人の知能・思考がとらえる世界とは何か-方法論の基礎

「知ってるつもり」と「武器化する嘘」

人の知能は,世界を(実験によって)観察し,論理的に思考・分析して,表現・評価し,「問題解決と創造」につなげることができるが,その過程に様々な誤りが紛れ込む。

最近入手した二つの本(「知ってるつもり 無知の科学」(著者:スティーブン スローマン, フィリップ ファーンバック)と「武器化する嘘 情報に仕掛けられた罠」(著者:ダニエル・J・レヴィティン)は,人の知能・思考が世界をどのようにとらえるのか,世界をとらえる正しい方法論は何かについて,類似した視点と方法にたつ「総論」と「各論」ともいうべき本である。

両書とも非常に優れた内容を持つが,翻訳英書に共通する饒舌さや捩じれと翻訳の分かりにくさがあって,両書の構造,内容を正確にとらえるのが少しむつかしいようだ。

私としては両書を,「問題解決と創造の頁」の「方法論の基礎」の最初に位置づけたいと思っているので,その詳細な紹介をしたいと思っているが,今少し時間がとりにくい状態にあるので,ここでは備忘のために書名とさわりだけ紹介したい。

「知ってるつもり 無知の科学」(著者:スティーブン スローマン, フィリップ ファーンバック)を読む

ポイントは,「The Knowledge Illusion」であるが,これを「知能の錯覚」と訳されても,あまりピンとこない。

人の知能は,複雑な世界から行動(繁殖と生存だろう。)するために必要なもの,重要なものだけを取り出すように進化した。その知能のあり方が,「The Knowledge Illusion」である。そして行動するために重要なのは,原因と結果の因果的推論である。これには2種類(システム1とシステム2,あるいは直観と熟慮)ある。しかし人は,因果システムを自分が思っているほど理解していない(説明深度の錯覚)。直観は個人の頭にあり,熟慮は知識のコミュニティの力を借りている。後者がコミュニティの問題であるというのは,重要である。すなわち人は,体と世界,他者,テクノロジーを使って考える。

そして賢い人を育て,賢い判断をするための方法(ナッジ)がある。

後半は,行動経済学と重なっている。

この本の構成は英文の方がわかりやすそうなので,英書の目次を掲記しておく。

The Knowledge Illusion: Why We Never Think Alone

 

INTRODUCTION:Ignorance and the Community of Knowledge

 

ONE What We Know/TWO Why We Think /THREE How We Think /FOUR Why We Think What Isn’t So /

 

FIVE Thinking with Our Bodies and the World /SIX Thinking with Other People /SEVEN Thinking with Technology /

 

EIGHT Thinking About Science /NINE Thinking About Politics /

 

TEN The New Definition of Smart /ELEVEN Making People Smart /TWELVE Making Smarter Decisions

 

CONCLUSION:Appraising Ignorance and Illusions

 

「武器化する嘘 情報に仕掛けられた罠」(著者:ダニエル・J・レヴィティン)を読む

「知ってるつもり」で分かるように,人の知能・思考は「The Knowledge Illusion」にあるから,これを悪意を持って利用しようとする人も多い。

それをどのように批判的に吟味するかという観点からまとめたのが「武器化する嘘」である。「数字を吟味する」,「言葉を吟味する」,「世の中を評価する」から構成されている。認知科学,論理学,自然科学等を踏まえている。ベイズ確率が重視されている,

ただ体系的にまとめたというより,事例集という面があるので,記述相互の関係が分かりにくい。これを参考にしながら,どのように正しく考えるのかを,まとめていく必要があるだろう。

これも内容は,英書の目次の方が分かりやすそうなので掲記しておく。

A field guide to lies and statistics: A Neuroscientist on How to Make Sense of a Complex World

 

Introduction: Thinking, Critically

 

PART ONE: EVALUATING NUMBERS

Plausibility /Fun with Averages /Axis Shenanigans /Hijinks with How Numbers Are Reported /How Numbers Are Collected /Probabilities

 

PART TWO: EVALUATING WORDS

How Do We Know? /Identifying Expertise /Overlooked, Undervalued Alternative Explanations /Counterknowledge

 

PART THREE: EVALUATING THE WORLD

How Science Works /Logical Fallacies /Knowing What You Don’t Know /Bayesian Thinking in Science and in Court /Four Case Studies

 

Conclusion: Discovering

これらの本の利用法

これらの本では,対象として検討している問題が政府の政策であったり,社会問題だったりすることが多い(科学の問題も多い。)。しかしそれらは,所詮,投票を通じてしか実現しない問題であるから,当面,悪意ある人たちに騙されないように,軽率に扇動されないようにという観点から,弁えれば十分だろう。

重要なのは,自分の生活,仕事にこれらを生かすことである。私としては,当面,自分の生活,仕事を充実させること,楽しむこと,社会との関係でいえば,あらゆる人の仕事の生産性を向上させるIT,AIの実際的な使用や企業統治の問題等の分析にこれらを生かしていきたいと考えている。

 

「哲学入門」を読む 2

著者;戸田山和久

とても気になる本だがいったい何が書いてあるのだろう-全体の流れが見えない

「哲学入門」」を最初に紙本(Real本)で買ってから3年以上が経っていると思う(その後,Kindle本も買った。「「哲学入門」を読む 1」という記事も前に作成した。)。この本は,モノだけのこの世界で,生物に「アフォーダンス(オシツオサレツ表象)」が生じ,ヒトがその発展バージョンである言語による信念と欲求を持って様々な行為の帰結を考えて行動するということはどのように生じたのか,更に,自由,自由意思,責任等々と話が進む。

