社会保障制度の概要

社会保障制度の主要な部分は,ⅰ年金,ⅱ医療,介護,雇用,ⅲその他の給付に分けられるだろう。

本書によれば,ⅰの「年金は現役世代が高齢世代を支える制度、世代間扶養の順送りの制度であるが,年金制度は現在、約130兆円の積立金を持っている。今後の高齢者人口比率が高い厳しい25年を乗り切るために、この積立金の活用に加えてマクロ経済スライドという仕組みで給付を調整しようというのが、2004(平成16)年の年金制度改正だ。マクロ経済スライドというのは、簡単に言えば現役世代が負担できる範囲内で年金給付を調整する、という仕組みである。」。

ⅱ医療,介護,雇用は,みんなで「保険料」を出し合い,給付が必要となった人を支える共済制度だ。介護保険はこれがなければ高齢者の処遇が大問題になっていただろうから,その導入は高く評価できる。

ⅲその他は政府が費用を負担する「公共政策」と分析することができよう。

といっても,ⅰにもⅱにも,税金,国債発行分から巨額の資金が持ち出しになっているのだろう。

しかしそれぞれは,異なる経緯で設計された異なる入出金がある異なる制度である。現在これらの各制度が大きな問題を抱え,将来どうなるかという議論をするときには,とりあえずそれぞれを分けて議論すべきであろう。一緒くたに少子化,高齢化,デフレに責任があるとするのは,問題を覆い隠すだけである。

少子化というのは数値はともかくその趨勢は誰にも分っていたし,高齢化は足し算さえできれば誰でも計算できる。

デフレ(失われた20年)というのは振り返ってみた話で,バブル崩壊後の気持ちもなえる状況の中で見込むべき経済成長率は最小の数値だろう。

これらについて,社会保障制度を運営するうえで,どの時点のどの予測が違っていたから,現在の危機的な状況に陥ったのか,厚労官僚にこそ,冷静な分析を望むのが当然である。

問題の分析と著者の立ち位置

この点,著者の立ち位置は,とても気になる。

著者は,現在社会保障制度が危機的な状況にあることについて「犯人探し」をすべきではないというが,「原因探し」をすべきである。どういう予測のもとに,どういう制度を立ち上げ,あるいは変更し,予測がどうなったから,現在の状況に至っているのか,そのことについて,制度遂行にあたった政府機関に問題はなかったのかについて,冷静な分析がなされるべきである。それがあってはじめて市民として負担増が納得できるというべきである。

ⅰが最も難しい問題であることは容易に理解できる。市民としては老後に備えた任意の貯蓄はむつかしから強制徴収の制度に耐えるのである。これらについては今までどれだけの持ち出しがあったのか,マクロ経済スライドにすることで現役世代の負担がどうなり,年金給付がどうなるのか。

著者は,ミクロとマクロという言葉を持ち出し,市民は目の前の利害にとらわれ,役人や政治家のように全体の制度がわからないというが,役人や政治家がマクロがわからず制度設計をし,空手形をきったから,市民が責めたくなるのではないだろうか。

ⅱについて,日本の医療保険制度は,皆保険で効率的であると胸を張るが,病気,老化はだれもにも問題は分かりやすいし,市民に自分自身のために病気,要介護状態にならないというインセンティブがある。そして制度が民間の現場の血のにじむような努力に支えられているからそうなっているのは明らかである。厚労省が,政治家に責められて,たばこの被害の防遏から後退していることは,何とかならないのか。

社会論,経済論について

社会保障の機能の基本は上記のとおりであって,これぐらいなら誰にでもわかっている。わざわざ「社会の活力の源泉は,個人の自立と自由な選択に基づく自己実現」であるという議論を持ち出されてお説教される理由はない。

経済論も,試論,仮説であって,それだけのことである(なかなかよくまとまっているとは思うが。)。筆者が元厚労官僚の立場で力説しても,居酒屋政談といわれるのは仕方ない。

著者は,危機的な状況にある社会保障制度の「改革」を,社会論,経済論で下支えしようと思ったのだろうが,そうであれば,まず原因論を科学的に展開すべきである。そのうえで,科学的な社会論,経済論を展開すれば,もっと受け入れやすい本になったであろう。

なお,厚生労働白書も一読されたい。

詳細目次

 

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「公共政策」という「窓」を通して社会の構造を理解する

入門 公共政策学」を読む ~社会問題を解決する「新しい知」 著者:秋吉貴雄

「入門 公共政策学」を読む

相当以前から「公共政策学」という,何をしているのか,中味を想定しづらい学問領域があることは知っていたが,中学社会科の「公民」というネーミングと似たようなうさん臭さを感じ,興味を持つことはなかった。しかし「アイデアをカタチにする」のひとつとして「「政府の政策」を読み,活用する」を取り上げたので,その入口として参考になるかもしれないと思い,表記の本(以下「本書」)に目を通してみた。

