日本生産性本部の「生産性シンポジウム」を聞く

第2回生産性シンポジウム

先週の金曜日(2018年3月30日),日本生産性本部が主催し,経産省が後援する「生産性シンポジウム(第2回)」を聞きに行った。2つのパネルディスカッションから構成されていたが,私は「サービス産業の生産性向上戦略」に興味深かったので,主としてそれを紹介しよう。

「サービス産業の生産性向上戦略」を聞く

パネラーは,ロイヤルホストの会長の菊地さん,旅館経営の針谷さん,労組から八野さん,デービット・アトキンソンさん(所説を「日本経済の問題は生産性が低いことらしい」で検討した。),モデレーターは村上さん(産業戦略研究所代表)である。

日本の生産性は,アメリカと比較し,製造業の平均が,69.7%,産業の4分の3を占めるサービス産業の平均が,49.9%であるという分析が前提となる。これをみれば,日本の今後の経済発展が,サービス産業の生産性向上にかかっているのは,一目瞭然だ。

興味深かったのは,現に経営している菊地さんと針谷さんの報告だ。

菊地さんは,供給力(人材)と,市場成長力の2軸の産業化モデルを考え,これまでの両者が高い場合の「規模の経済」(多店舗化による規模の成長と親和性のある事業)と,これからの両者が低くなる場合の「質の成長」(付加価値訴求型事業として規模ではなく質の成長を志向する事業。必要に応じて規模の縮小)を想定し,グループ内の事業を適宜,配置,展開しようというものだ。後者については「国産食材の活用,営業時間の短縮(ピークタイムに人員集中配置)などにより,スケールを戦略的に抑制することにより付加価値向上を図る」という指摘もある。実績もあがっているそうだ。

私が一番面白かったのは,針谷さんの報告だ。旅館経営ということから,その生産性にかかる問題が理解しやすいということもある。

針谷さんの指摘を何点か紹介すると,「経営者の不作為が最大の敵」である,市場参入と撤退を容易にするため「借入金の個人保証をなくす」,配偶者控除を撤廃する,地方税の電子納税化,IT化・機械化のため,どのよう装置があるのかの紹介や枯れた装置を安く提供する仕組みが必要,汎用ソフトに,自社の制度を合わせる,勘と経験に基づいた経営を科学化する会計の自計化,同業他社を比較する数値目標),旅館業特有の問題として,お客さん目線で不要なサービスはやめる,クレジットカード等の手数料の低減化)電子決済の普及),需要の偏在を少なくする(休日の取り方の見直し)等々。どれも極めて説得力がある。「IT化・機械化のため,どのよう装置があるのかの紹介や枯れた装置を安く提供する仕組み」については,私もよく考えてみたい。「IT 活用を妨げるもの-生産性上昇の方法」えは,別の角度から考えてみた。

アトキンスさんの報告は,「日本経済の問題は生産性が低いことらしい」で検討したことと重なるが,このままでは社会保障の制度からみると「姥捨山の再来」になる,最低賃金を1300円に,企業数を半分に,霞が関の半分を女性に,を実行しようということになる。舌鋒鋭い問題提起だ。基本的にはマクロサイドからのアプローチである。

労組の八野さんの基本は労働を大切にしようということで,生産性の向上は労働者をこき使うことではない,すなわち付加価値の向上は,人件費の縮小の問題だけではないということには異論がないであろう。

村上さんの報告,分析手法は,初めて聞いたことで時間もなく,すぐには飲み込めなかった。近著の「サービソロジーへの招待」で論じられているようなので,追って検討したい。

その他

実は,報告の間に,世耕経産省大臣が来て,政府の生産性向上に関する政策を要領よく報告した。政府もいろいろ対策を検討しているなと感心することも多かった。ただこの問題について本来的に政府に何ができるかという問題があるし,中小企業の承継という問題は,生産性の低い中小企業が消滅するのはやむを得ないという観点がないと,全体の足を引っ張ってしまうだけだろう。アトキンスさんも苦笑しているように見えた。

ただ生産性の問題は,今後の世界経済がどうなるかという難解で,予測困難な問題を含んでいるように思う。つまり,「限界費用ゼロ社会」,AI・IT化社会への趨勢の中で,生産性の向上が世界経済に何をもたらすかということである。これが私の今後の検討課題になる。

なおもうひとつのパネルディスカッションの「個人の学び直しや人材流動化・企業の新陳代謝による生産性向上」は,もっぱら企業の人事・組織の焦点が当たっていて私の関心からは,ずれていた。ただ,今後,企業の従業員の副業,複業を認める方向で,政府のモデル就業規則が改定されたということは,ある意味で衝撃だ。企業での労働者の位置づけが変わるということもあるし,そんなことに政府が「威力」を及ぼしていいのかということもある。