私は,この宇宙にはモノしかないが生命が生まれ,進化し,その流れの中でヒトの言語,心が生まれ,現在に至ったが,ヒトの直感(システム1/著者の表現では「ニーズと知覚情報によるアフォード」)と理性(システム2/目的手段推論)が錯綜していることに加え,IT,AIがこれを劇的に加速し複雑化させることで,現時点の社会(政治,経済,生活)はアップアップしていると考えている。

したがって私は,著者の立場と方向性に異論はないので,この本の議論を,少しでも今の社会を改善するツールとして使いたいのだが,いやあ実に分かりにくい。個々の記述は軽妙な語り口で十分に入り込めるし,著者の押す方向に滑っていくのは快感さえ覚えるのであるのだが,さてそこが全体のどこに位置するのか,各記述の関係はどうかヒトの進化や「直感とと理性」について,他の研究で指摘されていることとの関係はどうか等々を考えはじめると,うっそうとした森の中で泥沼に足を取られたようで動きが取れない。今,今後のアイデアや仕事に活かしたい本が山ほどたまっているが,いつまでもこの本に引っかかっていると,前に行けない。

一番の原因は,著者がミリカンの議論によって他の哲学者の議論を蹴落とし,ミリカンに結論を集約しようとしたことにあるように思う。私も「意味と目的の世界」(Varieties of Meaning)を買ったが,著者がいうように「なかなか議論が入り組んでいて難しい本だ」。

「定義集・要旨集」(チャート)があって,それを頭に入れて読めば,著者の論理,流れがたどれるような気がしたので,その本当のさわりだけでも,チャレンジしてみようと思って少しはじめたのだが,作業の過程でそれをやっている記事を2つ見つけた。「吉田茂生」さん「シノハラユウキ」さんの記事である。

私はこの本のかなり詳細なレジュメである「KnoNの学び部屋」は知っていたのだが,これはできるだけ細部の表現をまとめようとするもので,全体の流れを理解するのは不適だった。しかし,今回,2つの記事を見つけ,これは十分な「定義集・要旨集」になっていると思われたので,私版の作成は止めることにした(この本の詳細目次だけ,末尾に掲げておく。)。この本に関心を持つ人は,こういう作業をしたくなるようだ。

私は,この本の最重要ポイントだけ,掲記しておこう。

この本の最重要ポイント

モノの世界を流れる情報が,原始生命のアフォーダンス(オシツオサレツ表象)を生み,表象は,指向性,間違い可能性を生み,ヒトは,そこから進化した目的手段推論(信念と欲求を組み合わせて、 目的に適った行動を生み出すシステム)という拡張機能付きのオシツオサレツ動物となった(ここから先の自由と自由意思については,「吉田茂生」さん参照)。

八つ当たり的備忘録

前置き

著者がこの本を書くために膨大な時間を費やしたであろうこと,個々の記述に当たって,ああでもない,こうでもないと,苦渋に満ちた推敲を重ねたであろうことは,十分に推測できる。そのことを考えれば,この本の評者がほぼ口を揃え,「今までほとんど誰もやったことのない自然主義の哲学だから」と,分かりにくさを擁護するのことにも理由がある。でも何度目を通しても,分かりにくい。「こんな本,二度と手に取るか」といって済ませられればいいのだが,実際は,折りに触れ,何回も手に取り,「この部分はすこし分かるねネ。」と,喜んでいる。

しかし,考えてみれば私の仕事である弁護士も,決して自陣に有利とも言えない証拠と,往々にして型にはめた結論しか導くことのできない裁判官を前に,結論も,論理も見えないままに,法律書面(準備書面,弁論要旨等)の執筆をはじめ,膨大な時間を費やして苦渋に満ちた推敲を重ねている。しかも私が最善の書面ができたと思っても,それを私が費やしたおそらく100分の1以下の時間で読み流すだけの読者たる裁判官の読解能力は,私のこの本の読解能力と同じようなものだ(本当をいうと,もっと…だ。)。でも誰も著者のようには,擁護してくれない。

この本の分かりにくさのひとつに,この類の与太話が散在していて,ますます論旨が辿りにくいことにもある。

この本はまだ初版だ。この本の内容がもっともっと整理され,分かりやすくなり,読者の主戦場で役立つようになることを多くの人が期待しているだろう。私もそういう方向へ改訂されることを望むが,多分こういう書きぶりの本は改訂されないかな(唐突であるが,随分昔の話になるが,刑事学の故平野龍一さんの「刑事訴訟法」,「刑法総論ⅠⅡ」と似た匂いがする。後者で平野さんは,団藤さんが。「故意は,構成要件にも属するが,その本籍は責任」という議論をしていることを「故意には,本籍も現住所もない」とからかっていて,笑えた。古い笑い話である。)。

そこで私なりに,この本のこの点はどうなのという点について「備忘録」を作っておこう。

ありそでなさそなもの

著者は,意味,機能,表象,目的,価値等々を列記し,これらは共通してモノではなく,「ありそでなさそでやっぱりあるもの」であるとして,意味とは何かから議論を始める。

でも著者の議論は,モノの世界を流れる情報→原始生命のオシツオサレツ表象とアフォーダンス→目的手段推論付きのオシツオサレツ動物であるヒトへの進化という流れを押さえるのが重要で,読者にそれだけで息切れさせる「意味とは本来の機能」の議論をアフォーダンスさながらに行うことが必要かな。まず「本来の機能」の起源論的説明だけをすれば十分では。

代わりに,議論を支える因果関係とか,推論とかについて,言及がないよね。

でも,第1章「意味」の中のチューリング・テスト,サールの中国語の部屋の議論,及び第5章「目的」のロボットが「自分の問題を持たない」という議論は,AIの理解について役立つけれど。

第4章「表象」の,情報→表象の議論は本当に嫌になるが,それから距離を置くとして,事実的な因果関係としてはどう理解すればいいんだろう。

ついでに,第5章「目的」で,本来の機能と目的は表と裏であるが,目的は多義に使用されているので整理するとされているが,整理されているかなあ?