まず本書は,「公共政策学」の手法,現状,方向性等をコンパクトな新書の分量に収めた分かりやすい「概説書」,「要約書」として,高く評価できる。

本書のさわりを紹介しよう。本書は,政府の公共政策の立案・実行過程を,①問題-②設計-③決定-④実施-⑤評価に分けて分析する。本書によればこの過程は,社会の「望ましくない状態」が「政策問題」として認識・定義される(①問題),担当府省において解決案(政策案)が設計される(②設計),そして,政策案とともに関連する法案が担当府省で準備され,国会で決定される(③決定),決定された政策は行政機関を中心に実施される(④実施),最後に政策が評価される(⑤評価)と表現することができる。この過程の把握,及び改善策の提言が,「公共政策学」ということのようだ。

「公共政策」の分析手法は社会を把握,分析するツールとして有用だ

それとは別に,本書が対象とする「公共政策」の分析手法-「公共政策」という「窓」を通して社会をみること-は,複雑な現代社会の現状,構造を把握,分析するための極めて有用なツールであるということに気づいた。ただ,それを理解するには,いささか下準備がいる。

考えてみれば政府のするあらゆる行動は,それが例え「戦争」や「原発」,「天下り」であっても,公共政策の立案・実行過程の全部または一部とみることができ,当該立案・実行過程には,政府の役人,政治家のみならず,多様な人間が関与している。政府の行動を,権力者の閉ざされた権力行動や利益追求行動とみるだけでは問題が浮かび上がらない。政府のあらゆる行動を,公共政策の立案・実行過程のどこかの局面における行動として位置付けることで,問題を立体的に把握できる。もちろん「公共」政策だからといって,これに従うべきだとか,私益追及ではないというような意味合いはまったくない。

しかも現代国家においては,政府の行動が極めて大きな比重を占めている(たとえば「社会保障」は,GDPの20%が動き,国家予算の5割を超えるという指摘がある(「教養としての社会保障」)。政府の行動の最も基本と考えられる「秩序維持」のみならず,「経済・金融政策」,「社会保障」,「教育」,「外交・戦争(防衛)」等々,いずれも公共政策である。市民や企業の日常に,このような政府の公共政策が介入する場面は極めて大きく,これを離れて,日々の生活やビジネスは成り立ちがたいだろう。

したがって「公共政策」という「窓」を通すことによって,市民や企業の日常に大きく侵入することのある政府のまとまった行動と,これとは別に存在する市民や企業の独自の行動領域,及びこれらの関係が見えてくる。市民や企業にとって,多くの場合,公共政策はあくまで行動するためのフレームワーク,制約にすぎず,市民や企業の多くは,その中で自律的にそれぞれの目的追及のために行動している。

しかしそうであっても,どちらの行動も,上記の①問題-②設計-③決定-④実施-⑤評価という共通の手法,基盤で分析することができる。

このような意味で,「公共政策」の分析手法は,社会を把握,分析するツールとして有用であると考えられる。具体的な適用は,今後の「「政府の政策」を読み,活用する」の中で考えていこう。

本書の分析手法の応用性

このように,本書が公共政策を分析する際の,①問題-②設計-③決定-④実施-⑤評価という枠組みは,単に公共政策だけではなく,市民の日常生活から,企業の経済戦略を含んで,一般的に適用することができる。

例えば,①問題-②設計-④実施-⑤評価の過程は,社会における市民,企業の一般的な行動過程そのものである。公共政策では,ここで除いた③決定が独自の大きな意味を持つが,これは公共政策が,民主的な政治システムに従って決定され,市民,企業の権利制限,義務付けが,法令によってなされなければならないからである。そのため,学者を動員した検討(権威付け)がなされること,政策案を国家の法体系に整合的に適合した法令とするために膨大な労力が割かれること,政治家が登場して様々な思惑から駆け引きがなされること等々は,公共政策特有の問題である。

また③決定-④実施過程は,市民にとっての,政治,社会批判(⑤評価)である。したがって,私たちが今の社会に対して持つ様々な不満は,たいてい,政府及びこれに関与する政治家,官僚,財界,マスコミ等々が展開する「公共政策」の,③決定,④実施,及びこれらの報道と不即不離である。市民の批判が,③④について,単なる直観的,情緒的な批判ではなく,①問題-②設計-③決定-④実施の過程を踏まえた批判になれば大きな意味があろう。