目的手段推論は英語では?無駄な出費をした私

著者は,この本の中で,目的手段推論の意味を自ら定めているが,それについて,David Papineauやミリカンを援用して議論を進める。この二人は,目的手段推論を英語で何とネーミングしているのだろうか(似たような「概念」かもしれないが)。気になった私は,Amazonで,著者が挙げるDavid Papineauの紙本しかない「The Roots of Reason: Philosophical Essays on Rationality, Evolution, And Probability」を買おうと思ったが,一口では言えない手際の悪さで,間違って,高額なKindle本の「Thinking about Consciousness」を買ってしまった。トホホ…加えて,私が上記「The Roots of …」を買おうと思ったのは,著者が,David Papineauが挙げる認知デザインは6段階あるとしながら,4,5段階についてまったく触れないので,それも確かめたかったのだ。それもできなくなってしまった。トホホ…

刑罰論は「カテゴリー錯誤」?

著者は,ヒトは,目的手段推論付きのオシツオサレツ動物であるということから,限定された意味での自由はあるよね,自由意思はどうかなと論じ,最後に,だったら刑罰を科すのはどうなのという議論をする。

でも刑罰というのは,ヒトが,言語を獲得したあとに,農耕がを始まり文字を使用し「暴力装置」といわれる国家が形成されて以降に問題になることで,これについて,複雑化される以前の狩猟採集生活+言語獲得レベルのヒトの議論(バクテリアの進化版)をそのまま持ち込むのは,「カテゴリー錯誤」?だと思う。国家を踏まえたヒトの議論は,何重にも屈折せざるを得ない。

多分一番イメージしやすいからだろうか,進化論を踏まえた諸学の研究者は,刑罰論に飛びつく。私はどうかと思う。

おまけたっぷり

でもこの本は,やはり楽しい。チューリング・テスト,サールの中国語の部屋,ロボット論,目的論的意味論,分析哲学批判,理論的定義,「本来の機能」の起源論的説明,シャノンの情報論とエントロピー,ドレツキの「Knowledge and the Flow of Information」(このKindle本も買ってしまった。)ミリカンの表象論,スワンプマン,アフォーダンス,デネットの自由論等々。おまけたっぷりだ。

それはそれとして私は,この本の泥沼からいったん抜け出し,頭を切り替えることにする。

追加

今の政治状況は,とても困ったちゃんだと思う。でも,たまたまつん読本の「啓蒙思想2.0」を手にしたところ,「直感」と「理性」の正確な分析とその使い途を踏まえ,「政治・経済・生活を正気に戻すために」どうすればいいのかについて詳細な検討がされていることに気がつき,興味津々,今の「情況」を切り拓く手掛かりになりそうだ,次はこれを紹介しよう。
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今気になっていること2題

因果関係論

私は今後いろいろな人と協力して健康管理システム(アプリ)を作っていきたいと思っているが,健康とか医学を検討する上で「原因と結果の因果関係論」が今とても気になっているので早急に整理したい。

問題は,例えば「煙草がガンの原因である」というような言説があり,常識的にはそのとおりだろうと思うが,因果関係と相関関係は違う,第3の介入要因の不存在が必要だというこれまたもっともな理由から,直ちに上記言説は間違いだとする信じてはいけない「統計的に正しい」こと―あやしい健康情報やニセ科学にダマされない方法“>「信じてはいけない「統計的に正しい」こと―あやしい健康情報やニセ科学にダマされない方法」というような本もある。養老孟司さんもこの考えのようだ。

これに対して津田敏秀さんという疫学を擁護する医学者の人が医学的根拠とは何か (岩波新書)“>「医学的根拠とは何か」や医学と仮説――原因と結果の科学を考える (岩波科学ライブラリー)“>「医学と仮説」という本で,統計学を踏まえた疫学は科学的であり,医学者には,直感派,メカニズム派,数量化派(統計学,疫学派)があるが,前2者は全くダメだとする。上記の考えもダメだし,これらに乗っている裁判所の「因果関係」論も厳しく批判する

でも,統計学によって処理された結果について上記の考えはそれ自体はまともと思われるし,未来予測を嗤え! (oneテーマ21)“>「未来予測を嗤え」の中で神永正博さんは「統計学の回帰分析も,本当の説明変数は複雑な関係になっているかもしれないが,それを単純な式(多くは一次式)で表してみたというだけで,これで本質的に何が分かるかはかなり難しい問題で実際にはおまじないが進化したようなものかも知れない」 と述べる。疫学の科学性について,統計学それ自体の問題点や限界を踏まえた議論も必要だと思われる。特に私のような素人は,「でも絶対ではないでしょ!」と,どうしてもいいたくなる。

さらに,「メカニズム派」の遺伝情報を踏まえて原因を解明しようとするのがどうしてダメなのかもよくわからない。

今のところ,津田説は良さそうなのだけれども,その意味合いが私には十分からないし,言葉は威勢がよいが余り説得的ではないという感想さえ抱いた。

そこで客観的に検討するためには科学哲学の本を覗くのがよかろうと思って,森田邦久さんの[「科学哲学講義 (ちくま新書) 」を覗いてみたが,そこでの推論や因果関係の議論は,言葉の水準が何となく空転し,どうも頭に入らない。

以上の次第で,とにかく現状では科学的な「原因と結果の因果関係論」は全く手探り状態なので,早急に整理したい。なお,法学での因果関係論は全く非科学的で児戯に等しいと思うが,常識的なだけに,残念ながら現状の津田説の構えだけでは今のところ突破出来ないような気がしている。

このWEBサイトの作成目的について

このWEBサイトの記事の作成にもだいぶ慣れてきた。特に本の整理が容易になってきたことで,私の頭の整理も進みそうだ。でもそれはあくまで私の個人的なレベルの問題に過ぎない。「マトリックス法律事務所」というWEBサイトを作り,「ブログ山ある日々」の記事を投稿するのは,私を理解していただいて,弁護士としての仕事を活性化するためだ。これまでは,WEBサイトを作成すること自体に振り回されていたが,これからは,このWEBサイトをその目的に適合させていこうと思う。

振り返ってみると,最初にWEBサイトを作ろうと思ったのは10年くらい前だし,そのときは弁護士としてサービサーの代表取締役という固定的な仕事をしていたので,どちらかというと「ホームページ」を作るのは趣味という乗りだった。その後は,小沢事件を経て,今取り組んでいる「国際医療帰省搬送事業」(エアーアンビュランス)で手一杯になるであろうと思っていたので,弁護士としての仕事についてそれ以上のことは考えなかった。だから,「ホームページ」のセンスも昔のままだ。

でも今は,「国際医療帰省搬送事業」がなかなか開始出来ないこと,また開始してもその事業の進展と共に多くの海外(日本)進出企業(及び個人)の法務や医療関係のトラブルに「予防的」「臨床的」に取り組むべきであるので,それをこなせる東京国際空港に所在するのにふさわしい「法律事務所」(弁護士法人)を作る必要があると思っている。

このWEBサイトも,それにつながる「マトリックス法律事務所」と私を理解してもらう「ブログ山ある日々」にしよう。そのためには,「ブログ山ある日々」は徐々に投稿記事を蓄積,整理していくしかないが,固定記事の「マトリックス法律事務所」については,その構成及び内容を速やかに考え直してみよう。

「マトリックス法律事務所」のキャッチフレーズは,次のようになるだろう。

「 マトリックス法律事務所」は,東京国際空港から飛び立って世界を目指し,またここに降り立つ,世界で活躍する「企業と人」の法務支援をするための法律事務所です。また「国際医療帰省搬送事業」(エアアンビュランス事業)の法務支援も行います(これを書いたときは考えもしませんでしたが,「基本的人権を擁護し,社会正義を実現する」ことを使命とする弁護士が羽田空港の中に常駐して仕事をすると,それは「法律津事務所」の「営業」なので,「営業」についての承認,届出を定めた「空港管理規則」で規制できると考えている人がいます。弁護士の仕事は商法が定めている「営業」ではありませんし,弁護士法も別途「営業」をするときは弁護士会に届け出することになっています。そんな考え方は,私はおかしいと思っています。ただ議論して間違いであることが分かれば,いつでも改めます。2015/05/27挿入)。

また英語か!

「現代哲学」を読む

現代哲学 (哲学教科書シリーズ)
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一口コメント

昔読んだとき,よく整理されていて良い本だと思った記憶がある。それで,今,物事を分析するとき,例えば「○○とは何か」について考えるとき,「○○とは××である」と記述することはどういうことで何に配慮すればよいのかというようなことの,アンチョコとして使えないかなと思ってひっぱりだしてみたが,実にこの本は,哲学とは自然主義について「反自然主義的な問題の場の定立と,反自然主義的への哲学的批判という二つの側面を,ともに含んだ運動」であるという観点から,知識,言語,行為について書かれているということが分かってびっくりだ。

最近,「哲学入門」(戸田山和久)を読んで,自然主義の軍門に降った私も,これを読むと,自然主義対反自然主義のせめぎ合いが連綿と行われてきたことの意味合いがリアルに感じられる。私が前にこれを読んだときは,反自然主義派として,ヴィトゲンシュタインやソシュールの「言語」の分析に一番心を寄せたのだと思うが,今は,「言語」はさておくことにして,この本の「知識」と「行為」についての問題の所在の指摘が,実に戸田山哲学入門の前振りになっていることに改めて感銘を受けた。実際この本を読んで,戸田山哲学入門を読めば,何が問題であり,現代の自然主義がそれをどのように解決しようとしていることが,よくわかる。

これまでは,反自然主義の批判の対象となった自然主義が未熟であったので,そのような事態を生んだのではないか。現代科学を踏まえた自然主義の展開はこれからだろう。

「未来予測を嗤え!」を読む

神永 正博 小飼 弾
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一口コメント

冒頭部は切れ味鋭く世界の現在を垣間見せてくれる。ただ,その後は,雑多な親父トークも多く,多少迷路のようだ。ともあれ,使えるアイディアに満ちているので一読をお勧めする。

私的書評

この本の構成

この本は,数学者である神永氏とプログラマー・投資家で書評家の小飼氏の対談に,「はじめに」を書いている構成担当の山路氏が加わった鼎談ともいえるが,帯に「いま最強の理系講義」とあるように,神永氏と小飼氏がよってたかって質問者に「講義」していると見るほうがわかりにくい。数学については神永氏の,経営については小飼氏の発言の方が安心できるが,両氏とも入り混じって発言しているし,多少なりとも異論を述べている部分はごくわずかなので,両氏を区別することにはあまり意味がない。最近この手の発言者が区別しにくい「対談」が多いが,どう考えたらいいのだろうか。