なお④実施-⑤評価の過程の過程は,弁護士にとっては,違法な行政行為とその是正を求める訴訟過程でもある。

①問題-②設計-③決定-④実施-⑤評価の過程の概要

以下,①ないし⑤の過程について,本書の内容を概観する。なお本書は,本文中でも,適宜そこまでの説明を要約しており,その意味でもとても使いやすい。

①問題

これについて本書が挙げるツールは,ⅰ問題への注目,ⅱフレーミング,ⅲ問題構造の分析である。

ⅰ「問題への注目」につき,問題が注目される要因としては,①重大事件の発生,②社会指標の変化,③専門家による分析,④裁判所での判決がある。問題への注目には様々なパターンがあり,同じ状態が続いていても世間の関心が上昇・下降する場合もある 。

ⅱ「フレーミング」につき,政策問題をどのような枠組みで捉えるかというフレーミングによって,問題への認識や対応は異なる。フレーミングで重要な役割を果たすのが言説である。またフレーミング自体も時代によって変化するものである(リフレーミング)。

ⅲ「問題構造の分析」につき,分析されるべき問題構造とは,問題を形成する要因とその要因間の関連性である。要因探索手法としては,階層化分析(ロジックツリー。MECEの原則による。)と,ブレインストーミングとKJ法等がある。問題要因が探索されると,次にコーザリティ(因果関係)分析が行われ,要因間の関連性が示される。これによって判明した要因間の関連性をもとに問題構造図が作成される。その際重要なのがフィードバック・ループの存在である。

②設計

これについて本書が挙げるツールは,ⅰ社会状況の分析,ⅱ問題解決の手段,ⅲ費用便益分析,ⅳ法案の設計である。

ⅰ「社会状況の分析」につき,政策問題に対して担当部局によって解決案(政策案)が設定されるが,まず社会情報の調査が行われる。担当部局は独自に調査する場合もあれば,外部のシンクタンクに調査を委託したり,既存の調査結果を利用したりする。次に将来状況についての予測が行われるが,資源不足から行われない場合も少なくない,予測の基本手法としては,投影的予測,理論的予測,類推的予測があるり,使い分けられる。

ⅱ「問題解決の手段」につき,政策を,目的を達成するために政府が社会をコントロールする活動と捉えた場合,政策手段の区分として,①直接供給・直接規制,②誘引,③情報提供の三つがある。これらが単独で用いられることは稀であり,ポリシーミックスと称されるように様々な手段が組み合わされて用いられる,この際重要なのは相乗効果の発揮である。

ⅲ「費用便益分析」,ⅳ「法案の設計」につき,費用便益分析では,政策が社会にもたらす費用と便益が算出され,意思決定のための指標が計算される。これらの分析をもとに政策手段が選択され,ポリシーミックスとして組み合わされると,その政策を実施するための法律案(法案)が設定される

③決定

決定過程については,ⅰ専門家・業界の意見聴取,ⅱ市民の意見聴取,ⅲ官邸との調整,ⅳ与党・政治家との調整,ⅴ国会審議が検討されており,従前,政治学や行政学で論じられてきた問題である。

④実施

これについて本書が挙げるツールは,ⅰ実施のデザイン,ⅱ組織間の連携と調整,ⅲ第一線職員である。

ⅰ「実施のデザイン」につき,政策を実施していくために,法律の執行に伴って内閣は政令を定め,担当省は省令を定める。また実施の現場となる地方自治体に対しては担当省から通達・通知として,具体的な命令・指示が行われる。さらに現場の担当職員に対しては実施のための具体的なマニュアルとして「実施要領」が作成される。

ⅱ「組織間の連携と調整」につき,政策の実施には多くの機関が関与する。機関の間の関係は,法律等によって規定されているものの,実際に政策を実施してく上では様々な調整が必要になる。調整は担当者の連絡調整会議を主体に行われるが,中央府省から地方自治体への出向者を通じて行われる場合もある。

ⅲ「第一線職員」につき,政策実施の現場で職務を遂行する第一線職員には,一定の裁量があり,職員がどのように裁量を行使するかによって実際に住民に提供される政策の内容が異なってくる。また第一線職員は実際の職務を遂行していく過程では,業務量の方さや相対立する政策目的といった困難を抱えているのである。

⑤評価

これについて本書が挙げるツールは,ⅰセオリー評価,ⅱプロセス評価,ⅲ業績測定,ⅳインパクト評価である。

ⅰ「セオリー評価」は,政策のデザインの妥当性,政策のロジックが適切であったか否かについての検討,評価である。ロジックを構成する要素は,投入,活動,産出,成果(中間・最終)であり,この経路図が「ロジックモデル」といわれる。デザインが評価されると,評価の焦点は政策に実施状況に移る。これがⅱ「プロセス評価」である。

ⅱ「プロセス評価」は,当初の計画をもとに適切に政策が実施されたか,投入された資源は質量ともに適切であったかが,検討される。その中心になるのが実施状況のモニタリングであり,各種データの収集から実施現場の訪問まで行われる。次に政策の活動内容と成果(結果)が計測される。