すばらしい冒頭部

さて,両氏は冒頭部で,「未来は確定しているけれど人間が予測できないケースが多い」,例えば「カオスが,ランダムではなく現象は完全に決定論的だが,振る舞いが複雑すぎて長期的な予測は不可能だ」,「私たちが考えているほとんどは外界の刺激に対応しているだけだが,全体としてみると複雑すぎてわからないだけかも知れない。自由意思も単なるカオスなのかもしれない」,「統計学の回帰分析も,本当の説明変数は複雑な関係になっているかもしれないが,それを単純な式(多くは一次式)で表してみたというだけで,これで本質的に何が分かるかはかなり難しい問題で実際にはおまじないが進化したようなものかも知れない」,「経済や株価のデータを精密に研究したところ,分散(ランダムネス(無作為の度合い)がおとなしいこと)が存在しないことが分かってきたので,統計は意味がない,唯一そこに挑戦しているのはフラクタル理論を築いたマンデルプロたちくらいだ」,「物理的な制約の中にあるものは観測の精度を上げることで大体予測出来るが,人間の社会は幻想を共有することで成り立っているため,物理的な制約に縛られない変な制約が出てくる」等々と畳みかける。

そして第1講の最後で神永氏は「予測出来ない現象について価値を最大化したいなら,方法は一つ。手堅い商売をしつつ,確率は低いけど大当たりするかも知れないポジティブな結果をもたらすブラックスワンにも掛金を積むということしかない」と述べる。

わずか数ページの中に述べられた指摘は,きわめて重要だと思う。

その他印象に残った議論

第2講以降は,この冒頭部を踏まえた議論もあるし,そうでないものもあって,雑然としている印象を受ける。神永氏が情熱をもって語る教育論や,小飼氏が展開する経済政策論としての「ベイシック・インカム」,「オーナーシップを分配するベーシック・アセット」論は,やはり異論もあるだろう。面白いのは神永氏が 日本の国家が基礎科学の研究支援をおろそかにしているとの指摘の中で「分野によって優れているところはないか」,「国文学研究などであれば勝てるでしょう」は嗤える。

その中で印象に残った議論を何点か指摘したい。

  • ビッグデータの時代では理論モデルが不要となることはないが,部分から全体を推定するという意味での推測統計学の価値が下がる。
  • 株の超高速取引(裁定取引)にとって重要なのは証券取引所のホストコンピューターとの距離であるが,証券取引所が行っているコロケーションサービスは「買付け者間の公平性確保」を謳う金融商品取引法に違反しているのではないか。
  • 優秀な人材と強力なコンピュータ技術の両方を握った企業が圧倒的な商勝者社になる。Google,Apple,Amazon,Facebookといった企業に,オセロの4隅を押さえられた状態になっている。
  • 少し前まで弁護士は無敵の資格であったが,それは国家が差を作って需給のバランスをとっていたからである。弁護士を増やしたことで需給バランスが崩れてしまい,魅力的な資格でなくなった。
  • 経済活動は「差」を見つけて儲けることである。今の資本主義社会ではcomparableな(比較可能な)差をめぐって争うが,どうでもよい差に悩まされていてはダメで,incomparableで(比較不可能な)nontrivialな(自明ではない,重要な)差に目を向けるべきだ。視点をばらけさせないとダメだ。
  • 自分がやっていることが人の役に立つためには,2つの条件がある。一つは,人の話を聞き,自分のやっていることを説明出来るコミュニケーション能力,もう一つは他人が「へえーっ」といいたくなるもの(incomparableな差)
    を持っていることだ。
  • 仕事の究極の形は,要するに人を動かすことだから,本質的に詐欺師がやっていることと同じだ。
  • みんな世の中のことを大して分かっていない。調べて初めて分かることがいっぱいある。科学技術が発達したことで人間は何でも分かっているような,できるような気になっているが,実際はまだ探求されていない「穴」はたくさんある。分かっていることの方がわずかだ。

 

「逆問題の考え方」を読む

結果から原因を探る数学

一言コメント

充満したおやじギャグと展開された数式の間には深い闇がある。

入口にて

とても読んだとはいえないけれども

私はこの本の数式部分は飛ばし読みするしかないけれども(もっとも数学の本だから論述の大部分は数式に支えられているが),活字部分を追っていくだけでも,新鮮な感動(快感)を覚えた。数式部分がわずかでも追えれば,その感覚ははるかに深まるだろうと思われるが,この本は数式に「暗い」私に,過去の不勉強の悔恨を強いる。

何が書かれているのか

逆問題とは普通「現象の原因を観測結果から,法則に基づく逆のパスを通して,定量的に決定あるいは推定する問題を総称していう」が,この本では「分割された要素(=原因)達のある規則(=法則)に基づく積み重ねで得られる包括(=結果)から要素を決定または推定する問題」と定義される。具体的には,後記の目次を見ていただければいい。

私がこの本のほとんどが分からないまま最後まで目を通したのは,取り上げられた恐竜の絶滅とか,海洋循環逆問題が面白いこと,それと逆問題の解は,観測誤差に対して鋭敏になるとの指摘があること(それは,観測データによっては解が存在しない,その点に目をつむって現実には解があるとしても,解はパラメーターの変動に対して安定にならない非適切性が原因であること),そしてこのような非適切問題について,適切問題に近似しつつ解いていく「正則化法」があるが,それは数学自身の役割への問いかけであること,等が面白かったからである。

例えば,ダーウィンの「進化論」も。逆問題かなあとか,複雑化科学でいわれるバタフライ効果も「観測誤差に対して鋭敏になる」ことと関係があるかなあと思ったりもした。

あと,「自然現象はなぜ数式で記述できるのか」という新書があって,筆者は「人間にはまったく関係がない純粋な自然現象が,自然界に存在するわけではなく,100%人間が創造した数式で完璧に記述されるわけです。不思議なことではありませんか。私には,これが身体が震えるほど不思議で仕方がないのです。」との感想を繰り返し,なにやらSomething Greatを持ち出すのだが,この本の筆者のように「もともと,数学は自然現象を理解するための学問ではない。しかし,結果的には自然現象を理解するのに決定的な役割を果たしてきた。これもまた,数学が実在として自然に組み込まれているからである。」との記述の方が,私にはよほど合点がいく。ただいずれにせよここでの私の感想は「素人の戯言」に過ぎない。

オシツオサレツ(※①)

耕作中

出口と展望

耕作中

書誌と評価

書名  逆問題の考え方
著者(編者)  上村豊
出版社  講談社ブルーバックス
AMAZON  ここをクリック
本のタイプ(※②) ①参照・②簡単・③そこそこ・④かなり・⑤ものすごく
読込度(※③) 眺め読み・点読・通読・精読・熟読  →
評価 ◎・〇・△・×・?
ISBN  9784062578936

目次

  • ■第1章 逆問題とはなにか
  • 未知なるもの/内部を探る/逆問題の規定/誤差に対する鋭敏性/演算の方向/重力探査/積分方程式と逆問題
  • ■第2章 史上最大の逆問題
  • 逆問題の哲学/衝突仮説/地上からの隕石推定/衝突の論文/恐竜絶滅のクレーター探し/チチュルブクレーターの直径/決定的証拠
  • ■第3章 振動の逆問題
    振動と順問題/バネの等時性/振り子の運動/ホイヘンスの振り子/逆問題/逆解析/追加すべき観測データ/最終回答/からくり
  • ■第4章 プランクのエネルギー量子発見
  • 壮麗な逆問題/黒体放射/1段目の滝、放射公式/新たな展望/2段目の滝、エネルギー量子の発見/逆問題:エネルギー量子の決定/プランクからアインシュタインへ
  • ■第5章 海洋循環逆問題
  • 海洋学と逆問題/コリオリの力と地衡流/地衡流の運動方程式/地衡流の力学計算/基準速度を決定する逆問題/逆解析の原理/逆のパス
  • ■第6章 逆問題としての連立1次方程式
  • 最小2乗解/過剰決定系・不足決定系/最小2乗解の方程式/長さ最小の最小2乗解/ムーア-ペンローズ逆行列/特異値分解
  • ■第7章 逆問題のジレンマ
  • 正則化法/クイズ/チホノフ正則化解/特異値分解とチホノフ正則化/積分方程式の不安定性/逆問題源流探訪/放射性物質逆問題の正則化解
  • ■第8章 量子散乱の逆問題
  • 量子力学速成コース/シュレディンガー/量子散乱/ハイゼンベルクのS行列/散乱の逆問題/逆スペクトル問題/非線形波動

参考

※① オシツオサレツは「哲学入門」(戸田山和久著)から拝借。もともとは,ドリトル先生シリーズにでてくる動物オシツオサレツ(Pushmi-pullyu)の翻訳らしい。

※② 「本のタイプ」は,佐藤優さんの「読書の技法」が紹介する,②簡単に読むことができる本,③そこそこ時間がかかる本,⑤ものすごく時間がかかる本に,①必要なときに参照する本,④かなり時間がかかる本を加えて,5分類にした。

※③ 「読込度」は,M.J.アドラーの「本を読む本」に準じ,第2レベル「点検読書」を,「点読」,「通読」に,第3レベル「分析読書」を「精読」に,第4レベル「シントピカル読書」を「熟読」にし,さらに,それ以前の段階の「眺め読み」を加えた。紹介する時点では,ほとんど「眺め読み」,「点読」,「通読」だが,将来,より詳細な読み方をする必要があると感じているときは→を付加する。

「哲学入門」を読む 1

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最初のひとこと

今,私のいち押しである。諸学と実践の基礎となり得るか,要するに役に立つかどうかは,自分次第だ。熟読されたい。

入口で考える

まずは褒め称えよう

この本を何回かに分けてざっと目を通した段階だ。

AMAZONでの本の紹介には「神は死んだ(ニーチェもね)。いまや世界のありようを解明するのは科学である。万物は詰まるところ素粒子のダンスにすぎないのだ。こうした世界観のもとでは、哲学が得意げに語ってきたものたちが、そもそも本当に存在するのかさえ疑わしい。「ことばの意味とは何か」「私たちは自由意志をもつのか」「道徳は可能だろうか」、そして「人生に意味はあるのか」……すべての哲学問題は、根底から問い直される必要がある!科学が明らかにした世界像のただなかで人間とは何かを探究する、最もラディカルにして普遍的な入門書。他に類を見ない傑作です。」とある。

何の変哲もない書名である。今さらと思って,手に取る人も少ないであろう。でも偉そうである(本の中にもあの廣松渉先生も「哲学入門一歩前」しか書いていないという紹介があった。)。でも「普遍的な入門書」とか「他に類を見ない傑作」といえるかどうかは横に置くとしても,哲学畑でない人が,この本で書かれていることを気にしながら,あるいはこの基盤にうまく載るかどうかを確かめながら,自分のやっている対象について考察と実践を掘り下げていくのは,とても意味があると思う。

最初に結論をいうと,この本はこれから何度もここに戻って「諸学と実践」の基礎とすべき内容になりうる,これまでに余り見たことのない,「地平」を切り拓いているといえるだろう。だからまずは褒め称えよう。