政策がもたらした結果について検討するⅲ「業績測定」では,「算出」と「成果」の二つを「業績」として計測していく。そこでは政策の業績に関する指標(業績指標)が「目標値(業績目標)」とともに設定され,それを基に測定される。さらに目標値の達成度合いをもとに政策を見直していく「目標による管理」も行われる。評価の焦点は,「政策が最終的に当初の目的を達成できたか否か」に移る。

ⅳ「インパクト評価」では政策の実施による問題の改善度合いの観点から評価が行われる。実験法や準実験法では「政策を実施した集団」「政策を実施しなかった集団」の比較が行われる。また,全国単位で実施される政策では集団の比較が困難なため,実施前後の比較で効果が測定評価される。各評価手法で得られた評価結果をもとに政策を改善していくことが重要になる。

法令の位置付け,その他

①問題-②設計-③決定-④実施-⑤評価の過程を見ていくと,②③④に法令が出てくるが,その内容について,大した分析がされていない。法令の柵瀬,適用が,公共政策の立案・実行に一過程であるという理解は視野を広げるが,そのうえで法令がどうあるべきなのかを考える必要がある。

法令は,自然言語に基づく「ルール」であるが,法は歴史的に形成されてきた「文化」であること,国全体の法体系が矛盾なく存在すべきであること,国民の権利を制限し義務を負わせることからその内容が緻密であること等の負荷があり,その起案は,行政にとって大きな負担となっている。「公共政策」の一環として,法令が容易に理解できるように改善されるべきであるが,実際は,「責任逃れ」もあって,ますます長大化,複雑化し,理解しがたいものとなっている。「公共政策学」も法令の改善に取り組んでいただきたい。

その他,本書は公共政策の改善をする手法として,「inの知識」と「ofの知識」をあげる 。「inの知識」とは,「政策決定に利用される知識」であり,政策を分析評価する手法をに係わる。「ofの知識」とは「政策のプロセス」に関する知識であり,政策が決定,実施されるメカニズムに係わるとする。ただあまりピンとこない。

あと公共政策を上記の過程に分け分析をすることは優れた手法だと思うが,それぞれでする分析の内容が,論理的で科学的,あるいはデータを踏まえた誤りのない統計分析であることが必要だ。

一応本書の紹介はここまでとし,詳細目次を掲記しておく。なお,次に,この分野の最大の問題である「社会保障」についてだけは,考えておきたい。そのために次に上記の「教養としての社会保障」を紹介したい。

 

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「政府の政策」を読み,活用する

 アイデアをカタチにする

「政府の政策」を読み,活用するという「アイデアをカタチに」しようと思っています。これは今後,固定ページで展開していきますが,その最初の投稿です。最新の内容は,固定ページで確認してください。

「政府の政策」を読み,活用する

政府は,必要と判断する多くの「政策」を実行するために,国民・企業から資金(税金)を吸い上げ,罰則を伴う「ルール」を設定して,モノ,カネ,ヒトを投入する行政活動を行っている。国民・企業は,生活・存続のための財の取得活動にその労力の大半を費やすが,政府は国民・企業の資金で政策実行のために自由な活動を行い,国民・企業への規制,影響はますます強まっているから,立法府,裁判所はその活動を合理的なものに事前・事後に規制し,国民・企業はその活動を把握,監視してこれをコントロールすると共に,自分たちのための政策だからこれを有効に活用すべきだろう。

ところで現在の政府の政策・活動は,社会の多様化,グローバル化,科学技術の進展,コンピュータやインターネットの常態化等によってきわめて複雑化・多様化しているが,政府はその政策・活動の多くをインターネットで公開するという方針が推進されているし,その内容も,各省庁ともWebサイトの作成に多くのカネ,ヒトを投入し,競って網羅化,精緻化し,かつ各省庁で横断化されている(これらによってますます細かい政策が生み出される)ように見受けられ,一昔前のお粗末なWebサイトとは全く異なっている。ただ国民・企業は,まだその利用に十分習熟しておらず,ウオッチし続ける活動にも慣れていない。特に通常,インターネットでの情報収集は,検索して必要な情報を得て終わりということが大部分だから,膨大な政府の政策情報の全体像を把握し,これを整理し,必要な情報を抜き出して自分に役立つように有効活用することは,直ちにできるわけではないだろう。特に政府の政策は「ルール」(法律,規則等の法令)に基づいて実施されているから,その解読も必要だ。

そこで「法令」を扱うことを業としIT・AIが大好きな弁護士である私として,「政府の政策を読み,活用する」という「アイデアをカタチにする」ために何ができるか,少し考えてみたい。まず,政府のWebサイトの全体像を把握してみよう。

そのうえで,今後,これから必要な情報を整理して抜き出し,国民・企業が有効活用できる方法を模索してみよう。

以後は,固定ページに。