簡単な概要

「序 これがホントの哲学だ」,「第1章 意味」,「第2章 機能」,「第3章 情報」,「第4章 表象」,「第5章 目的」,「第6章 自由」,「第7章 道徳」,「人生の意味――むすびにかえて」という構成で,序から2章が導入で(目的論的意味論),3章から4章が「言語論」,5章から結びが,人間の捉え方(「人間は目的手段推論という拡張機能をもったオシツオサレツ動物である」)を中心とした,自由と責任,道徳についての考察ということになるか。3章から5章が好きな人と,6章以降が好きな人に分かれるかも知れないが。前者が基礎論で,後者が不十分ではあるが応用論で,どちらも重要といえるだろう。なお論理がないじゃんとつっこもうと思ったが,戸田山さんは,浩瀚な「論理学をつくる」の著者だから,そこは何も言えないか。

さてと

戸田山さんの基本的なスタンスは,世界に存在するのはただ物質だけで,そこから生まれた最初の生命に端を発し,人間に意識,言語のようなあたかも物質でないような「内容物」がありそうでなさそうでやっぱりありそうなことついて科学的,発生主義的な進化論によって位置づけるということであろう。固有の哲学問題はもちろん,交換,生産という経済活動も,政治や社会,規範,制度等々の位置づけも,本当は充ち溢れんばかりの最新の科学的な知見のなかで位置づけるという作業をしたいのであろうが,まだ科学の蓄積が客観的に(プラス主観的にも)不十分で,哲学プラスαの枠組みで論じているから,書かれていることは骨皮だけだという気もしないでもない。

それに「わかりやすい」講義調の口調で書かれているが,一方でこれは先鋭な論点が曖昧になることもあるし,「生徒」である読者は講義に正解を求めてしまい何か戸田山さんがいう「正解」を得てそれだけで満足してしまう傾向も生じるような気もする。最初の頃に展開されている,チューリング・テストやサールの「中国語の部屋」は哲学マニアの人にはともかく,この例示がどうでもいい人には煩わしいだけだ。

でもこの本はそれを差し引いても余りある魅力がある。

参考文献の著者はほとんど知らないなあ

「正解」を自分で批判的に検討していくためには,参考文献が重要だ。それにしても,戸田山さんが取り上げている著者は概ねマイナーだ。

この本の中心に据えているのはルース・G・ミリカン。この人の本は「Varieties of Meaning」が「意味と目的の世界」として翻訳されているが,あとはKINDLEにもほとんど収録されていない。この本の翻訳が悪いとかみついていた人がいたが,そうではなくて,もともと前提的な知識なしではわからない本のようだ。この本を読めば分かりそうだ。

あとは,ドレツキと,デネット。二人はそれなりに知られている人で,KINDLEだけでなく,AUDIBLEもある。

それと一般的な参考書籍として,「セックス。アンド・デス」,「脳がつくる倫理」,「コウモリであるとはどのようなことか」が重要そうだ。全部,KINDLEにあるが,仮にこのような本を英文で読もうとしたらどうなるのだろう。

なお7章後半の,ペレベーmに依拠した「刑事責任論」は残念ながら素人ッポ過ぎる。私はここと,より根本的には,利他行動や信頼を支えるルールをつくることに興味がある。

これからの作業

この本について学生さんがワープロで何十枚にもなるレジュメを公開していたが,それよりもキーワードを連ねた2,3枚のレジュメをつくってみるのが良さそうだ。それとは別に各章で展開されている議論で私にひっかっかるものについては,可能な限り英文の参考文献も参考にしながら考えていきたい。

そこまではそこそこ行けるだろうが,果たして「出口」までいけるかどうか。アフォーダンスとオシツオサレツに導かれる手段目的推論でやってみよう(なんのことやら!)。

 

書誌と評価

書名 哲学入門
著者(編者) 戸田山和久
出版社 ちくま新書
AMAZON  ここをクリック
本のタイプ ①参照・②簡単・③そこそこ・④かなり・⑤ものすごく
読込度 眺め読み・点読・通読・精読・熟読  →
暫定評価 ・〇・△・×・?
ISBN 978-4480067685

参考

「本のタイプ」は,佐藤優さんの「読書の技法」が紹介する,②簡単に読むことができる本,③そこそこ時間がかかる本,⑤ものすごく時間がかかる本に,①必要なときに参照する本,④かなり時間がかかる本を加え,5分類にしました。

「読込度」は,M.J.アドラーの「本を読む本」に準じ,第2レベル「点検読書」を,「点読」,「通読」に,第3レベル「分析読書」を「精読」に,第4レベル「シントピカル読書」を「熟読」にしました。さらに,それ以前の段階の「眺め読み」を加えました。紹介する時点では,ほとんど「眺め読み」,「点読」,「通読」ですが,将来,より詳細な読み方をする必要があると感じているときは→を付加します。

オシツオサレツ

耕作中

出口と展望

耕作中

 

「中学生からの作文技術」を読む

中学生からの作文技術 (朝日選書)
本多 勝一
朝日新聞社
売り上げランキング: 9,571

一口コメント

「中学生からの」としたことで,本多さんの論争癖が押さえられ,読みやすくなった。語順と,読点が,「目玉」だが,この本の指摘する原則を頭の隅に置いて書くだけで文章の読みやすさはずいぶん変わるだろう。ただこの原則も十分に面倒くさいが。

コメント

本多さんには,もともと「日本語の作文技術 」,実戦・日本語の作文技術 という朝日文庫の本があり,これから「最低限これだけ習得すればいい部分を抽出」したものだそうだから,本多さん特有の,読んでいていやになる攻撃的な部分,独断的な部分も「最低限」で,要点だけ書かれていてお得だ。「日本語の作文技術」の主語廃止論,かかる言葉と受ける言葉(述語にかかる格助詞の成分は「補語」で,あとは修飾語と理解すればいいのだろう。「入門 日本語の文法」(村田水恵:アルク))もそのまま受け取ればいいだろう。今の外国人教授用の日本語文法(日本人のための日本語文法入門)と同じセンスと思われるので,このようなとらえ方に先見の明があったことは間違いない。

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「日本人のための日本語文法入門」を読む

日本人のための日本語文法入門 (講談社現代新書)
原沢 伊都夫
講談社
売り上げランキング: 22,746

一口コメンント

三上章とか大野晋とかに触発され,実際問題として何の役にも立たず困ったものだと思っていた橋本文法(学校文法)とは全く違う,外国人への日本語教授から生まれた明晰,明快な日本語文法の体系が,短い新書に凝縮している。これは今後の日本語文法論,ライティングの基礎として十分に使える。

簡単なまとめ

網羅的な「教科書」だから,一応,全体をじっくり読むのがよい。ただ,私たちは既に日本語を使用できるわけだから,その使用実態,方法を自覚的にとらえ直すこと,就中,論理的な文書を書くという観点から読み込むのがよい。以下,本書の要点を挙げてみよう。

日本語文の中心となるのは述語であり,述語になるのは,動詞,形容詞(イ形容詞,ナ形容詞),名詞である。

文の成分と述語の関係を示すのが格助詞である。格助詞は,全部で9つあり,ガ格(主格(主語)),ヲ格(目的語),ニ格(場所,時,到達点),デ格(場所,手段・方法,原因・理由),ト格(相手),ヘ格(方向),カラ格(起点),ヨリ格(起点,比較),マデ格(到達点)であり,鬼までが夜からデート(ヲニマデガヨリカラデヘト)と覚える。

成分には,必須成分と随意成分があり,必要最小限の組み合わせを文型という。

日本語文は,客観的な事柄を表す部分と(コト),その事柄に対する話者の気持ちや態度(ムード)を表す部分に分かれる。「~ハ」は,ムードを表し,「主題」を提示し,述語はこれを説明する(主題-解説)。したがって,ムードには,付加部分と,「~ハ」がある。

主語は,述語との関係で,特別な存在ではない。格成分は,どの成分でも,「~ハ」によって,主題として提示される。

「自動詞」「他動詞」,「ボイス」,「アスベクト」,「テンス」,「ムード」

「は/が」の使い分け(150~157頁)

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英語の本を読む

英語の本を読む

M.J.アドラー,C.V.ドーレンの「本を読む本」は,なかなかの名著だ。講談社学術文庫に入っているので読んだ人も多いであろう。「本の森」でも紹介した(現時点では作成中)。

さて,せっかくだからこれを原書「How to Read a Book (A Touchstone book)」で読もうと考える人も多いであろう。その場合,日本のAmazonで容易に入手できる。日本のAmazoでは,普通の洋書であれば,ほぼ入手可能だ。送料はかかるが,アメリカのAmazonも利用できる。あとは,紀伊國屋や,丸善・ジュンク堂も利用できるだろう。

ここまでは普通の話だ。

Kindle本とaudible

さて,洋書の多くは,アメリカのAmazonで販売しているkindle-ebook(電子書籍=Kindle本。その後,日本のアマゾンでも販売が開始された。)に収録されている。「How to Read a Book」のような書籍は当然収録されている。Kindle本を購入するには,電子書籍を読むためのハードであるAmazon Kindleを購入した方が良いが,スマホやタブレットでも読むことは可能である。パソコンでは,今のところ英語の本しか読めない(ただし,パソコンにAndroidを載せるという裏技はある。)。

また,アメリカのAmazonは,audibleという,オーディオも販売している。ほとんどのオーディオプレーヤーで聞くことができる。そこにもかなりの数の洋書が収録されている。「HOW TO READ A BOOK」も収録されている。特筆すべきは,audibleはかなり安いということである。定価が,kindle-ebookよりも安いものも多い。ときどき3~7ドルという特売もしているし,毎月一冊ダウンロードできる会員になれば,すべて30%引きである。これについては,2015年1月の情報を「Audibleを聞く」という記事にまとめた。

どのように利用するか

これらの利用環境はどんどん改善されつつある。iPad,iPhone,iPodtouch,android,パソコンでこの両方が利用できるし,Kindleでも当然可能である。

単語を選択して日本語の辞書で調べることができるし,他でも英英辞書で調べることは可能である.。Kindleには,「Word Wise」という特筆すべき機能が搭載された。

したがって,kindleを読みながら,あるいは書籍を読みながら,audibleを聞くことができる。逆かな。聞きながら,読むことができる。

困ったこと

さて,洋書を楽しむために絶好の環境が整ったことは間違いない。「HOW TO READ A BOOK」について,日本語訳,原書,kindle本,audibleの4種そろい踏みである。

ただ,本を買ったかどうかさえおぼつかないのに,4種もあると訳がわからなくなってしまう。しかも,原書だって,ハードカバー版,ペーパーバック版があるし,Kindle本,audibleも,複数販売していることがある(全く同じものは,システムがチェックしてくれるが,別の主体から販売されている同じ書籍までは,チェックしてくれない。)。

たとえば,カーネマンの「Thinking,Fast and Slow」についていえば,私の枕元にハードカバー版ペーパーバックス版があり(これはあとでペーパーバック版を自覚して買ったのだからまだいい。),なんと,kindle-ebookが2種類ある!audibleもある。足りないのは,日本語訳だったが,これも今では,単行本,文庫本,Kindle本の3種類がある。

2年経って

この記事を書いて2年以上経ったので,2025年1月に内容を少し見直した。しかし最大の問題は,2年以上経っても,少しは「英語の本を読む」ことができるようになったのだろうか。沈思黙考。